64 王子は憤慨する
今回は、ひたすら男子が立ち話するだけの平和な回です。
ここのところ俺の騎士は様子がおかしい。
いつもは義務みたいに日課でブンブン振っていた剣を、やたら真剣に振るうようになった。俺の庭で。
「セオドア!」
いや、どちらかと言うとおかしかったのはここ数年の方か。昔はこんな感じでバカみたいにいつでもどこでも練習ばかりしていた。昔に戻ったとも言える。
……しかし戻り過ぎではないだろうか? 幼児退行とかいうやつか?
「おい、セオドア!」
今もこの俺が何度も呼んでいるのに全く反応しない。本当何なのだ、こいつは。
クビだ、もうクビにしてやる。せっかく俺様の騎士にしてやろうと思っていたのに。
叙任したら青地に銀の刺繍の、ものすごく格好良い制服を誂えてやろうと思っていたのに。
「セオ! バカ! こっち向け!」
素振りを続ける背中に小石を投げると、セオドアはその長髪の隙間からスッと鋭い目線をこちらに向け、同時に翻した剣で小石を弾いた。
「………なんだこれ。」
落ちた小石を見て、続けて剣を確認する。
刃が潰れていないのを確認してから、最後にやっと俺を見た。
「殿下。これ投げたの殿下ですか?」
「ふん、そうだ! お前が気づかないから悪いんだぞ。」
「当たったら危ないからやめて下さい。」
当たったことなんかないクセに。
「…お前、何かあったのか。」
近寄って問い掛けるとセオドアは剣を収めた。
「何か?」
「ドラゴンを見に行ってから変だぞ。」
俺がそう言うと、少し口元に手を当てて斜め上を見つめ、考えるそぶりを見せてから答える。
「いえ、何も。」
こ、こいつ………!
「何もないわけないだろうが! 俺様でも分かるぞ!」
右の人差し指でビシッとセオドアを指差す。
一重瞼の青い目が瞬いた。
「あれ、わかりますか。」
馬鹿にされている気がするぞ。
「白々しいぞ、なんかこう………白々しいぞ!」
「殿下、白々しいなんて言葉知ってたんですね。」
「それぐらい知っておるわ!! 仮にも王族として教育をだな、──あっ、お前、今話を逸らそうとしていないか?!」
「殿下も成長されたようで何よりです。」
真顔で言ってくるので分かりにくいが、セオは俺のことをからかっている。
こいつはズレているし天然に見えて、というか実際ズレている天然なのだが、ワザとの時もある。こいつの父親と同じで表情がものすごく読みづらいが幼少の頃からやられているのでワザとか本気かくらいわかる。
まぁ、幼馴染の俺様だから気づけたとも言えるな。
「もういい。とにかく、何があったか教えろ。」
しかしセオドアがこんなふうにふざけてくるのは久しぶりである。仕方のない奴だ。ちょっと、ほんのちょびっとくらいなら許してやろう。
「まぁいいか、殿下には踏み台………じゃなかった、コネになってもらう予定だし───そうですね、殿下の記憶力でしたら話しても問題ないでしょう。」
「おい。」
「はい?」
「おい、セオドア。俺は無礼講とは言ってないぞ。」
無礼講にしても限度というものがあるがな?
「………………。」
「本当に不思議そうな顔をするんじゃない!」
大声で叫んだ反動で、肩で息をしながら怒りを鎮めていると、それに構わずセオドアが話し出した。
「思うところがあって鍛錬するのは控えてたんですが、事情が変わって。ちょっと今のままでは弱過ぎるんですよね。」
弱過ぎる………のか?
確かに練習量が極端に減っていたが、前が異常だっただけだぞ。コイツは何を目指しているんだ……。
「わかったぞ、あれだ。ドラゴン退治を見てお前もドラゴンを狩りたくなったんだろう。」
討伐の翌日、騎士団の奴らも興奮して騒いでいた。興奮しすぎて凄いとかヤバいばかりで話の内容はほとんど分からなかったが。
……俺も見たかったぞ。
本当なら教育係も執事も振り切って行きたかったが、流石にドラゴン討伐ともなれば危険だ。
俺様の美しい顔に傷でも付いたらセオドアに迷惑がかかるからな。仕方ない。
「まぁそれも無くはないんですけど、そっちは目的じゃなくて手段ですね。」
「勿体ぶらずにさっさと言え。」
俺様はこれでも忙しいんだぞ。
あの………あれだ、色々忙しいんだぞ。
「───近付きたい人がいます。」
誰に言うでもない忙しさの内容を考えていると、セオドアが本題に入った。
「近付きたい人?」
近付きたいとは何ともアバウトで具体性に欠けるな。
「邪竜討伐で………向こうは俺のことは知りません。」
「ん? 知り合った訳ではないのか?」
「俺が見ただけです。」
まぁ隠れてついて行った訳だしな。
騎士団の面子なら知っているだろうし、邪竜討伐ということは…応援で伝説の戦士的なのが来ていて弟子入りしたいとかそんな感じだろうか。
コイツが今更そこそこの猛者を見たところで憧れるとも思えんが。
「それで見合った力を付けようかと。今の俺では力不足なので。」
ソイツのことを思い出しているのか、セオドアはふっと優しく笑った。
………笑った、だと…?!
