59 把持する
《帰るのは結構だが、コレをどうにかしてくれ。》
ザッハの訴えに隣を見ると、ジルがフリーズしていた。
それをザッハが引っ張っている。
「どうしたの………なにごと?」
そういえばずっと静かだったが、なぜ石化しているのか。ザッハに尻尾ではたかれても微動だにしない。
《そうだね、あぁ………あの竜の求婚がショッキングだったのではないか?》
まぁ確かに、衝撃発言といった感じではあったが………あれからずっと固まっているのか? 驚き過ぎではないかしら。
リアクション芸人も驚きのロングリアクションをかましている。
「ジル、ジル。帰るわよ。」
肩を掴んで揺さぶると、弾かれたように身体が動き紅の瞳がこちらを向いた。
「気合いの入ったリアクションをするなら先に言ってくれないと。見てないとやり損よ。」
「……ミ、ミスティ……あ、あいつは?!」
冗談を言う余裕もないらしい。
私の肩を掴み返して慌てたように訊いてくる。
「また会いに来るとか言って消えたわ。」
「結婚は?! ちゃんと断れた?!」
断ったところに食い下がられていた場面までは意識があったようね。
「まぁ、私の意思は伝えたわ。」
「ほんと? ほら、人外ってこう、強引に………漫画とかでよくある……」
「ジルも人外じゃないの。」
確かに人外キャラは獲物を秘境というか巣とかに連れ去りそうな感じある。偏見だけど。
あと執着が凄そう。偏見だけど。
「あの、どうかされましたか………?」
「いえ、すみません。大丈夫です。」
振り返り様子を窺っている騎士の声に慌てて返事をする。
騎士たちが待っているので、とりあえず私の肩に乗ったままの手を引っ張って連れて行く。
話は移動しながらで良いでしょう。
話を聞くに、ジルは邪竜の攻略対象マジモードな乙女ゲームオーラに私が引き摺られてカップル成立すると思ったようだ。
捨てられる子犬のような目で私を見ている。
中身はそうでないにしろ、10歳で結婚なんて考えてないし、そもそも結婚は私の生活能力的に厳しい。
嫁入り道具としてのジルの持ち込みが可能なところじゃないとちょっと………。
「馬鹿ね。顔が良い奴に「ぅお前が欲しィ………ッ」とか言われたからって惚けるほど私はチョロくないわ。」
「え、今のあいつの真似?」
「えっ、まぁ………。」
ジルがきょとんとした顔で見てくる。
や、やめろ。そこにツッコむのはやめろ。
顔が熱い。
「あはは、全然似てないよ。」
「う、うるさいわね!」
言わなきゃ良かった!
「……ごめん、大丈夫。冷静になった。」
ジルはひとしきり笑うと落ち着いたようだ。
時々くすくす言いながら私の顔を見ているが。
「あのね、人のやらかしで冷静になるのやめてくれない?」
「だって魔女様、顔赤くなって………っふふ、」
また堪え切れないように嬉しそうな顔をして笑い出した。私の赤面の何がそんなに可笑しいのか。笑いのスイッチがオンになったまま壊れている。
「もう、怒るわよ。」
「ごめんって、可愛いからつい………」
可愛いって言えば丸く収まると思ったら大間違いよ?
「そこまで笑うなら、ジルがやってみなさいよ。ほら同じセリフで。」
「えっ………えっと、お、お前が………」
そこまで言いかけて固まる。
口をはくはく動かそうとしているジルを見ながらそのまま足を止めて続きを待っていると、みるみるうちに頬から赤くなって手で顔を覆ってしまった。
「………………無理ッ!」
耳まで赤くして尻尾を上下にバッタンバッタンさせている。これは先行する騎士に見られたらまずい。
取り急ぎ尻尾を鷲掴んでズボンの中に突っ込むと、ジルから小さな悲鳴が上がった。
あら可愛い。
「ひゃっ………や、やめ、ダメ…!」
もう一度尻尾を引っ張り出してから入れてみると、慌てて手を掴んできた。
何が何やらといった様子で私の弁明を待っている。
「可愛いからつい………?」
「上目遣いしてもダメ! 尻尾で遊んじゃいけません!」
ジルはそのまま私から尻尾を奪い返すと、さっさと隠して後ろに下がった。
「お先にどうぞ!」
私の前を歩くとまたやられると警戒しているようだ。
「……………ダメ?」
「ダメ!!」
振り返って聞くも即答された。
仕方なく先を歩いて、時折後ろを確認すると、ずっと赤面したまま斜め下を向いてついてきている。確かにこれは、仕方ない。
「ふふっ……」
思わず声が漏れてしまった私を、前を行く騎士たちが不思議そうに見ている。
ザッハは呆れ顔だった。
「我々の体制が不十分だった。申し訳ない。」
