とある中堅騎士の心証
使者として先に見てきた同僚から聞いた魔女の印象は、「何をしてくるか分からない奴」だった。
「よし、気を引き締めていくぞ………!」
「あぁ……!」
同乗しているダートとそんな風に腹をくくり臨んだ魔女護送任務。俺の役目は道中の護衛役兼、監視役兼生け贄だ。
一応、騎士団に協力するという約束を取り付けてはいるが、合流するまでに機嫌を損ねて帰ると言いだしたり最悪暴れたりするかもしれない。敵対行為を確認した場合は即座に捕らえろと言われているが無理だろう。その場合は騎士団が改めて魔女討伐の流れになるはずだ。俺たちの犠牲は大義名分用である。
正直名誉の死なんて御免なので殉職は避けたいところだ。これを乗り越えても邪竜討伐が待っているし、気が重い。
だが、現れた魔女は思っていたものとは違い、儚げなガラス細工のような少女だった。左右に妖しげな男と魔物を従えていなければ深窓の令嬢に見えた。
「魔女様、大丈夫?」
出発から少しして気分が悪そうになり同行者の怪しい亜人に寄り掛かっているが、大丈夫だろうか。とても邪竜討伐作戦に参加するような感じには見えない。
それにしても甲斐甲斐しく世話を焼くこの男、飛行能力のある亜人らしいが羽がない。代わりに尻尾が生えている。討伐には参加しないと聞いたが戦闘力は低いのだろうか。
そう思って眺めていると、突然男が尻尾で壁を叩き出した。
「あぁ、失礼。」
ダートと二人、何をするのか警戒していると尻尾を仕舞いこちらに愛想笑いを寄越す。
壁が欠けている。笑い事ではない。
ダートに目線をやるとあちらも気づいたのか強張った瞳と目が合った。
あの尻尾は殺傷力があるんじゃないか? もう既に持っている情報が正しいのか疑わしい。
罷り間違って戦闘になった場合の勝機がかなり低くなった気がする。騎士として逃げる訳にはいかないが、逃げたい。
ぐったりとした様子で飴を舐めている魔女の方はやはり普通の子供のように見える。
実は普通の少女で、この男が操っていたりしないだろうか。
「目的地までどれくらいかしら。」
そう思って見ていると、訊ねる言葉とともに伏し目がちだった少女が急にこちらを見た。
突き刺すような鋭い瞳はこの世のものではないような、魔力でも込められていそうな瞳だった。やはり普通ではない。
伝承や物語に出てくる直視してはいけないタイプのものでは………。
「宿まではあと5時間程かかるかと………。」
なんとか答えるも、馬車の中は沈黙が続く。
人でも殺しそうな表情をしているが、まさか馬車の中で魔法を使ったりは………しないよな?
「でしたら、仮眠をとらせていただいても?」
「あぁ、はい。到着までご自由に。」
良かった、寝るだけなら平和だ。
胸を撫で下ろしていると、少女は怪しい男に膝枕を要求し眠りについた。
こうして眠る姿を見ているとさっきのような危険そうな感じは無い。むしろ可愛らしい。妹もこのくらいの歳の頃は俺に引っ付いてきて可愛かったなぁ。
男の方も相変わらず妖しいが、途中でやめていいと言われたにも関わらず到着までずっと膝枕を続行しているし、案外いい奴かもしれない。膝枕するまでも照れていた気がするし。
それから宿に到着してからも、少女はお菓子に興味を示したり階段から落ちそうになったりと、怖い面はない。
基本無表情なだけで笑いもする。
討伐当日の今日も、恐らく緊張や馬車の揺れで気分が悪くなったことでまた目が据わっていたし山を登る途中は置いて行かれたが、合流した後は他の騎士とも交流していたようだしいい子だと思う。
思えば魔法が使える、というだけで最初から過剰反応し過ぎていた。どの程度かも見ていないのに怯える道理もない。
事前に聞かされた情報では、熊程度の大型魔物も倒せる雷のような魔法とあったが邪竜に通用するかは分からないし、戦闘経験で言えば我々騎士団の方が上なのだ。
動きも良くはない。むしろ運動が苦手な部類だろう。昨日も階段を踏み外すくらいだし………むしろ我々で守ってあげる必要があるのでは?
団長は危険性があれば排除する可能性があるので戦闘を見ておけと言うが、大丈夫だろう。そもそもまともな戦闘になるかどうかも怪しい。
……まさか、この子が倒せそうだったら可能性の芽を摘む意味で倒したり捕獲したりしないよな? こんな幼気な子に、そんな行為騎士道に反する。
まぁ、ほぼ様子見の為に呼んだと言うし、保険程度の話だろう。
それより邪竜だ。
忘れかけていたが、この子は今から邪竜との戦闘に参加するのだ。本人も団長も正気だろうか。
本当に護衛につかなくて良いのだろうか、魔法だから遠距離攻撃だろうけど、邪竜がどんな攻撃をしてくるか分からない。
なんて考えているうちに、邪竜と会敵した。
「嘘だろ………。」
想像していたよりもデカい。
調査した奴の報告では二階建ての家くらいじゃなかったか? 倍くらいあるように見える……これは調査ミスだろう。
我々の眼前で滞空したヤツによる翼からの風だけで身体がぐらつくようだった。
どうする、勝てるか? そもそも剣が通るのか?
いや、大丈夫、騎士団ほぼ総出で挑むのだ。団長だって付いている。戦う前から怯んでちゃしょうがない。やるんだ、やれる。
俺たちならやれる。
「うぁっ………風が…!」
「距離を取れ! 着地するぞ!」
────そういえば、あの子は怖がってないだろうか。あの巨体が腕を振り回しただけで吹っ飛びそうな………
そう思って見た少女は、獰猛な、捕食者の笑みを浮かべていた。




