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魔女様は攻略しない  作者: mom
第3章 邪竜討伐

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60 悪魔は禁止しない



ミスティアが、プロポーズされている。

どこの馬の骨とも知れない、突然現れたヤツに。


ミスティアは断ったが、相手はかなり強引な人外で、思考も危険だ。

どのくらい危険かというと、婚約者がいる男を薬で眠らせて一夜を共にしたと偽装し、その後「妊娠した」と偽のエコー写真を見せつけて結婚をもぎ取る女くらい危険だ。


対するミスティアは、こう見えて押しに弱そうだから心配だ。嫌なことは断固拒否の姿勢を取っているが、嫌でもないことは放置しがちな傾向にある。信者村とか。

そもそも警戒心が薄い。

どのくらい薄いかというと、通りすがりの魔獣についていったり、悪魔と同居したり、元盗賊の亜人を隣人にして留守を任せたりするくらい薄い。


この邪竜、今ならまだ魔力が完全に移行していないようだし、殺るなら今かもしれない。

でもそんなことをしたら絶対にミスティアに引かれる。隣にいる奴が唐突に前にいる奴を刺したら怖いし異常者確定だ。

いや、僕だって別に本気でそんなことしようと思ってる訳じゃない。物の例えだ。

ちょっと始末したい気分になってしまっただけ。実行したら問題だが、気分になるのは自由なはずだ。


などと考えていると、ミスティアが僕の名前を呼んだ。結構時間が経っていたらしい。

我に返ると、邪竜は消えて代わりに騎士団が集まっていた。





「それでは、出発します。」


その後比較的足場の良い山道を選んで歩き、瘴気山脈の麓で集まっていた騎士団と合流すると、馬車で王都へ向かうことになった。

王都に近付けば整えられた道が多く、今までの田舎道よりは多少マシになるとのことだったが、ミスティアは馬車酔いを警戒して馬車に乗り込むなりさっさと寝てしまった。

いろいろと疲れたのか、発車して2分もしないうちにもう僕の膝の上で寝息をたてている。


揺れるしミスティアは酔うし太腿はもぞもぞするが、馬車移動………悪くない。


「…んふ……キャラメル…」


何の夢を見ているのか……大体想像はつくけど、寝言を言ってから寝返りをうとうとして僕の体にぶつかる。

同じ体勢だから体が痛いのかもしれない。


「明日買いに行こうね。」


膝枕で自分の方を向かせるのはいろいろとまずいので、取り敢えず座る場所を入れ替わって向きを変えさせる。

ミスティアの身体を持ち上げたりしている間、前に座る騎士は膝を引っ込めてスペースを空けてくれた。優しい。


「あ、すみません。」


「いえいえ。全然起きませんね。」


一人の騎士がマネキン状態のミスティアを不思議そうに見ている。

いくら優しいとはいえ、寝たらほぼ起きないんですよ、とは言わない方がいいな。一応弱点だし。


「ね~。」


適当に流していると、腰の辺りに違和感を感じる。


「っ………!」


下を見ると、寝惚けたミスティアが向こうを向いたまま後ろ手で僕の左ポケットをまさぐっていた。


「こ、こら………!」


何とも言えない感覚に、慌てて手首を掴んでポケットから離す。ミスティアは不満そうに唸りながら空中で手をもぞもぞ動かしている。


「疲れたから甘いものが欲しいんじゃないですか。」


騎士の声に、尻尾をバタつかせそうなのを堪える。

行きはこれで馬車に少し傷を付けてしまったし、いよいよ修繕費を請求されるかもしれない。


「あはは、そうですね………。」


とりあえず飴玉を握らせたら、ミスティアの手は大人しくなった。一安心だ。


この安易に人の衣服に手を突っ込むのはどうかと思う。早急にやめさせなければ。

起きたら注意しよう。





「もうほんとに、騎士の人に変な目で見られたんだからね。」


宿に着いて、ミスティアをベッドに寝かせてから注意の予行演習をする。

ザッハさんは自分のご飯を獲りに出掛けたので今は部屋に二人きりだ。


「そもそも、誰も見てなくても、ほんと危ないから。こっちもそっちも危ない。」


男がやったら完全に痴漢だ。

いや女だからセーフというものでもない、アウト。見た目が小さい子だから許されているだけでアウト。


騎士は生温かい目で見てたけど僕は気が気じゃないから。次どこに手が来るのか警戒して馬車移動の間ずっと手を見つめすぎて危うくドライアイになるとこだったから。悪魔なのにドライアイとかギャグ要員になっちゃうから。


上着のポケットならまだしもズボンはダメだ。

………というか、あれ、ポケットどころかさっき尻尾を収納された時は中に手を……?


「あっ………………」


あの時は狼狽えていたところにさらに尻尾を掴まれていっぱいいっぱいだったから忘れてたけど、確実に突っ込んでいた。


思わず寝てるミスティアから後ろ歩きで距離を取り、壁に激突する。

ドスンと音がして、壁に備え付けの棚からパラパラと埃が落ちた。


「どうしました、何かありましたかー?」


「あ、ぶつけただけです!」


外で待機していた騎士が声をかけてくるのに返事をして、壁から離れる。

落ち着け。とりあえずお茶を飲もう。


ハーブティーを淹れて一口飲み、長く息を吐き出す。

動揺してはいけない。


こんな危ないボディータ…接触行為、もし信者や変態ドクター相手にやって向こうに変な気でも起こされたらどうするんだ。

というか、異性の服に手を入れるってなんなの? 距離感おかしくない? 同性でもしなくない?

