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魔女様は攻略しない  作者: mom
第3章 邪竜討伐

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49 敬服する



結論から言おう。

ランチボックスには苺も林檎も入っていた。季節はどうした。


「はい、おしぼり。」


渡されたおしぼりで手を拭きながらランチボックスの中を眺める。

卵、ハム、チキン、3種類のサンドイッチの隣に、きちんと仕切りをして置かれた苺とうさぎの林檎。恐らく手作りであろう、可愛いクマさんピックまで刺さっている。芸が細かい。

これでは使い捨て出来ない。捨てられないものをこんな、遠征先で出すんじゃない。


「いただきます。」


まずはハムから。マヨネーズの量が絶妙でシンプルながら素晴らしい逸品。

家で食べても美味しいけど、普段来ないところで食べるのは余計美味しく感じる。サンドイッチは屋外が一番。


「…ジルのは?」


お次の卵を口に運びながら隣を見る。

そういえば、ランチボックスは一つしかないのに私が独り占めしている。思い切り全部自分の物だと思い込んでいたわ。


「えっ、あっ………何?!」


何だその慌てぶりは。

声を掛ける前からこっちを横目で見ていた気もするし、もしや私がサンドイッチを独占してるのを、自分の分残るかな……と心配して見ていたのだろうか。言ってくれれば良いのに。


「あの、てっきり全部私のだと……ごめんね?」


食いしん坊野郎になっている。恥ずかしい。

ともあれ、サンドイッチは各2個ずつあるのでまだセーフだわ。

膝に乗せていたランチボックスをジルとの間に置き直す。


「あぁ。魔女様のだから、全部食べていいよ。」


なんと、私ので合っていたのか。


「ジルのお弁当がないじゃない。」


「僕は食べなくてもいけるから、今日は作ってないよ。ランチボックス一個しかなかったし。」


うさぎの林檎やらピックやら、手の込んだことする割に自分のことはおざなりね。


「馬鹿ね。せっかく遠足気分なのに勿体無いわよ。」


非日常で食べるから美味しいのに。


「………そう?」


「2個ずつあったし、一緒に食べましょう。」


「じゃあ………」


自分で作ったのに遠慮がちね。

食べながら遠足の醍醐味を享受しよう。


「あっ、魔女ちゃん美味しそうなの食べてるね。手作り?」


ジルに遠足のお弁当の魅力について語ろうとしたところへ、さっきの若い騎士が寄って来た。

まぁ、ジルの手作りだが……この場合は私の手作りかと聞いているのよね?


「えぇ、これは、」


「どれどれ………」


騎士は私の返事の途中で、一個ちょーだい!と言うと同時にチキンのやつを俊敏な動作で掴み、瞬く間に口に放り込んだ。

ひょい、ぱく、のリズムである。


なんだこいつ。


「お! うまい! 魔女ちゃんのお弁当美味しいね!」


さて、私はこういう奴が嫌いである。

その美味しいお弁当を勝手に食っておきながらこの笑顔。正直殺したい。

信じられない。ちょうだいと言ったら貰えるとか思ってるのか?

食べるリズムすら私を苛立たせる。


「あれ、魔女ちゃん………ごめん、ダメだった?」


ショックと怒りで固まっていると、一個ちょーだい野郎が私の前で手を合わせてきた。


「美味しそうだったからつい……ごめんね、この通り!」


それで許されるとでも?

この調子者に悪意が無いのは分かるが、だからと言って許す訳ではない。

他人の食料を奪った奴って、正当防衛…正当反撃しても良いわよね?

