54 密偵は容認しない
「やっっっとお出ましか………。」
ご主人の要望に応えるため、夜から明け方にかけてはクソ寒い山の中で日の出前から張り込みをしていた俺は、ようやく現れた騎士団に胸を撫で下ろした。
本当は騎士団を尾けて来られれば良かったのだが、こんな過疎地を馬で追って来れば流石にバレるし仕方なく先に来て、位置取りなどの準備も含めてこんなに長いこと待たされたと言う訳だ。
「あ゛ぁあぁぁ~………」
昼になってもまだ冷えが残っているのか、ガタガタ震える身体をかき抱き、腕をさすりながら双眼鏡で前方を観察する。
少しずつ集まってくるが、数が少ない。新兵も幾らかいたはずだが、脱落したのだろうか。
まぁ無理もない。この山脈、妙に魔物が発生してやがるし、騎士に成り立てのボンボンには厳しいだろう。
ポツポツ騎士の数が増えるのを眺めていると、
邪竜が見当たらない為か、騎士団長が騎士を二人ほど連れて場を離れた。
そういや俺も張り込み中一度も見てないな。邪竜なんてホントにいるのか?
魔女と言い邪竜と言い、最近突飛な話が多すぎる。身近で一番突飛なのはご主人に違いはないのだが………。
そうそう、ご主人。
あの人のせいで過労死寸前だ。特別手当がなければ今頃バックレていた。………いや、ご主人のことだから後々、忘れた頃に恐ろしい目に遭いそうでもある。逃げるのはリスクが伴うな。
「邪竜討伐に魔女が来る?」
5日前、そう報告するとご主人は顔を上げ、読んでいた本を閉じて脇のテーブルに置いた。
「はぁ、王国側から依頼したみたいですね。……まぁ、厄介ごとを纏めてぶつけて一気に片付けようってとこでしょう。」
国とてそんなに割ける人員もない。
戦力で言えば現在は騎士団長一強だし、国内のことばかりあれこれ着手したり様子見で長引かせている訳にはいかないだろう。
俺は他にも集めていた資料と共に、騎士団の動きを纏めたものをご主人に渡す。
ご主人はそれを受け取りながら一度視線を宙にさまよわせ、空中のどこか一点を見つめてニコッと口角を上げた。何が見えてるんだ。怖い。
「味見しようってことかな。で、美味しそうなら自分達でいただく、と。」
やめろやめろ舌なめずりをするな。
ご主人がやるといちいち不気味なんだよ。
「味見、ですか。」
「そう、食べられない感じだったら廃棄。」
1人掛けのソファの肘掛に片肘をついて、もう片方の手を振り、払い捨てるようなジェスチャーをする。
「でも依頼を受けたってことは、それなりに話せる相手ってことだよね。それだと不味くて棄てるってことはないかぁ。」
なんだか残念そうだ。
「手を結ばれると面倒だよね。魔女の捕獲が難しくなるし。」
この人マジで捕まえる気なのか。
騎士団が人数が足りなくて対処に困っている魔女の確保を個人で出来るという自信はどこから来るんだ。
ペラペラと渡した資料を捲るご主人を前に、俺は直立したまま空気と化す。
もう帰ってもいいだろうか。
「そうだ。」
ご主人が資料を捲る手を止める。
何か思いつきやがったぞ。
「例の辺境伯、まだバレてないよね。」
「はい。」
先の誘拐騒ぎで、盗賊を使い子供たちを集めて捌こうとしていた隣国貴族。そいつに金を貰って盗賊をフリーパスで侵入させていた辺境伯がいる。
捕まった盗賊はそのことを知らないようで、今のところ明るみに出ていないようだが、本人はいつバレるか頭を抱えていることだろう。
この先も金の為に別の盗賊を通すつもりだろうし、本当に金の亡者は大変だな。
………ところでご主人は何故その辺境伯の話を振ったのだろうか。
嫌な予感がする。やっぱり黙って退室しとけば良かった。
「魔女に刺客を差し向けさせてほしいんだ。成否は問わないから。」
「は?」
刺客??