人間じゃないから異性として認識されてないだけか?


いや、あの邪竜が超超キザなセリフを吐いた時は動揺していた。僕も少女漫画のイケメンみたいなセリフを言えば意識してもらえたりするだろうか。


「ミスティ、君が────」


さっきは無理だったけど寝てる時なら言えそうだと思って実行してみる。

が、言い切る前に動悸不全を起こした。


「…い、言える訳ない………!」


あんなセリフ、花一匁以外で言える訳ない。言い切る頃には羞恥で死んでいる。

あんなただでさえ恥ずかしいセリフを平気で吐けるなんて、あの邪竜は間違いなく大事な神経が何本か抜けてる。


とにかく、今回の邪竜は無事断られたが、いつまたミスティアに言い寄る輩が現れるかわからない。

自分ではチョロくないと思っているようだけどやっぱりミスティアはチョロい。何せ餌付け効果で僕を家に置いてるくらいだ。

顔が良い奴に、いや寧ろ顔の良し悪しに関わらず、それなりに許容範囲の相手に好待遇三食昼寝付きで誘われたらフラッといきかねない。


「僕も欲しいんだけど………」


まずは、もっと美味しいものを食べさせて他の誰かのところに行きたくならないようにしないと………


「………む…」


メニューをあれこれ考え出した脳に、ミスティアの微かな声が届く。

これは起きる予兆………え、今?!

待って、ちょっと待って。僕さっきなんて言った?! 多分声に出てた!


「────ん…おはよう、じゃないわ。遅いわ。もう暗いわね。」


完全に起きた………!

まさかさっきの聞かれてないよね………?


「ジル………?」


火照った顔がバレないうちに冷まそうと心を落ち着ける事に集中していると、返事がないのを不審に思ったのか、眠たそうな目のままこっちを見て首を傾げている。


「あ………ようやく我が呼び声に応じたか…深淵から蘇りし同胞よ、目覚めた気分はどうだね?」


あぁー!!

中二セリフに逃げちゃった!!!

起きていきなりこれはおかしい! 絶対変な奴だ!


「? …この私を封印から解き放つとは命知らずな……私は今すこぶる調子が良いぞ、未だ嘗てない力の奔流を感じるッ………!」


あ、そこ返すんだ。

寝起きなのにアドリブきくね。さすが。


「で、今何時かしら。」


「もう夜だよ。ご飯食べる?」


ミスティアが食べると言うので、部屋から出て調理場に向かう。

ハッ………! いけない、普通にご飯の準備を始めてしまった……準備と言っても宿で用意されていたものを温め直したりするだけだけど…。


「いただきます。」


食事を運んで、食べ始めたミスティアの向かい側に腰掛けてから、うっかり忘れかけていた話を切り出す。


「あのさ、今日のことなんだけど。」


そう言うと、真剣に豆を皿の端に避けていた手を止めてミスティアが顔を上げる。


「僕のポケットとかに手を突っ込んだりしたでしょ。えっと、ああいうことを誰彼構わず、無闇にするのは良くないと思う。」


よし、言った………!

他人のポケットとかズボンに手を入れたらダメ、特に異性は絶対ダメ。あとそれから……


「ジルにしかしないわ。」


真顔で返された。

頭の中に宇宙が誕生してそこで超新星爆発が起き、輪っかのついた土星みたいな惑星が飛んでいったイメージ映像が繰り広げられる。

続けて言おうとしていたあらゆる言葉が全部どこかに消えてしまった。

何言おうとしてたっけ………?


「え、あ……そうなの。」


確かに、ミスティアが他の人のポケットをまさぐっているのは見たことがない。

よく考えたら、潔癖気味の彼女がいつ洗濯したかも何が入っているかも分からないズボンのポケットに触るわけない。


「…嫌だった? 次から気をつけるわ、ごめんなさい。」


「いや、別にいいですけど………」


「そう?」


何事かを考えながら豆を避ける作業を再開させた彼女の皿から、豆を回収して自分の口に放り込んでいく。

豆の供給が終わったところで、ミスティアが口を開いた。


「なんかジルってこう、触りやすいのよね。清潔だし、いいとこの猫ちゃんみたいな……」


猫ちゃん………


「本当に、嫌なら言ってね。」


「いや、えっと、無差別テロしないならいいかな。」


………僕だけならいいか。

僕が心を強く持てばいいだけだし。


と、思っているとミスティアが試すように、意地悪な笑みを浮かべた。


「でもジル、くすぐったがりでしょう。私、ビクッとされるともっと弄りたくなっちゃうかもしれないわよ。」


別に僕は特別くすぐったがりというわけではない。でもビクッとはするだろう。してる自信ある。する。

そんなことになったら確実に心臓がもたない。


彼女は悪魔だろうか。意地悪な顔が可愛いというのは問題だと思う。


「……もう好きにしてください。」


「さっきから何で敬語なのよ。」


動悸不全が深刻だ。

もしかして、チョロいのは僕の方なのか………?



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