65 副団長は報告する
私───王国騎士団副団長、アニス・マクファーレンは、王城の長い廊下を疲弊した気持ちを誤魔化すような早足で歩いていた。
「副団長殿、お待ちしておりました。」
謁見の間の扉まで辿り着くと、立っていた兵士が扉を開く。そのまま中へ進むと玉座で出迎えたここの主が自身の灰色の長い髭をさすりながらこちらを見下ろした。
「アニス、お前の報告書を読んだ。」
私が挨拶の口上を並べ立てる前に陛下から本題に入る。
報告書───この場合は、邪竜討伐及びそれに付随する魔女の観測任務についてのものだ。
団長であるセドリックは感覚が常人と違い、一般的な見方に基づいて報告書を作成することができないため、上に回すものは全て私が担当している。
おかげで事務仕事は増える一方である。
「まずは邪竜討伐についてだが……此度の活躍、見事であった。あの大きさは記録上初めてのようだな。」
山が崩れた際に埋もれてしまったのか、魔女の切り落とした右手首から先だけがどうしても見つからなかったが、回収出来た邪竜の骨は、調査ののち一部を博物館に移送、残りは厳重に保管するようだ。
大きさが大きさなので移動するにも保管するにも手間がかかりそうだ。
それ以外───身体は持ち帰る途中、ドロドロに溶解して跡形もなく消えた。竜の生態については詳しい研究が進んでいない為不明だが、死後腐敗して土に還るまでが著しく速い。
私を含め、竜の死骸を運び出していた騎士団員は見る見るうちに腐り落ちた肉が荷馬車に染みを作っていくのを見て驚いたものだ。
「恐悦至極にございます、陛下。」
礼をして一呼吸置き、見上げる。
玉座の王と目が合った。
「正直に申しますと、騎士団でまともに相手になったのは騎士団長だけです。」
「そのようだな。」
報告には戦闘の内容も記されている。読めば分かることではあるが、私含め、本当に少し邪竜の気を散らすぐらいにしか役立っていなかった。とにかく経験を積ませようと新人を連れて行ったのはいいが、熟練者とされている者まで脅威を経験するだけの結果になってしまった。
新人といえば、貴族出身者が多いこともあってか碌な戦闘経験がない割にプライドだけ高く、基本的に初めての実戦では使い物にならないことがほとんどだ。本来は訓練でしごいたり適当な戦闘に放り込んで矯正するのだが、今回は陛下の思いつきで、そのプライドをへし折りつつ経験を積ませる場に邪竜討伐をあてがうことになった。
荒療治で魔物の脅威や自身の至らなさを知れば良し、危険にさらされる中で何かを得ればなお良し、瘴気山脈途中で逃げたり魔物にやられればそれまでということだ。
────だったのだが、思惑を大きく外れる者が出た。原因は魔女だ。
邪竜討伐に無理矢理参加させた新人の中には、瘴気山脈で魔女に魔物の倒し方をレクチャーされた者がおり、あの冷酷な目が癖になるなんて物騒なことを言い出す輩が出てきた。
クズを見る目で突撃命令を出されたいらしい。どうかしている。
問題は山積みだ。
「今回のような魔物が出た場合、やはり魔女が必要か。」
魔女について考えていたところなので、少し動揺した。脈が早くなる。
「…騎士団長一人では厳しいでしょう。」
かと言って、団員がセドリックのようになるのは不可能だ。どれだけの訓練、修行を積んでも彼の域には達することは出来ないだろう。
「魔女を取り込めるか?」
「敵意はなさそうですが、利用しようとすればその限りではないかと。」
彼女は明確に脅してきた。
連戦は嫌だから、騎士団に敵対の意思がなくて良かった、と。───こちらの出方次第では邪竜と同じ末路を辿ってもらう、と。
危険物は手元に……騎士団に取り込めないかとも考えたが、即答で断られ、後日逆に別の危険物──襲撃犯の弓使いを押し付けられた。
曰く、優秀な射手は近くに置いておけば安全だと。確かに近すぎる者に弓は引けないが、素性の知れない傭兵上がりを入れる訳にはいかない。
しかし、魔女はそいつの腕を認めているらしいセドリックに売り込みをかけ、さらに自分を襲った者が野放しなのは困るが殺すのも寝覚めが悪い、騎士団で管理しろと言いだした。
かなりの横暴ぶりだ。
意外と真面目に弓の指導をしていたので、使えるのは使えるかもしれないのだが。
「ふむ………では排除はどうかな。」
「状況次第です。」
あの魔女だけならば、幾らでも仕留める方法はある。狙撃に気付いていなかったようだし、薬物は有効なので毒殺も可能。まともに一対一でやれば普通の人間には勝ち目は無いが、騎士団長ならば出来る。セドリック本人もそう感じているようだ。
普通の騎士であっても死傷者覚悟で数にものを言わせれば隙を作ることは出来るし、睡眠時を狙えばもっと簡単だろう。
問題は、魔狼とジルベールという男。
どちらも恐らく戦闘能力は高い。セドリックは魔女よりも男を倒す方が難しそうだと言っていた。
宿で一緒だった騎士の話では夜中も部屋から時折男の声がしていたと言うし、魔女の就寝中は彼が番をしている可能性が高い。