「お、お前……」
今の王子スマイルは何なのだ?!
王子は俺だぞ!!!
「何ですか?」
「今、優しく微笑んだだろう。もう一度やってみろ。」
「は?」
自覚はないらしい。
「いいから、微笑んでみろ。」
あからさまに面倒そうにしながらセオドアが微笑む。口が三日月の形に曲げられたが、目が笑っていないので不気味だ。ここに来るまでに5人くらい殺してそうな微笑みだ。
「怖い怖い。」
「………………………。」
「俺が怖いと言ったらノリノリでやるのはやめろ!!」
「……殿下がやれと言ったんですよ。」
「それはそうだが!」
壁にできたシミみたいな不気味スマイルを渋々引っ込めたセオドアが何事もなかったように話を戻す。
全く、夜眠れなくなったらどうしてくれるのだ。
「で、納得しましたか?」
「……あぁ、ソイツに釣り合う為に特訓しているということだな。」
正直言葉の上っ面だけで内容が全く分かってないが、と思いつつ顔を見て確認する。
「はい。」
こ、口角が0.2mm上がっているッ……………!
お前そんな人を慈しむ目が出来たんだな?!
「や、やはり………」
思わず息を呑む。
ごろりと喉に違和感が走る。
女だ!!
これは間違いなく女!
俺様であれば常時麗しの王子スマイルを発動する程度容易いが、万年無表情のセオドアが普通に王子スマイルを身に付けるとは考えられん。
恋は女を変えると聞く。女ではないが。
「セオドア、今ソイツのことを思い浮かべているな……?」
指摘するとセオは目を瞬いた。
「すごいですね、殿下。失脚したら占い師でも目指しますか?」
「誰が失脚するか!」
いかんいかん、いつもの意地悪に翻弄されている場合ではない。
この返答は肯定ということだな?
ならば───見ただけの奴を思い浮かべてこの状態、そ、それは一目惚れでは……
「セオ、お前………そいつに惚れたのか?」
恐る恐る聞くと、顎に手を当てながらしばらく地面を見つめ、数秒後ようやく返答があった。
「惚れた、………そうかもしれない。」
そうとは思ったが、本人に肯定されると一気に現実味を帯びてくる。
はっきり言って俺様は動揺している。
セオドアに好きな奴……想像がつかん。
男連中で好みのタイプの話をした時も、「細めで軽くて鋭くて、斬れ味が良く握りやすい銀色の───」と好みの武器の話を始め、「軽くて」の辺りまでうんうんと聞いていた全員から総ツッコミを受けた奴だ。
茶会でもいつもボーッと茶を飲んでいて、貴族の令嬢たちとも必要以上に話すところを見たことがない。
となると、茶会にいたようなタイプではない────はっ、巨乳か? グラマラスな令嬢は同世代にいない。
………いや、俺の騎士が巨乳に惑わされる奴なのは嫌だな。
「ど、どんな奴だ?」
「………どんな…」
言葉に迷っているのか、斜め上を見てしばらく考える。
勿体ぶるな、早く言え!
「…親父に似てますね。」
「は………?」
親父? 親父っていうと、あれか?
「お前の父……騎士団長のセドリックか?」
「はい。」
あの王国一の戦士だと名高い………
「お、お前………男に惚れたのか?」
確かに騎士団長は、長身で顔立ちも整っており、強い。怖いという理由で女はあまり寄ってこないが、男には憧れる者も多いと聞く。
現に騎士団でも憧れだけでなくそういう意味でセドリックを慕っている者もいるようだ。
令嬢に興味がないと思ったが、そういうことか………。
俺の騎士が男に惚れるなど………いや、ここは主人としては応援してやるべき…か……?