騎士団と合流すると、間を置かずに騎士団長が出てきて謝罪の言葉を述べた。
続けて、隣に控えていた副団長が、外部に情報が漏れていたこと、それにより襲撃者が現れたこと、あの距離からの狙撃は想定しておらず警戒がなかったことを説明し、頭を下げる。
魔女なんて厄介そうな肩書きの相手に、こんなに素直に非を認めてしまって大丈夫なのだろうかと心配になる。
「大事ありませんでしたので、頭を上げてください。」
私の方は、捕まえてくるとか言って自信満々に飛び出して行ったくせに逃がしてしまったのだが……敢えて言わないでおこう。
「今回の事で不信感を抱かれたかもしれませんが、騎士団は敵対の意志は……」
無言のままの騎士団長の隣で、副団長が弁明を続ける。
襲撃者が捕まっていないことだし、騎士団の差し金と思われるのを危惧しているのかもしれない。
正直、こちらとしても騎士団が私を危険視していないとは思っていないし、邪竜討伐の際に凶暴に見える行動をした自覚はあるので、騎士団からの刺客の可能性も疑った。
だが騎士団長がそのことを知らずに妨害してしまうのはおかしい。
後は、助けることで私に信用させる感じの自作自演だが………にしては防ぐのがギリギリすぎる。
騎士団長の神業でセーフ! みたいな雑な台本は無いだろう。
「そちらが矢を弾いたことから、私を排除するつもりでないことは信用します。」
そこまで言うと、副団長は顔に出さなかったが、周囲に集まっていた騎士の何人かは、あからさまに安心したような様子だった。
「私も連戦は嫌ですから、敵対の意思はないと言って頂けて良かったです。」
続きを話すと今度は副団長だけが緊張した。
なぜだ。
まぁいいわ、続けよう。
「責任を感じてくださるのなら、謝罪よりもお力添えを。襲撃者は雇われたものと思われますが、雇い主に心当たりはありませんか?」
見上げた騎士団長と副団長、それぞれ順に目を合わせる。一瞬の沈黙の後、副団長が口を開いた。
「すみません、心当たりは………私としては、権力者の可能性が高いと思いますが。魔女殿がいない方が都合の良い者、あとは我々が手を組むと困る者でしょうか。」
なるほど、さっきは討伐成功で騎士団長と握手! のところで邪魔が入ったし、その線もあるか。
やはりあの狙撃手を捕らえて雇い主を聞き出すのが一番みたいね。また何か雇って狙ってきたら嫌だし、それまでに絶対に捕まえないと。
「…あの距離から当てにきた、相当の腕だ。」
騎士団長が低い声で付け足した。
この人間やめてる系騎士団長がこのように言う狙撃とは、あの襲撃者結構できるヤツなのだろうか。
狙撃の名手とかかっこいい。ちょっと憧れちゃうわ。私を狙わなければね。
「我々の方でも捜索や調査をしますが、あまり期待はしないで下さい。」
「お願いします。私の方でも探してみます。」
まぁでも騎士団が探しているというのは牽制にはなるだろう。
相手が派手に動けない間に、いそうなところを探そう。
「心配でしたら、いっそ騎士団に入団されてはいかがですか? 王都の騎士団本部の方に住めば、さすがに下手に手出しはしてこないと思います。実績はありますし、私が推薦しますよ。」
「………私がですか?」
「はい。」
こ、この副団長………めちゃくちゃ囲い込もうとしてくるわ。
騎士団本部って、騎士まみれで私を監視する環境万全じゃないの。私みたいなのを野放しにしたくないのかもしれないけど、知ったこっちゃないわね。
「遠慮しておきます。」
「それは残念。」
副団長が眉を八の字にして柔らかく微笑む。
体育会系の集団生活とか冗談じゃないわ。
いいように使われたら最悪だし。
そのまま副団長と無言で微笑みあっていると、沈黙を破り、騎士団長の手が差し出された。
「………友人ではどうだろうか。」
この渋いおじさま、なかなか可愛いことを言う。
「それでしたら、喜んで。」
先程は邪魔が入り掴めなかったその大きな手を、今度はしっかりと握る。手が重なると、大きな力強い手に軽く力がこもった。
騎士団長との握手の後、馬車で王都に向かうことになった。
もともと遠征のしおりにも書いてあり事前に知らされていたが………もうこれ以上馬車で遠くに行きたくない。行けば行くだけ帰りの道のりが長くなり、地獄の苦しみの時間もまた伸びるのだ。
「お腹は空いてないですか? 宿まで、食べ物はこれしかないのですが………良ければ。」
「あ、いえお気遣いなく。」
騎士団の出発準備を待っている間、行きに同じ馬車だった騎士が例の乾パンみたいなやつを持ってきたが要らないので断る。