成否って、暗殺の成否だよな? どっちでもいいならなんでわざわざ刺客を?
「僕が雇うより、他の人に雇わせた方が安全でしょ。」
そっちじゃない。
「あの、魔女を捕まえたいんじゃないんですか?」
「魔女が瘴気山脈に来るのは騎士団しか知らないはずだし、騎士団に謀られたと思って対立すればそれで良し、対立の結果討伐されたり、うっかり暗殺でも成功して魔女が死んでも後から回収すればいいし。そう簡単に死なないと思うけどね。」
そこまで言うとご主人は、年頃のお嬢さんなら誰もがうっとりと頬でも染めそうな優しい顔でにっこり微笑んで、最後にこう言った。
「上手く唆して来てね。」
こうして俺の激務が幕を開けた。
時間が全く無いのでご主人の部屋を出た足でそのまま辺境伯の領地へ向かう。
マグワイア邸から馬車で2日半、着いたその日のうちに辺境伯を唆して、休みなしで出発。
ついでに魔女への有効打も見たいとか言うご主人の為に、邪竜討伐と暗殺を見届ける任務があるのでそのまま瘴気山脈へ。
そして今に至る。
ちなみにご主人は侯爵の仕事を手伝ったりと忙しいらしく動けないようだ。
クレイジーなご主人だが、一応表向きは一般人として社会に溶け込んでいるようである。
というか、あのご主人は自分が身動きが取れないからって俺をこき使いすぎだ。
辺境伯を唆して来いとか、俺を何だと思ってるんだ?!
やったけどな?!
つくづく自分の有能さが嫌になるぜ……
実際のところ、金欲しさに隣国から盗賊を素通りさせるような奴だったから、騎士団と魔女が手を組めば地位が危ないとか賄賂の件がバレるとか適当に言っておいたらすぐ刺客を手配したので簡単だったが。
それよりも、その為にわざわざ国境付近の領地まで出向いて、急いでここまで戻って来る方が疲れた。もう早く帰りたい。
ミスティア嬢捜索のためにイカレご主人付きにさせられたのに、何で魔女の情報収集や裏工作なんぞさせられているのか………金はあるんだから、他も雇えや……。
「邪竜はまだか………早くしてくれ。」
心の中で散々悪態をついて暇を紛らわせるが、なかなか事態が進まない。さっさと帰ってゆっくり寝たい。
と、そこに銀色の塊が目に付いた。騎士の鎧だろうが、あそこまで集まると気持ち悪い。
「邪竜、じゃないわな。」
野次馬のように一点に集まっている。
出来た輪のサイズからして邪竜ではない。だとしたら小さすぎる。
双眼鏡で輪の中心を見ると、明らかに場違いな銀髪の子供が立っている。ハイキングに来た迷子…な訳ないか。
状況からして魔女だろう。年の頃もそれくらいだ。
しばらくすると騎士団並びに魔女は昼食を摂り始めた。悠長なことだ。
魔女に至ってはピクニックに見える。お付きの奴と楽しそうにピクニックに興じている。
「……………ん?」
銀髪に紫の瞳、このワードに最近すごく親しみがある。というか方々探し回ったキーワードだ。念頭に置き過ぎて一時は夢にまで出たくらいだ。
まずい。
魔女の特徴がミスティア嬢に一致する。
体格もご主人に聞いた通りだ。
「いや待て。落ち着け。」
思わず口に出して、考えを打ち消すように頭を横に振る。
まず、髪の長さが違う。確かミスティア嬢は鎖骨下くらいの長さだ。
……………時期を考えれば伸びなくもないが。
いやいや、目つきが違う。
ご主人は猫目気味だとは言っていたがあんな鋭いなんて聞いてない。
いいぞ、全然違うぞ。この調子だ。
そもそもミスティア嬢なら火事の後行方をくらませるのはおかしい。
自分が火付け人でもあるまいし、消える理由
が無い。親族の元には居なかったし、この歳で貴族の暮らしを捨てて、他に行く宛があるとも思えない。
そう、あれはミスティア嬢ではない! 断じて違う!
だからご主人には何も言わなくていい、大丈夫だ。………しかし…刺客が、来てるよな?