「何でそうなる。」
真剣に葛藤している俺様を、何言ってるんだコイツとでも言いたげな目で見てくる。俺が王子だと分かっているのだろうか。無礼すぎないか?
騎士団長って言ったのはお前だぞ! 俺様は悪くないぞ!
こっちは真剣に悩んでやったというのに。
「…なら女騎士か?」
騎士団には少数だが女騎士もいる。
あまり見かけないが、女版騎士団長みたいな奴がいてもおかしくはない。
「違います。」
「しかしセドリックに似ていると……」
「体格は似てない。」
目が冷たい。
……マッチョではないのか。
「なら何だ?」
騎士団長といえば鍛え抜かれた筋肉と人間離れした戦闘力しか思い浮かばんぞ。
「似てるのは雰囲気と性格です。」
「そ、それは………」
性格が騎士団長に似てる女って何だ。
女の趣味悪すぎないか………?
「何ですか?」
「いや…」
人の趣味にとやかく言わないが、俺はもっとこう、優しくて穏やかな女が良いと思うぞ…。
「そ、そうだ。見た目はどうなのだ。やはり巨乳か?」
「やはり?」
マッチョではないようだし………柔らかい感じだろうか。中身がセドリックなら、その他に少しは癒し要素が欲しいところだな。
「胸は俺の妹と同じくらいですね。」
セオドアの妹というと、あの………小さいどころではない…
「…それは………ないな?」
俺の言葉に無言で頷く。
「全体的に小さいですね、小さくて細い。」
セオドアが手で大まかなサイズを示す。
俺よりふた回り小さいくらいだろうか。
「このくらいの、攻撃力が高そうな………」
攻撃力。確かに、戦闘バカのセオドアならば強さただ一点に惹かれてもおかしくはない。
というか、中身が騎士団長で攻撃力が高そうって、それはほぼ騎士団長ではないか?………いや待て。この体格で戦闘力が高いとなると、亜人か?
容姿にもあまり興味がなさそうだし、小さめのゴリラや魔獣の可能性もある。
「…魔獣のメスとは結婚できないからな?」
「いや人間で………あれ、違うか…?」
セオドアが悩み出した。
断言出来ない時点で人間ではないと思うぞ。
「人間じゃないのか?」
「魔女ですね。」
「…………は?」
「魔女です。」
魔女というワードに、物語や絵本で見た不気味な老女や優しそうなお婆さん、妖艶な美女が頭に浮かんでは消える。
「いくらなんでも老婆は…悪い事は言わん、やめておけ。」
セオドアの両肩に手を乗せる。
今までの話から妖艶美女はないからな、恐らく騎士団長のような冷たい眼をした俊敏で不気味な老婆だろう。
改めてイメージすると惚れる要素が全く見つからない怪物のような老婆だ。恋愛対象というよりは討伐対象だな。こんなのがいきなり森で出て来たら戦闘になること間違いなし、俺なら逃げる。
「この俺様には劣るが、お前も顔は良い方だ。杖をついた老婆よりも他に選択肢があるはずだぞ。」
なんとか説得しようとすると、肩に置いた手が手首を掴まれて降ろされた。
「杖は持ってましたが老婆ではない。多分年下です。」
「そうなのか?」
「顔も殿下より綺麗でした。」
「なっ……?!」
そ、それは聞き捨てならんぞ!!
「そんな訳ないだろう、嘘を吐くな!」
「納得がいかないことを認めないのは悪いところだな。」
真顔で親みたいなことを言うんじゃない!
