58 求婚される
邪竜を討伐的な意味で攻略したと思っていたら、攻略対象を攻略していた。
何を言っているかわからないと思うが私もわからないしむしろ教えてほしい。
「な、なんで……?」
「惚れたから。」
若干顔が引きつっている私に対し、ゼノリアスは大きなつり目を一度瞬かせ、何でもないように答える。
何がどうなったか、3歳児よりチョロい攻略対象、ゼノリアスは告白を通り越してプロポーズをかましてきた。
おおきくなったらパパと結婚する!と言う幼女の如し。
攻略不可のZとは何だったのか。
やり込んでいた友人が苦戦していたのが嘘みたいに、会ったその日に攻略出来てしまった。
いや私は攻略した気はないのだが。
目を開けて最初に見た奴を好きになる呪いにでもかかっているのだろうか?
「今ちょっと世間話しただけよね……?」
一目惚れとでも言うのだろうか。
ヒロイン補正か………いや、でもこいつ一目惚れとかするキャラだっけ…
「あんなに拳で語り合っただろ?」
そ、そうきたか!
「私は拳に何のメッセージも載せてないし受け取ってないわ。」
「あぁ、拳じゃなくて魔法だったか。あとナイフ。」
「いや、そういう屁理屈を言ってるんじゃないのよ。」
そして魔法にもナイフにも何らメッセージ性はない。
「オレじゃ不満か? そこらのオスよりは強いぞ。」
「強いとかそういう問題じゃないわ。」
強くて結婚するなら、既に前世でゴリラとでも結婚してるわ。
「どうしても嫌か?」
嫌か、とか言われるとすごい断り辛い。
断るけど。
「私、あなたのことそういう対象に見てないわ。」
会ったその日に求婚されて、頷く女がいると思うてか?
「オレの腕食べたんだし、責任取ってよ。」
断ると、しばらく考えた後、こんな事を言い出した。
詐欺師、もしくは当たり屋の手口である。
いくら私が恋愛展開を求めてないからってあんまりじゃない? こんな脅迫まがいの求婚ってある?
攻略対象ならもう少し仕事して欲しいものだわ。
「ちょっと待った、勧めたのそっちよね?!」
「あ、バレてる?」
お酒を勧める新歓の先輩みたいな感じで、ガンガン肉を推してきた気がする。
腕を食わせて骨を断つ、斬新な押し売りである。計画的犯行なら、なかなかイイ性格をしている。
「その為に勧めたの………?」
「それもあるけど、一番はお前にオレの魔力を取り込ませる為だ。」
そう言われると、確かに食べてから身体が軽い。さっき魔法を使って消耗した体力も回復している。
「身体が軽いけど、それが関係してるのかしら………」
「うんうん、体の中にオレの一部が取り込まれてるってことだな。」
「嫌な言い方するのやめてくれない?」
思わず呟いた言葉に、変態みたいなコメントが返ってくる。こいつも警備隊に突き出した方がいいのだろうか。しかし邪竜って逮捕出来るのか………?
「お前が強くなってオレも嬉しい。」
私の悩みを他所に、ゼノリアスは満足そうに笑い、一石二鳥ってやつだな、と付け足した。
「……残念だけど、結婚の申し出はお断りするわよ。」
「そこを何とか……オレもそろそろ結婚したいんだよ。」
「もう少し適齢期の女性探しなさいよ………。」
私は10歳。対するゼノリアスは見た目は少年、現在はエリックに次いで小柄でゲーム開始時には恐らく抜かされるほどだが、何百年かに一度脱皮するとか言っていた辺り数百歳は確定している。年の差がえげつない。完全に事案である。
「異種族の婚姻で大事なのは、年齢よりも寿命だろ。」
そりゃ、20歳より10歳の方が残りの寿命の長さ的には期待値高いけど、そっちからしたら10年ぐらい最早誤差でしょう。何百年単位で寿命あるみたいだし。
あれ、この場合、適齢期ですら年の差が突き抜けている。人間にはちょっと荷が重い。
「ならほら、亜人種とか………探せばいるでしょう。」
見つかれば、エルフなんか寿命的にまだ釣り合うと思う。居ればだけど。
「何か勘違いしてるみたいだが、別に目に付いた奴に声掛けてるわけじゃねーぞ。お前だから言ってる。」
「は?」
めちゃくちゃ目を見つめてくる。
な、なんなのコイツ、急に乙女ゲーキャラとして機能しだした……!
