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魔女様は攻略しない  作者: mom
第3章 邪竜討伐

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56 実食する

ドラゴンの肉を食べる描写があります。

苦手な方はご注意ください。



何故ここにいる………?

靴の裏で微動する攻略対象の腹を見つめながら、私の頭の中には宇宙が広がっていた。


「どうしたの、魔女様。」


透き通る淡い黄灰色の髪を無造作に散らしひっくり返る、この少年。


Z──読み方は公式では発表されておらず、ゼットやズィーと呼ばれていた。ちなみに私はゼットンと呼んでいた。

そのゼットン、こいつは攻略不可の攻略対象、意味のわからない攻略対象である。私にゲーム「シンデレラ・ロマンス」を勧めてきた友人もこいつを攻略するのに苦戦していた。


学園生活の途中でふらりと現れる、生徒ではない謎の青年もとい不審者。彼はZと名乗り、神出鬼没に現れては一方的にヘラヘラとあることないこと喋ってくるキャラクターである。好感度が確認出来ることから攻略対象であるのは間違いないのだが、会話中の選択肢ではほぼ好感度に変化が起きない。

やり込んでいた友人によると、こいつと全然関係ない、他の攻略対象との選択肢の後に好感度が若干上がっていたり、交流してないのに勝手に好感度が変化していたりする謎のキャラクター。ミステリアスというよりは妙なヤツと言った方が合っている。


「…ん~………」


おっかなびっくり足を除けると、漫画風に言えば目がグルグル状態でひっくり返っていたゼットンが身じろぎする。


「んん………」


げっ、起きる…!

サササと数歩後ずさる。攻略対象を踏んだなんて、バレたら何か面倒なイベントが起きそうで嫌だったが…遅かったようだ。

グルグルの目をぱっちり普通の目にして開き、バネのように上体を起こしたゼットンはバッチリ私を視認した。


「あ!」


あって何だ、あって。


大きく見開いた綺麗な金色の瞳でこちらを凝視してくる。そのまま何かを考えているようだ。

多分、ゼットンは踏んだからって慰謝料を請求してくるようなキャラじゃない。

何だろう………取り敢えず、目を逸らしたら負けな雰囲気なので目を合わせたままさらに後ずさる。

すると、先にゼットンが大仰に前のめりにうずくまった。


「あぁ~、お腹が空いて力が出ねぇ~……!」


そんなこと言われても、私はアンパンの戦士ではないわよ。


「欲しいな~、食べたいな~。」


そう言いながら、ジルの背負った布袋をチラ見している。

こいつ、中に入っているブツをねだる気だわ………!


「これはプレゼントだからダメよ。」


「行き倒れのオレを踏みつけた上、謝罪もなし………。」


チラチラと潤んだ上目遣いでこちらを見てくる。良心に訴えかけて来やがるッ!!


「な、中身は生肉よ! ここは火もないし、諦めてちょうだい。」


「火ならあるある。」


そう言ってゼットンはその辺の木の枝を拾い、一瞬で火を起こした。火付けのプロか。


「ほら、ついた。」


「いや、ついたけど。」


肉を庇うようにジルの前に立つと、ゼットンはよよよ、と言いそうな感じでしなだれた。


「踏んだお詫びに、行き倒れた可哀想なオスに施しもしてくれないというのか………。」


前言撤回、めちゃくちゃ慰謝料を請求してくる。自己憐憫が凄い。


「踏んだのは悪かったわ。でも、貴重な食材だからこれはダメ。後日改めてお詫びに伺うから………」


「でも早く食べないと、その肉ダメになるぞ。」


「えっ。」


髪と同じく透き通った、透明感のある綺麗な瞳でドラゴンの腕の入った袋を見つめている。

お肉ソムリエか何かだろうか。


「確認してみ。ほらほら。」


その場であぐらをかいて前後に揺れるゼットンに促されジルが肉を確認する。


「………確かに、傷んできてるね。」


肉の傷み具合とかよく分からないけど、ジルが言うなら間違いないわね。


「なっ。今が食べどき、一刻も早く食べるべき。」


どーぞどーぞと、いつの間にか結構な炎に成長している火を勧めてくる。


「でも今塩胡椒しか持ってないよ。ハーブ焼きにしようと思ってたんだけど………」


塩胡椒はあるのね。


「いーっていーって、ドラゴンの肉はそのままでも美味いから。」


「そうなの?」


「新鮮さが命だから。切ってから早ければ早いほどいいんだよ。栄養価も減るし。」


すっかり肉奉行と化したゼットンが乾いた木の枝を拾い集めながら力説する。


ジルを見ると、行き倒れの不審者に振る舞うのは嫌そうながらも悩んでいる。

この様子を見るに、本当に賞味期限がヤバイのだろう。


「まぁ、傷み始めてるし、騎士団と合流して邪竜退治の報告やらしてたら遅くなるかもだし………食べちゃう?」


運動の後の疲れた体で味わうバーベキュー、焼き鳥、焼肉。

はっきり言って私もお腹が空いている。

お行儀は悪いが野外で食べるのも醍醐味と言うもの。

火を見てたら肉の幻影が見えてきた。


「仕方ないわね、そうしましょう。」


ごくりと唾を飲み込み頷く。


《あまり遅いと騎士団が捜索に来ないかね?》


「背に腹はかえられないわ。」


「その腹、空腹の意味で使ってるよね。空腹の前には全てどうでもいい的な。」


「気にしないの。」


大事なことのためには他の犠牲はやむを得ない。

空腹のためには他の犠牲はやむを得ない。


どっちにしろ同じような意味だから良いでしょう。悪魔がことわざに突っ込んで来るんじゃないわよ。


「でもまぁ、土砂崩れとか倒木で結構地面がガタガタだから、来るまでは時間があると思うよ。」


「それは重畳。」


良かった。

騎士団が探しにきて、呑気にバーベキューしてるところを見られたら流石に顰蹙(ひんしゅく)だものね。


「大きくて邪魔だし、丁度良かったかもね。」


ジルが袋から布に包まれた巨大な腕を出す。

中の肉は既に手の部分と手首の部分に分かれていた。確かに、これを持って馬車に乗るのは無理だし、そうでなくても突如増えたゴルフバッグよりデカい荷物、不自然極まりない。


