05 召喚する
《少し遠くまで散歩してくるよ。》
蜘蛛地獄を経てイノシシぐらいなら一人で倒せるようになった次の日、ザッハはすっくりと立ち上がって言った。
食べられそうな実があればお土産に持って帰るとの言葉に、私は二つ返事で了承した。
なにせここに住んで二週間ほど経つが食事内容は一向に改善されていない。
お金が手に入ったので町で買えるけど、節約したら美味しいものは買えない。そもそも町までは片道2時間くらいかかるので頻繁には行けないし。
近くの村で買うという手もあるのだが、野菜しか手に入りそうにない上に、付近にこんな家出少女みたいな怪しい銀髪と狼の魔物が住んでいると知れたら良くないんじゃないかと思い近寄っていない。
この世界、基本魔物は敵なのだ。
動物の変異強化したようなヤツから特殊な能力を持つヤツまでいろいろいるみたいだが、殆どの魔物は意思疎通出来ないし、畑を荒らしたり人を襲う害獣といった扱いになっている。
ちなみに強さは様々だが剣や拳など普通の手段で倒すことは可能。
《留守の間、問題を起こさないようにね。》
まるで私が問題児かのように告げられた。
確かに先週蜘蛛退治に興じた様は好戦的に見えたかもしれない。でもあれは不可抗力で普段は大人しいインドア派なんだけど。
「家にいるから大丈夫よ。いってらっしゃい。」
《日暮れには戻るよ。》
そういえばザッハはここからかなり距離のある私の元屋敷に現れたくらいだから、普段はかなり広範囲を自由に動いていたのだろう。
私がある程度自分で身を守れるようになるまでここから離れるのを控えてくれていたのかもしれない。
ザッハが出て行って1時間ほど、忘れ物とか言って戻って来たりすることはなさそうだと確認すると、私はいそいそと寝室に入る。
断じて悪いことをするわけではない。ただちょっと、ザッハに見られるのは困るのよね。
今日は絶好のチャンスだ。ちょっと前から楽しみにしていたので、寝室の床の敷物をひっぺがしながらもそわそわしてしまう。顔も多分にやけている。
「よいしょっ。」
敷物を丸めて隅にやると、下から現れた好奇心の対象─────魔法陣を確認する。
私の厨二心をくすぐるこのデザイン、恐らく描いたのはここに住んでいた魔法マニアのおじいちゃんだろう。気が合いそうだ。
最初に掃除した時に見つけて、以来ずっとチャンスを窺っていたのだ─────召喚ごっこのチャンスを!!
ザッハは結構、いやかなり大人なところがあるので、ザッハの前で厨二全開で「出でよドラゴン!」とかはできないのだ。
ザッハが許しても私のプライドが許さない。
いや、ザッハも呆れる可能性が高い。
もう一つ言い訳をするならば、敷物の下にご丁寧に隠してあったことから魔法マニアおじいちゃんも他人には知られたくなかったんじゃないかしら、とか…
とにかくザッハが不在なので思う存分厨二できる。ここは周りに人気もないし、多少はっちゃけても問題ないわ。
浮かれついでに前世の世界の歌なんか歌いながら、ちょこちょこ本棚からピックアップしていたそれっぽい本に目を通して、似たような魔法陣を探す。
これは何を召喚する為のものかしら。
この世界でも精霊とかユニコーンみたいな生物とかは実在しないみたいだけど、それは前世でも同じよね。昔とはいえ魔法があった分、前世より可能性あるんじゃない?
ちょっと期待しながら魔獣召喚とか書いてあった本を捲るが、同じような図案はない。
…待てよ、見た目的に召喚用と決めつけてたけど、召喚用じゃないってこともあるのよね。残念だけど安眠魔法とかそういう実用的なやつかもしれない。寝室の床にあったし。
「……………ん?」
仕方ない、気分だけ魔術師ごっこしよう…と思って残りのページをパラパラ捲ると、最後の方のページに限りなく足元のブツに近い魔法陣があった。
上には悪魔と書いてある。
………悪魔?!
え、魔獣召喚とか書いといて悪魔?悪魔って魔獣?
内容の一貫性のなさにこの本が一気に胡散臭く思える。まぁ元から胡散臭い本だけどね。
魔法があった時代でも何かを召喚したとかいった話は聞いたことないし、密かにあったにしてもこんなに分厚い本が出来るほど栄えてた筈はない。誰かが趣味で書いた僕の考えたなんちゃって魔法陣の本かもしれない。装丁も私好みの厨二感だしその線が濃厚だ。
おじいちゃんよ、なぜこんな本のしかも悪魔の魔法陣を描いてみた……
まぁいいわ。
折角だし悪魔召喚ごっこに興じるとしよう。
言葉的におかしいとはいえ、魔獣召喚本に書いてあったわけだし黒猫とか烏とかフクロウとか、使い魔っぽいものが出てくるってことかもしれない。
全然召喚できるとか思ってないけど2割くらいは期待してるし夢を持ったっていいわよね。
もし鳥系だったら高いところの食べ物とか取って来させたり、上空から変な虫の魔物とかがいないか見てもらったり出来るんじゃない?
肩に乗せて連れ歩くのも楽しそうね。
─────と、一頻り妄想してから本に載っている謎のカタカナ呪文を唱えてみたがやっぱり何も反応はない。虚しい。
知ってたわよ?召喚とか出来そうにないって知ってたけどね?
「あ、そうだわ。」
ザッハはまだ帰ってこないだろうし、どうせだったらもうちょっと雰囲気を出してみよう。
時計がないので太陽の位置を気にしながら、この前町で買ってきた蝋燭を魔法陣の周りに並べたり布をマントがわりに羽織ったりと準備する。
仕上げに、窓枠に打ち付けた釘に引っ掛けるだけの簡単なカーテンを閉めると、暗くなった室内を蝋燭が怪しく照らす。
変な宗教の祭壇みたいになってる自分の部屋に満足しつつ杖を構える。
飾り付けに結構時間がかかったけどザッハが帰るまではまだ余裕がある。
私は黒雷を落とす時と同じように杖を構えると1分ぐらいで考えたそれっぽい呪文を唱えた。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め、訴えたり。悪魔よ、我が声に応じ深淵より来たれ!」
ノリノリでやったは良いものの、言い終わると同時になんか恥ずかしくなって、うっかりそのまま黒雷を落としかけた。
部屋が大惨事になるところだった。
よし、満足したわ。ザッハが戻る前に片付けよう。
「成功おめでとう。願いは何かな?」
カーテンを取ろうと窓に体を向けた途端、右側─────魔法陣の方から声がした。
「────え?」
声に振り向くと、そこには魔法陣から半身を乗り出して今にも出てきそうな男───悪魔がいた。