「刺激すれば被害は出るでしょうね。」
「ははは、怖い怖い。」
この王はこういった状況を楽しむ傾向にある。
公務には出して来ないから良いが、この冒険好きの少年のようなところは心臓に悪い。
あの魔女は割と好戦的なので、敵対者は喜んで襲いそうだ。襲撃者のガイナスは生きているが、何らかのトラウマを植え付けられていそうだったし………あまり触れたくない。
「まぁ魔女には問題解決の一助になって貰った。邪竜討伐に、ゲインの件………」
そう、魔女の捕まえて来た彼。
彼は辺境伯のゲイン家当主が刺客として自分を差し向けたこと、そして先の誘拐騒ぎに関わりがあったことを証言した。
急ぎ辺境伯領を調査したところ、辺境伯は密入国の手引きで金銭を得ており、それ以外にも問題がボロボロ出てきた。
兼ねてよりゲイン家の次男が不正の証拠を集めていたらしく、調査の際にそれを提示してきたのだ。
結果ゲイン家は取り潰しとなった。
「辺境伯の件は驚きました。」
金に汚いとは知っていたが、黙って増税した分を自分の懐に入れたり他国の盗賊を招き入れたり………脳みそまで脂肪で出来ていそうな割にその辺はしっかり知恵が回るらしい。同じような見た目の長男と一緒になって、今まで上手くやっていたのには驚きだ。
不正を暴いた次男はまともで野心もありそうだったので、ぜひとも別の場所で頑張ってほしい。
「上手く協力させられれば、使えると思うのだが。何か釣れそうなものはないか?」
「そうですね………彼女は菓子類が好きなようですよ。」
部下の話を思い出しながら口に出して、はたと気付く。思った以上に騎士団内部が侵食を受けている。
団長のセドリックも本意は不明だが魔女と友人関係になっているし、いざ排除命令が出たらと考えると頭が痛い。
私も気をつけておかないと………。
「では次依頼する時は、菓子でも用意しておくか。」
そう言ってハハハと笑う殿下との話を終え、騎士団本部の自分の仕事部屋へと戻る。
机の上に溜まった書類を片付けていき、火災の報告書に書かれた「牢番による火の不始末が原因か」の文字を「事故」と書き直して部下に回した。
「これ、これでいいんですか?」
「あぁ。幸いと言うのは良くないが、彼ら以外に亡くなったのは元々処刑予定の盗賊だ。わざわざ彼らに汚点を作ることはない。」
どうせ原因は推測でしか分からないのだから。
彼らの遺族にも、職務中の不幸な事故だと知らせた方がいいだろう。
どちらにしろ故意ではない。死者に責任を取らせるというのも嫌な話だし、誰も損はしないので良いだろう。
そう言えばあそこの牢獄塔は収容されている盗賊が軒並みおかしくなったり、夜な夜なうなされるという噂が立っていた。
箝口令の為普通の兵士は知らないが、全員が魔女に手を出した盗賊である。
魔女の呪い………有り得なくはないな。
「どうかしましたか、副団長。」
「何でもないよ。」
関係のない牢番も亡くなっているし、流石にそれはないか。
あの魔女は善とは言い難いが悪でもない。
善とも悪とも判別のつかない、ある意味では人間らしい少女だった。
よく考えれば、あの魔法で盗賊が一人も死んでいない。邪竜を殺すような魔法なのに盗賊が生きているのは、やはりあの魔女が人間らしさを持っているからではないだろうか。
或いは、彼女を排除しなければならない場合はそこが付け入る隙かもと考えて、自分が嫌になった。
「副団長?」
セドリックが単純すぎる分、私が嫌な大人になっている。今度休暇を取ってアニマルセラピーにでも行かなければ。
「私ばかり気にするんじゃないよ。」
こちらを気にしてばかりの部下を半目で見やり、次に、箝口令の敷かれた話を王城でペラペラ立ち話してセオドアに聞かれた間抜けな騎士団員の減給処分の書類にサインして回す。
「あっ………」
手渡った書類を見て、身に覚えのある彼が声を漏らした。
「口は禍の元と言うだろ。」
「……すみません。」
しかし、そのおかげでセオドアが邪竜討伐について来たとも言える。
そこに関しては結果オーライだ。
彼はきっと強い騎士になる。
セドリックと同じく才能にも恵まれているが、父親と違いセオドアは戦いそれ自体よりも武器が好きな気がある。
得物の質、使い方や技、そういったものに拘るので、本能で動くセドリックよりも伸び代があるかなと少し期待していた。
結果は分からないが、違うタイプの騎士になれば面白い。
兄がいなくなってから様子が変わっていたので心配していた。騎士にならないと断言されたときは残念に思ったけれど、最近は思い直したらしい。
「これが片付いたら何か食べに行こうか。奢るよ。」
「ひえっ………!」
怒られるのだと勘違いした部下が悲鳴をあげる。
いつか騎士になった友人の息子と、こんな風にやり取りできたら楽しいだろうなと思い笑ったものの、あの友人の息子の場合は普通の会話が出来ないだろうなと思い至り、苦笑した。