そもそもお腹は空いていない。
「実は間食しましたなんて言えないわよね。」
騎士が去ってから、ジルに話を振る。
襲撃者を追った帰りに寄り道してドラゴン肉BBQしたからお腹いっぱいで夕食はまだいい………なんて言ったら、いよいよ私の評価が地に堕ちる。
宿に着く頃にはそれなりに空いてるだろうから言い訳の必要もないだろうけど。
「僕がうっかり調理したばかりに、あんな変質者を………お腹大丈夫? 気分悪くない?」
軽く振った話なのだが、ジルはゼノリアスのあれこれを思い出して自責の念に捕らわれているようだ。
「全然、大丈夫よ。もう消化しちゃったし。」
「ハイそれぼくの肉で~す」はトラウマになりそうだと思ったが、私は案外図太いらしく大丈夫そうなので問題ない。
多分今頃は胃で消えてる。
「うん……………」
なんだかジルに元気がない。
当初の目的であった食材プレゼントがこんなことになるとは……悪いことをしてしまった。今度また別の何かを贈ろう。
「実際、味は美味しかったし。それよりジルも食べちゃったでしょう。………ごめんね?」
「あ、いや、僕もまぁ、美味しかったから……」
変な沈黙が………。
話題を変えよう。
「───それより、まずは襲撃者を捕まえないとね。大体の場所は絞れるって言ってたけど、見つかるかしら。」
「手配書とかあれば良いのにね。」
この世界、似顔絵捜査官とかいないんだろうか。
「あ、あの………!」
思案していると、背後の茂みから声がかかった。
内気な子供が落し物をした大人に声を掛けるような、頑張って申し出たような声だった。
「………えっと、何かしら?」
声の方を振り返る。
ほとんど音もなく茂みを掻き分けて出てきたのはキャスケットを被った子供で、手に何か板のようなものを持っている。
「あっ、怪しい者じゃありません………! 僕は、えっと、エリル村の住人で………」
ばっと帽子を取って一礼する。
成る程、エリル村ということは、素性の知れた怪しい者ね。
「…何でこんなところに?」
普通に、馬車で丸一日かかるような場所に、あんな辺鄙な村の子供が一人で来てるなんておかしい。
観光地でもないし、交通の便も悪い。
「……あ………えっと………すみません、実は魔女様の勇姿を拝見したくて…ついてきてしまいました………。」
言いながら、バツが悪そうに目線を下げる。
騎士団にバレずに尾けてくるとか、村人のスペックおかしくない?
さすがエリル村。
「あの、これ、お役に立つか分からないんですけど。」
そう言って板から外しおずおずと差し出されたのは一枚の紙で、そこに描かれていたのは男性のバストアップのスケッチ画だった。
………例の襲撃者にめちゃくちゃ似てる。というか完全に写真。
「これ……あなたが描いたの?」
「は、はい。」
緊張した様子の少年は板を握りしめてコクコクと頷いた。
「すみません、勝手についてきた挙句、差し出がましい真似を………。」
「助かるわ。ありがとう。」
指名手配写真ゲット。
「めめめ滅相もないです!!!」
どこから湧いて出たのか知らないが、できる子だ。あの邪竜・狙撃・地崩れ、3コンボの騒ぎの中犯人をスケッチしてるとか正直奇行だが助かった。
この将来大物になりそうな少年へのお礼を考えていると、彼は俊敏な動きで元いた茂みに後ずさって消えようとしている。
「では僕はこれで!」
「ちょっと待って、お礼に何かあげたいのだけど………あなた、こういうのいる?」
ジルに言って邪竜の爪を一枚取ってもらう。
前に蜘蛛の魔物の亡骸で争奪戦が勃発していたし、エリル村の村人なら喜ぶんじゃなかろうか。
「えっ、えっ………これさっきの、邪竜の…?!」
「いらないなら、こっちの飴もあるわ。」
ジルのズボンのポケットに手を突っ込んで飴を探る。見つけて取り出すと、ジルがぴゃっと飛び退いた。
「そ、そんな勿体ない………! 僕ほんとに、お役に立てただけで十分…!」
手を前に出してわたわたと凄い勢いで振っている。遠慮の仕方が激しい。
「お礼だから、迷惑でなければ受け取ってちょうだい。」
「あ、ありがとうございます………! こんなの貰っていいんですか?! すごい!」
爪も飴も渡すと、空にかざしながら穴でも開けそうな勢いで見つめて、めちゃくちゃ喜んでいる。
そしてひとしきり眺めた後、家宝にします! と言って一礼する。
「うわぁあ………お師匠に報告しなきゃ!」
お助けアイテムをもたらした少年は、嬉しそうに頰を上気させ、風のように身軽に木陰へと消えた。