密かに練習していた、体に損傷を与えず痛みだけを与える魔法………対人実験の段階に移す時が来たのかもしれない。


《………落ち着きなさい。》


私が杖に手を伸ばす直前、ザッハが私と騎士の間に入った。


「わ、………喋った。」


《ちょっと向こうへ行っててくれ。》


ザッハは驚いている悪辣騎士を追い払うとこちらに向き直る。


《お前は変なところで短気だね。こちらから手を出すのはまずいだろう。》


ごもっともである。


「……ちょっと驚いて…止めてくれてありがとう。」


前世からの嫌いなタイプすぎて平常心を失いかけたわ。

自分のものにちょっかいかけられるとダメなの気を付けないとね。寛容に、寛容に………。


「───と、いうことで遠足では他人のお弁当に手を出してくる不届き者もいるから、それに留意を怠らないことも大事よ。でないと私のようになるわ。」


仕方ないので盗られたチキンのサンドイッチは諦め、涙目でジルに教訓を残す。

いい。次、今度、家の近くでまた擬似遠足をやる。


「あは、まだあるからこっち食べてよ。」


ジルは何が嬉しいのか、にこにこしながらもう一つのチキンサンドイッチを指す。


「……ジルの分でしょ。」


「いいのいいの、こういうのは一緒に食べた方が美味しいものなんでしょ?」


はい、とランチボックスを差し出す。

出来た悪魔だ。騎士より人間が出来ている。

………悪魔が出来ている? まあいいか。


「じゃあお言葉に甘えて。」


「ザッハさんには切ってない林檎持って来たよ。」


《…いただこう。》


3人(?)で美味しくなさそうな乾パンを食べる騎士団を眺めながらお弁当タイムの続きをする。


めちゃくちゃ美味しい。

一度失った、あの喪失感も相まってさらに美味しい。

あと性格が悪いとバレるから言わないが、乾パンに対する優越感も絶妙なスパイス。


「それ気に入ったの?」


「ええ。いつも気に入ってるけど。」


ジルはどの料理も外れがない。

というか当たりまみれで怖い。


「欲しかったら、いつでもいくつでも作るから。」


なんという甘言。


「作って欲しいけど、作り過ぎたら駄目よ。私ある分食べたくなっちゃうから。胃が死ぬわ。」


「じゃあ程々に。」


その後も喋りながらフルーツまで食べ終える。

苺も林檎も美味しかった。

よく考えたら今までも、ゲームの中でも、年中ショートケーキが出てきたくらいだからこの世界でもビニールハウス的な……そういうのがあるのだろう。



「…団長さん帰ってきたね。」


食べ終えて少しすると、騎士団の集団がざわつきだした。騎士団長がようやく戻ってきたようだ。お腹も落ち着いたしタイミングが良いわね。


「邪竜いたのかしら。」


《何か気配は感じるが、よくは分からんな。》


ザッハが珍しくワクワクしている。尻尾がパタパタしてるわ。


「魔女殿、お待たせしました。」


「貴殿が魔女か。」


副団長さんの声の後に聞こえた、ザッハ並に、洋画の主人公みたいな渋い良い声に顔を上げれば、凄く、渋くて格好いいおじさまがいた。


「…………はい。」


なにこの人………凄い。

同じ鎧姿なのに下にいたクソ雑魚騎士とは格が違う。立ってるだけでこの威圧感。

いかにも強者のオーラを纏い、それでいて静か。40代くらいだろうか……高い背丈に強靭そうな体躯、精悍な顔つきに深い碧の瞳。

髭面だが不潔感は無い。


「御足労感謝する。」


獰猛さと静謐さを兼ね備えた、ゲーム……乙女ゲームではなくバトル系のゲームの強キャラにいそうな……いや、いた。こんなんいる。


見ている間にそれだけ言って騎士団長は騎士団の輪に戻って行った。


「あ、挨拶………。」


なんてことだ。見惚れて挨拶してないわ。


「大丈夫ですよ、団長はああいう人なので………。連携は取り辛いかと思いますが。」


いや、元々騎士団の誰とも連携取れるつもりはないわよ? まさか勘違いしてないだろうけど、私傭兵とかではないからね?


「邪竜はゆっくりとこちらへ向かっているようです。魔女殿も準備をお願いします。」


「わかりました。」


副団長さんが立ち去り、騎士団が慌ただしく動き始めている。


「ね、騎士団長かっこいいね。」


「ジルもそう思う? 一緒に記念撮影とかしてほしい感じよね。」


「ファンサービスは行ってなさそうだけどね。」


私の方は、ジルと騎士団長の話で盛り上がりながら大してすることもない準備、装備の最終確認を終えた。


《ようやくお出ましのようだね。》


こちらの準備が整ったところで、見計らったように空が暗くなり大きな影が現れる。

近付いて来た影は構える騎士団の前方、地面から数メートルの高さの地点……そこでブレーキをかけるかのように、空を飛ぶには不釣合いな重そうな身体を支えている翼をばさりとはためかせた。


直後、突風が吹き抜け、前列にいた騎士が堪え切れずよろけるのが見えた。

私も後ろに倒れそうになるものの、すんでの所で隣にいたジルの腕を掴み堪える。ジルを道連れにしかけたが、なんとか踏ん張ってくれたようだ。


「………すごい迫力ね。」


青みがかった暗い銀色の、ザリザリした固そうな皮膚に覆われた巨体は、資料にあった想定よりも大きい。

着地する際に轟音をたて、地面を揺らす。辛うじてその着地点から逃げ延びた騎士がその余波で転倒し、這いつくばりながらこちらへ退避して来る。


「騎士団の人、あれ戦意喪失してないかな? 大丈夫?」


「ここで戦意喪失するなら、どの道戦力にならないんじゃないかしら。」


「そうだね。」


登場から派手にラスボス感を演出した邪竜は、着地して一拍置くと、怪獣映画のように首を捻りながら咆哮した。


凄い、この存在感。現実にドラゴンがいる。

目の前に、確かな質感で存在している。

私の魔法で斬れるだろうか、刃は刺さるのだろうか。脚はしっかりしてて獲れそうにないけど………腕は比較的軽そうだわ。


「ジル、行ってくるわ。」


「行ってらっしゃい、気をつけてね。」


そうして私は、最前列で一人ビクともせずに立っている、騎士団長の隣に並んだ。



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