腕を包んでいた布を広げ、その上で肉にナイフを入れようとしていると、ゼットンがその作業を覗き込む。


「丸焼きにしてかぶりつくんじゃないのか?」


「火が通らなそうだし、魔女様に腕丸ごと食べさせられないよ。」


ジルは不思議そうなゼットンに対し、野蛮人とでも言いたげな目を向けていた。

私も腕丸ごとは困る。まんま腕を貪るとか絵面が完全に魔女、どころか魔物じゃないの。

それに竜の腕をトウモロコシみたいに囓るとか無理。そもそも大きすぎて持てる自信がないわ。

私魔女だから、杖より重いものは持てないし。嘘だけど。


「腕は殆ど骨だから、上手くやらないと食べるところ殆ど無いぞ。」


「大丈夫。僕、工作は得意だから。」


「工作とは訳が違うだろ。」


「ジルは料理も得意だから、心配することないわ。」


「なら良いけど……あ、皮は剝がずに焼けよ。栄養が逃げるから。」


「あなた栄養素にうるさいわね。」


栄養士でもやってるのか?


「皮ごとしっかり焼くと、中は焦げずに程よく焼けて良いんだよ。」


「この皮、防御力高そうだもんね。」


話しながらジルは肉を解体して焼いていく。

少しすると煙とともに、香ばしい、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐった。


「いい感じに焼けたよ、はい。」


それでは実食。


「いただきます。」


硬そうな見た目の表皮は本当に防御力も高かったようで、焦げた痕はない。さすが、取れても竜の腕なだけはある。身の方はミディアムぐらいだろうか、ステーキみたいで美味しそうだ。

身の部分に齧り付くと、弾力のある肉から肉汁が溢れた。


「…………………!」


こ、これは美味しい……!

美味しいと有名な店の小籠包のスープを味わった時以来の感動。邪竜すごい、素材の味まで攻撃力が高い。

疲れた身体に栄養が行き渡るようだ。

噛み切るのに少し顎が疲れるが、そんなことは気にならないくらい旨味に溢れている。


「これ美味しいね。」


夢中で噛み続けていると、隣でジルも感嘆の声を上げている。

それに肉を咀嚼しながら無言で頷いていると、ゼットンが得意げに口を開いた。


「だろだろ? 高級料理店で出しても引けを取らないと自負してる。にしてもお前、焼き加減うまいなー。」


ドヤったりジルを褒めたり忙しい奴だわ。


「どうも。」


「爪と骨は素材として使えるから取っとくといいぞ。昔は粉末にして飲むのが流行ってたが、美味しくないしあんまり意味ないからオススメしない。」


ゼットン、さっきから妙にドラゴンに詳しい。

ドラゴンマニアなのだろうか。


「へ~、詳しいね。」


「自分の身体だからな。」


私と同じような感想を述べたジルの言葉に対し、奇妙な返答が返ってきた。


「は?」


「これオレの腕だから。」


そう言ってゼットンは自身が今頬張っている肉の一切れを指差した。

こいつは何を言ってるのだろうか。


「いやー、まさか腕を持ってかれるとは思わなかったけどさぁ。お前の血肉になるし、結果オーライだな!」


本当に意味がわからない。

こいつホントに同じ言語が通じてるのか??


「ちょっと待って、ちゃんと人語を話して。」


嬉しそうにテンション高く笑うゼットンを、左手を前に出して止める。


「人語話してるじゃんか。なんか変?」


その、結構流暢な日本語を喋る外国人が「ワタシの発音オカシですか?」的な、困り顔をされても困る。


「いや、人語には聞こえるんだけど、意味がわからないわ。」


「んー? 文法間違ったか…? あんまりヒトに使う機会なかったからな……」


だから、その喋れるつもりが現地に行ったら通じなかった観光客みたいな顔をされたとて。


「あなた、人間、オーケー?」


「ノー、オレ、ドラゴン。」


ゆっくり一単語ずつ区切って確認しても、ゆっくり一単語ずつ区切って望まぬ答えが返ってくる。


「……………なんで?」


「なんでと言われてもな。」


竜であるのがさも当然みたいな顔をしている。

こっちは、どう見ても日本人な奴にエジプト人を自称されたような心持ちなのだが。


「だって、普通に学園にいたじゃない……人間に混じって…」


いや、待て。

ゲームの会話でなんか騎士団壊滅させたとか言ってた気がする。


「学園?」


「あ、いや………」


まさか、空飛べるとか言ってたのも冗談じゃなくてそういうこと?!

攻略対象に人外がいるなんて聞いてない。

だってそういう世界観じゃなかったじゃない………


私はゼットンを攻略していないので知らないが、実は厨二病キャラだったと言ってくれ。

ホラ吹きのガキっぽいアホキャラとか、そういうの………ない?


「オレのこと、なんか知ってんのか?」


「いや、全く。」


ゲームで存じているが、もはや全くの別人レベルで知らないと思う。


「だよなー。」


ゼットンはケラケラ笑いながら少し体勢を変えた。


「オレはゼノリアス・ゾルヴェルド。これでも一応絶滅危惧種だから、大事にしてくれ。」


あ、イニシャルのZね。

全然ゼットンじゃなかった………。



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