「き、騎士団に確認する………。」
「まだ箝口令があるので無理ですよ。」
「なら容姿を詳しく教えろ。知ってる奴で誰に似てるとか。」
少々むくれながら出した要求に、セオドアはしばし逡巡した後、さっき収めた剣を抜いた。
「これに似た感じの綺麗でカッコイイタイプです。」
「全くわからん。」
なぜ無機物で例えるんだ。
やはりコイツの感性は独特すぎてわからんな。
「前に好きなタイプの話をしたでしょう、まんまです。」
覚えていたのか。適当に言って忘れてると思っていたぞ。
例の「細めで軽くて鋭くて、斬れ味が良く握りやすい銀色の~」ってやつだな。
………いや、確かに言われてみれば、細身で攻撃力が高く武器っぽい女となれば当てはまるが……それ女か? そんなのいるか? 絶対おかしいだろう。
あと斬れ味は攻撃力と言い換えたとしても、銀色で握りやすいとかいう条件は人間には不可能だろう。ちょっと俺様には意味がわからないかな。誰でもわからんと思う。
理解を放棄した俺の空気を察したのか、セオドアも例えるのを諦めたように剣を仕舞って短く息を吐く。
「…そうだ、実はこの前はあえて見せませんでしたけど、これが邪竜討伐見学の戦利品です。」
そう言って女のやる押し花の栞みたいなものを懐から取り出した。
見せつけてくるそれは、よくみると中に色紙の敷かれた長方形の透明なガラスの板のようなもので、その長方形の真ん中に真っ直ぐ一本の長い糸のようなものが太陽の光を受けて銀色に光っている。
鋭く光る………銀の…
「なんだこれ……邪竜の体毛か?」
セオのやつ、邪竜討伐から帰った日に話を聞いた時は拾い物の話なぞしなかった。感じから察するに、一度は秘密にしたがやはり話したくなって今見せびらかしているといったところか。
しかし確か邪竜は骨しか採取出来なかったと言っていたような。
「そんなわけないでしょう。邪竜はツルツルですよ。」
「知るか! 俺様は見れてないんだよ!」
それに竜の体表はツルツルというよりガサガサなんじゃないのか?
「邪竜じゃなくて魔女の体も……髪です。」
「うっわ………お前気持ち悪いぞ。」
やめた方がいい、絶対やめた方がいい。
人付き合いが不得手な俺様でも分かる。
女の髪を持ち歩く男は絶対に気持ち悪い。
あと髪を体毛と言い間違えるのはまずいぞ。
「そうですか?」
「どうやって採取したんだコレ。」
というか、好みのタイプの銀色の部分をクリアしている。
まじか………。
「人がいなくなった後に拾いました。」
「落ちてるからって何でも拾っていいわけではないんだぞ。」
「魔物の角や眼球や甲羅なんかの、装飾品とか武器に使えそうな……綺麗だったり頑丈なものは拾うでしょう。動物の毛皮とかも。」
それは素材というやつだな。
「普通人間のを拾う奴はいないだろう。それを世間では変態というのではないか?」
そう言うと、何か考えるようにしばらく固まる。ショックを受けているのかと思ったが違うようだ。
「……………なるほど。」
何が成る程なんだ、何が。
「訂正します。これは魔狼の毛です。」
「はぁ?」
「魔女が連れていた魔狼の毛が落ちていたので、拾ってお守りにしました。魔狼って珍しいし強いので何か効力ありそうでしょう。」
「魔狼って、こんなサラサラの細くて長い毛は生えてないんじゃないか……?」
狼なんだし、もっとゴワゴワしてるだろう。
「……銀色だから俺は魔狼と思った、そういうことで。」
設定なのだな。
少し不満なのが顔に出ていたのだろう。
セオドアが俺を見つめて何やら思案している。
「今日した話ですが、喋ったら殿下の騎士は辞退することになります。」
「何?!」
なぜ俺が脅されているのだ?!
「特に魔女のことは漏らさないで下さいね。」
セオドアの無感動な瞳がじっと見てくる。
喋ったら殺されそうだな……俺様王族なのだが。
「しかし、そんなに言うなら何で俺に話したんだ? お、俺がうるさいから仕方なく話したのか…?」
「………………。」
不安になるから何か言ってくれ………
「……別に今日強請られなくてもそのうちレオには話すつもりだった。俺も話したかったし、それに、」
セオドアの口角が上がる。
それはさっきの優しい微笑ともまた違う、自信ありげな笑みで、一種の信頼のようなものが含まれていた。
「レオは友達の秘密は、守ってくれるだろ。」
「その言い方はズルいぞ。」
セオは知らない間に少し変わってしまった。
前に比べて余計変になった部分もあるが、自分を抑えつけるような感じが無くなり良い方向に変わったように思う。いや変さが増してはいるのだが。本人が楽しそうなので文句は無いがな?
「まぁいい。触れ回ったりしないが、一つだけ言っておくことがある。」
腕を組みつつ見据えると、セオが小さく首を傾げた。
「魔女よりも俺様の方が100億倍キレイでカッコイイ! これは譲らん!!」
魔女め、俺様の騎士を籠絡するとはいい度胸だ。
俺の前に姿を現したら最後、直々に見定めてやる……覚悟しておけ!
小姑系王子の誕生