「お前の黒い稲妻がオレを撃ち抜いた瞬間、もうビビッときたんだよ。」
それはまぁ、雷属性入ってるからね。
「俗に言う一撃惚れってやつだな。」
それ俗に言わない。
地面に落とすつもりで恋に落としてたなんて思いもよらないわ。
………今のナシ、上手いこと言ってない。違うわ。口に出してないからセーフ。
「ドキドキしたんじゃなくて、バトルの興奮で心拍数が上がったんじゃないかしら。」
吊り橋効果ってヤツじゃないの? と、窺うように目を向ければ、ゼノリアスは口元に手を当てて思案し、それからこちらを見た。
「これは所謂、一時の気の迷い~とかじゃなくてだな………オレを倒せるような強い女をずっと探してたんだ。」
こういうタイプの奴か~……!!
倒せば攻略完了なんて、そりゃ誰も攻略できるわけがない。
「シンデレラ・ロマンス」に攻略対象を物理的に攻撃するイベントは無いし、戦闘力を上げるタイプの育成モードも無い。
そういえばエリックルートで、サイコ兄貴にヤワなメンタルをつつかれて心中しようとヒロインを刺しに来たエリックを返り討ちにしてしまうバッドエンドがあり、その後の周回で好感度が上がっていたような気がするが………気付くかボケッ!!
────取り乱してしまったわ。
心を落ち着けている間に、目をスッと細めたゼノリアスが私の手を取る。
神秘的な透き通った金の瞳が揺らめいた。
「お前が欲しい、お前しかいない。」
さっきまでの雰囲気と一転、真剣な視線に身体が強張る。
「あ、あの、私………」
こういう時なんて言えばいいんだっけ?
ありがとう、ごめんなさい………?
こんな風に真剣に言われると困ってしまう。
「ふはは、ごめんごめん。そんな困った顔すんなよ。」
暫しの沈黙の後、ゼノリアスはぱっと手を離して笑った。
顔に出ていたらしい。
「振ったのにまた口説かれても困るよな。とりあえずあれだ、一応頭に入れといて、気が向いたらオレのとこに来てくれ。」
すごく明るい。さっきの空気が嘘のように、ケラケラ笑いながら立ち上がった。
嘘みたいだが、恐らく本気で、それなら困ったのを顔に出したのは失礼だっただろうか。ただ誰でもいいから結婚したいだけの奴なら簡単に一蹴できるのだけど………こういうのに慣れていないので難しい。
「気が向く可能性はかなり低いと思うけど。」
慣れていないが、期待を持たせるのは悪いというのは分かる。
ゼノリアスの言葉を待っていると、遠くで騎士団が私を探す声がした。
「魔女殿ー!」
時間をかけ過ぎたわね。
騎士が3人、もう見えるところに歩いて来ている。早く戻らないと。
「それでいい、またオレから会いに行く。」
そう言われてゼノリアスに視線を戻すが、そこにいた筈の邪竜は既に姿を消していた。
「魔女殿、ご無事ですか。」
「ええ、すみません………わざわざ来ていただいて。」
「いえ。」
入れ替わりにやって来た騎士に対応する。
見つかると面倒だから逃げたのかもしれない。
「それから襲撃者ですが、逃してしまいました。」
ゼノリアスの件で一時忘れていたが、私を狙撃した男を取り逃がしてしまった。
いるだろう雇い主を聞き出したかったのだけれど……
「そうですか………周辺の住人が近付かないように騎士団から見回りを出しているので、それを避けていれば逃走先は絞れるかもしれません。」
見回りに見つかって不審者として捕まってくれればいいが、そう上手くもいかないだろう。
逃走先が絞れるのはマシだが………何分相手の顔を見たのは私とザッハだけ、特徴を述べても探し出せるかどうか。
全く、いつ襲われるかも分からない不安で眠れなくなったらどうしてくれる。
「それについてはまた後ほどお話しましょう。一先ず、こちらへ。我々が来た道は足場がまだ安定していますので。」
騎士が指し示す方向は、崩れ方が酷くはない。
酷くはないが、ところどころ倒木や岩が転がる光景は、今日の遠征の終わりを感じさせた。