「まずいまずいまずい………」
姿は確認できていないが、確実に刺客は来ている。この俺が、そうなるように動いたんだから間違いない。
そしてあの銭ゲバ辺境伯は、自分の安全にだけは金払いが良いのだ。雇っていた傭兵上がりの護衛はなかなか腕が立ちそうだった。
もし、万が一、ひょっとして、魔女がミスティア嬢で暗殺が成功でもしたら………?
ご主人は魔女が死んでも身体をミスティア復活に使うから問題ないと言っていたが、魔女がミスティア嬢本人だった場合は話が別だ。
せっかく生きていたのに殺したとなれば、これは最悪の場合俺がご主人に殺される案件じゃないだろうな……?!
いや、ご主人の命令の結果だから………いやいやあのご主人にまともに話が通じるか?
駄目だ、考えても現実逃避しても無駄だ。
そもそもそれ以前に、邪竜討伐で討ち死にしたりしないだろうな………?
俺も古い文献で魔法のことは調べたが、魔術師と一口に言っても、それぞれ使う魔法や威力が異なるため、魔女がどの程度のものかの手掛かりにはならなかった。
ドラゴン退治が出来るレベルか分からない。見た目はちびっ子なんだが………。
とにかく、何にせよ俺に出来るのは観察だけだ。ミス……いやまだそうとは決まってない、魔女が死なないよう祈るのみである。
邪竜が飛来して数分。
まるで現実ではない、どこか異世界に来たようなスケールの大きな破壊と咆哮を見せつけられ、俺は硬直していた。
邪竜本体の迫力にも驚かされたが、騎士団長も並ではない。あんなのに凄まれたら俺でもチビっている。
「う、うわ~………。」
そして魔女。魔法の威力もさることながら、真に驚くべきはその豪胆さである。
あの巨竜を前に、目を輝かせている。
余程のバカか、余程の戦闘バカ。
……いや、どんな育て方したら貴族の娘があんなのになるんだ?!
山賊の娘の間違いじゃねーのか?!
絶対に、バイキングの末裔と言われた方が信じられる。戦闘民族の霊でも憑依してるんじゃなかろうか。
信じられない気持ちで見ていると、狼型の魔獣を操り、ナイフをチラつかせ、どんどん令嬢からかけ離れていく。
ご主人は確か、ミスティアはインドアで乗馬もしない、とか言ってなかったか?
────そうだ、これはやはりミスティア嬢じゃない。他人の空似だろう。
そもそも俺は本人を見たことがないのだから、ちょっと珍しい特徴が一致しただけで慌てるのは尚早というもの。
そこまで考えたところで、邪竜の大きな悲鳴が響き渡った。
魔女がナイフを突き立てている。
「ははは、あんな凶悪そうな令嬢、普通いないいない。」
これがミスティア嬢ならば、ご主人の女の趣味は相当変わっている。
………………いや、あのご主人の好きな相手だ…これくらい狂ってるのが普通では?
「嘘だ、違う違う。」
言葉ではそう言っても、もう既に脳は納得している。あのちょっとネジの飛んだご主人が、普通の令嬢を好きになるわけがない。
むしろお似合いにさえ思えてきた。
ご主人と、魔女。
国が滅びそうな組み合わせだ。頭が痛い。
あれを、追い詰めてから助けたいってか………?
追い詰めるのも命懸けになりそうだが………まさか俺がやらされるんじゃないだろうな?
以前、ご主人に執着されるミスティア嬢は気の毒だと思ったことがあるが、真に気の毒なのは俺である。
ご主人はミスティア嬢が魔女とは知らなかった。いや、だから確定ではないが、……なのに執着するとは、ヤバイもの同士、何か波動でも出して引かれ合ってるんだろうか。
厄介極まりない。
「取り敢えず、一先ず死なないでくれ。」
俺の願いが天に通じたのか、刺客の放った矢は騎士団長に弾かれ事なきを得た。
神様ありがとう。
俺はガキの時分以来、教会なんぞに足を運ぶことはなかったが、明日から教会に通うのも良いかもしれない。




