68 贈呈する
「やっぱりそうよね。」
以前からふわっと感じてはいたが、乙女ゲーム云々の話をしていて確信した。
話が通じ過ぎる。
クレイグや他の人と話していると、たまに言葉が通じないというか、私がこの世界で普及していないワードを使って会話が止まることがあるのだが、ジルはそれがない。
最初に召喚した時点でクーリングオフが通じたのは特に気にも留めず流してしまったが、思い返せば他にもプードルカットとかも会話が成立していた。
カットしたお犬様なぞそうそうお目にかからないし、そもそもこの世界にプードルがいるのかも怪しい。他国とか貴族なら飼ってるかもしれないが、普通に見たことない。
乙女ゲームという言葉も、「あ~、あのギャルゲーの女の子向け版みたいなやつ?」とか言っていた。完全に同郷の生物、しかも人類寄り。
ジェネレーションギャップすら感じないレベルで話が通じる。日本人の年齢が離れた人より話の通じる異世界の悪魔、おかしい。
「ね~。」
と、いうわけで本人に確認したら、よく覚えてないけど多分そう、ということだった。
話を聞く限り、転生ではなく転移らしい。
もともと悪魔だったのか、転移による変異で悪魔になったのかは不明。日本の地名とか割と知っていたので、人間かどうかはともかく同じ国出身ではありそうだ。ワレワレハニホンジン。
「まぁでも話の分かる人がいて良かったわ。」
「僕もまさかゲーム的な世界にいたとは、新事実判明って感じだよね。」
ジルは新事実判明と言う割に特に驚いた感じもなく、ゆっくりと紅茶を飲んで息を吐く。
前世やら割と重要というか不思議な話をしていたが、もうすっかり緩い空気、おやつタイムの雰囲気になっている。
「だから何が変わるって訳でもないものね。」
私も紅茶を飲む。美味しい。
「ゲームの未来で世界の危機みたいなこともないんでしょ?」
「ええ、聖女がいなくても大丈夫なはずよ。」
「じゃあ気にせずのんびりできるね。」
そう言ってジルがクッキーに伸ばした手が空振った。
話している間に最後の一個になっていたのを、私が先に取ったからだ。
「………欲しかった?」
手の中にあるラストクッキーをジルの眼前にかざす。
「いいよ、食べて。」
「いや、あげるわ。」
そのままジルの口に差し込んで、空になったお皿を片付けて手を洗う。椅子に戻る前に、戸棚にしまっておいた包みを取ってテーブルに置いた。
「これなに?」
「お土産。」
村人やクレイグへのお土産はお菓子にしたが、留守番をしてくれたノアと衣装協力をしてくれたオネエさんには雑貨屋さんで追加のお土産を買った。
その時、こっそり買っておいたのだ。
「開けてみて。」
「え、僕に? 一緒に王都行ったのに?」
確かに、一緒に行った場所のお土産というのも変だ。
しかしこの悪魔は物欲がないので、何かあげようと思ったらこっちが勝手に見繕うしかない。それで邪竜の肉を求めて討伐に参加したが、想定外の事態によって結果的にプレゼントとしては失敗したので、無難に普通の雑貨をあげておくことにした。
「かわいいのがあったから。」
もうあげたい物をあげたい時に勝手に与えることにする。今回はむしろ私が欲しかったから買った。
「じゃ、じゃあ………ありがとう。」
ジルが照れながら包みを開く。大したものではない、中身はクッキーの型である。
ウサギやらクマやらの動物の頭部を模したクッキー型のセットだ。
「……たしかにかわいい。」
ヒヨコ型のやつをつまみ上げ、まじまじと見る。その空洞からジルの目が見え隠れする。
「ジルこういうの好きでしょう。」
ヒヨコの向こうにある赤い瞳がこっちを向く。
尻尾がうねっている。好感触だ。
「これでかわいいクッキーを量産するがいいわ。」
テーブルの上に、ついでに買っておいたジルご希望の小麦粉も乗せる。
本人の要望だが、本当にこれでいいのかしら。
なんだか私が動物クッキーを要求してるみたいな形になっている。プレゼントではなく、材料を用意したから作れ的な………
ジルはクッキーの材料を入手する、私は美味しいクッキーが食べられる………改めて考えると、私の利益しかないように思えて仕方ない。
実際そうである。
「…あの、別に気分じゃなければ作らなくて良いし、型も使わなくていいわよ。観賞用にしてちょうだい。いや、食べたいという訳ではなくはないんだけれど。」
取り敢えず補足するが、しどろもどろで説明下手な人みたいになった。
「ううん、嬉しい。ありがとう。」
「………そう? なら良かったわ。」
目を細めて笑うジルはお世辞ではなさそうだ。
なんとも言えない感じで少し落ち着かないが、喜んでくれたなら良かった。また何かいいのがあればあげよう。
「いっぱい作るね。」
「いっぱいはダメよ、程々に、食べ切れる分だけね。」
量産しろと言ったのは訂正しなくては。
太るわ。
「さっき王都の高級クッキー食べたけど、僕ので満足できるかな~?」
「それはそれ、これはこれよ。」
同じクッキーでも別物だ。
というか王都のクッキーは美味しかったが特別という程でもなかった。
お土産にするにはいい感じだったので、王都に行って気が向いたらまた買おうかな。
そんなことを考えていたからか、噂をすれば来る男、エリル村のエリックがドアを叩く音がした。
下の方で軽やかに鳴るのでヤツである。
「魔女様、おられますか?」
「今開けるわ。」
エリル村には昨日、先述の王都クッキーをお土産に持って行った。
皆さんでどうぞと木箱ごと渡すつもりで持って行くと、私が来るのを察知していたのか既に村人が人だかりを形成しており、なぜか成り行きで全員に手渡し配布する羽目になったのだ。
このエリックが村人を整列させながら「お渡し会」とか触れ回り、結果的にCD発売イベントみたいな事をさせられた。
というか実際、発売イベントだった。
私が村に到着した時既に、邪竜討伐の詳細な話が村人に知れ渡っていたのだ。何でも一足先に……到着前日には、邪竜討伐の絵や物語が出回っていたらしく、村人は熱狂の渦にいた。
咽び泣く村人、応援コメントをくれる村人、感想を語る村人────どれも熱烈で引いた。
熱量がすごい。
多分、ガイナスの絵を描いてくれた男の子が先に村に帰って広めたのだろう。感染が早い。
「こちら、ご所望の新作です!」
エリックから手渡された、かなりの量の冊子を受け取る。
「………こんなにあるの?」
「実はあの後また新しいものが出まして………」
村で邪竜討伐の話がどうなっているのか把握しておきたかったのでエリックに頼んだところ、作品のコピー(人力手書き)を用意してくれた。
冊子をめくると、字がびっしり書き込まれている。これを一日で用意したのか………。
「ありがとう、大変だったでしょう。」
「いえ、全く!」
本当に全く大変じゃなさそう。
大丈夫だろうか、この村。
「あ、あとお手紙が届いていましたよ。」
「私に?」
私に手紙を出すような知り合いがいただろうか。受け取った封筒はシンプルな白に青の封蝋が映える。
「差出人は………」
覗き込むジルと一緒に名前を確認する。
力強い筆跡で、セドリック・リースと書かれていた。




