47 指導する
やっと死の馬車移動から解放され、後遺症に苦しみながらも騎士団本団と合流する。
と、思いきや予想よりも邪竜以外の魔物の数が多いようで、騎士団の大半は既にその処理をしながら瘴気山脈を登っているようだった。
「発生した魔物に阻まれ時間がかかると思われるので、魔女殿は今から登っていただいても十分、邪竜と戦闘になるまでに間に合うでしょう。」
副団長と名乗る人から説明を受ける。
騎士団の人たちはあの重そうな鎧で魔物退治をしてから邪竜と戦うとか大丈夫なのだろうか。
素人が口を出すものではないが、邪竜に勝つ為の作戦とかちゃんと考えてるのかしら。まさか私に丸投げする気でいましたとかないわよね?………ないわよね?
「あの、邪竜から襲ってくることはないんですか?」
「ないとは言えませんが、偵察の際も向こうから来ることはなかったので自分のテリトリーがあるのではと予測しています。」
話を聞くと邪竜は発見当初襲うような素振りを見せたが、以降、山に篭って攻撃は仕掛けてこないようだ。動かない以上待ち伏せも出来ないし、向こうからの襲撃はないという希望的観測に賭けて山を登り拓けた土地に陣取るらしい。
何というか、警備隊は捜査めいたことが苦手だったが騎士団は魔物の対処にはあまり慣れていないようだ。役割間違ってないか?
まぁ、騎士団の方が纏まった戦力になりそうだし、竜みたいなSランクAランク的な魔物は数百年出ていないので仕方ないのかしら。
「では、私もそろそろ追いかけます。」
「……魔法というのは邪竜にも効きそうですか?」
「分かりませんけど、やってみます。」
正直私の黒雷が効かなければ騎士団の装備では倒せそうもないので詰みよね。
ゲームでは邪竜なんて跡形もなかったし平和な国だったから、倒せるはずだけど……
「魔女様、腕前にして。」
山登りの前にジルが装備を整えてくれる。
朝は寝ぼけていて気づかなかったが、今日の服はかなり動きやすい。ジルがオネエさんと共同製作したと言っていたがかなりの良作だわ。
ショートパンツのなんちゃって軍服風なのが厨二心をくすぐる。編み上げブーツに帽子もお揃いという謎の拘りよう、良い。
背面、腰の位置に横一文字にナイフケースを装着し杖を右手に持ったら完成だ。
髪は引っかかったり戦闘の邪魔にならないようお団子に纏めてくれているが、顔のサイドの毛束は出ている。漫画的にビジュアル重視なのだろうか。よく二次元的なデザインでは横の髪が出ているがアレ一緒に結ばないの?引っかからない?と思ったことがあるものの自分が実践するとは。
後ろよりは短いし前世とは違って驚くほどサラサラだから大丈夫か。もし木の枝とかに引っかかっても、するーっと抜けそうだし。
「はい、出来た。」
「ありがとう。じゃあザッハ、宜しくね。」
ザッハの上に跨って取っ手を掴む。
この取っ手もジルとオネエさん作だ。
《騎士にぶつからないようにしなければね。》
目立たないように後から歩いて来るというジルを置いて、ザッハはスイスイと木々を避けながら登っていく。馬車移動より断然快適だ。比べ物にならない。
この調子ならすぐに追いつきそうね。
というか……同伴していた、馬車で一緒だった騎士を引き離して逸れてしまったみたいだけど………目的地は同じだから問題ないわよね。
「わっ、うわぁあ…」
しばらく進んだところで剣で1mちょいくらいのでかいムカデを滅多刺しにしている集団に会った。
鎧をガシャガシャいわせて一心不乱に刺している。何してるのコイツら。
「あの、何かありました?」
任務前に酒かヤバい薬でもキメてきたかのように明らかに錯乱している騎士の集団に声をかける。前世なら確実に目を合わさず速やかにその場を後にすべき現場だが、今世ではジルもザッハも魔法もあるし、まぁいいだろう。一応騎士団で身元はしっかりしてるし。
「ひっ………! 魔物………!」
「誰がよ。」
こちらに剣を向けようとした騎士をザッハが足蹴にする。
「も、森の………精霊……?」
やはりキメて来たらしい。
「今回討伐に参加要請された者です。それは何をなさっているんですか?」
ザッハの前脚で倒れた騎士を踏んだまま訊ねると、残りの騎士たちは魔女か、魔女だ、と本人を目の前に一通りざわついてから答えた。
「いきなりこの大型魔物に襲われまして、迅速に撃退した次第です。」
大型魔物? 迅速に撃退?
「てっきり虫の死体に剣を刺して遊ぶのが最近の騎士団の流行りなのかと思いました。」
「なっ………!」
「魔女め、騎士を侮辱するのか?!」
全くスマートではないザコ騎士が雑魚らしく激昂する。お迎えの騎士はちゃんとしてると思ったけれど、どうやら騎士団もピンキリみたいね。
キレやすい若者なのは結構だが、その魔物の体液の付着した剣をこっちに向けて振り回すのはやめて欲しい。汚いわ。
「それ、もう退治出来てるのでサボる気がないなら油を売らずに先に進んだらいかがですか?」
騎士どもはこの虫の生死がいまいち判別出来ないようだ。まだチラチラと死体を見ている。
「…もしかして、こういった魔物を見るのは慣れてないのかしら。」
ボソボソと、こんなに大きいのは、とか斬っても斬っても動く、と青ざめた顔で呟くのが聞こえる。
こいつらまさかまともに魔物退治したこともないボンボンか? 確かに、魔物は田舎の方がよく出る。王都周辺や都市部で暮らしている貴族であればこのムカデを「大型魔物」と言ったのも頷ける。
それにしても騎士団は教育を放棄し過ぎでは?
魔物の駆除は基本警備隊が担当すると言っても、このムカデにこの取り乱しようは戦闘能力に問題があるわよね。
騎士団は式典用のお飾りではない。
魔物であれ人であれ頭を潰せば大概いけるとは思わないのだろうか。
「ひっ、ま、また出たぞ………!」
突然怯えた声をあげるのでその視線の先へ目を向けると、同じようなムカデ風魔物が10mほど先で頭をもたげていた。
「気付かれたぞ、どうする………?!」
「刺せ、とにかく刺せ!」
丁度いいわ。
私が倒した方が早いけど、出来るだけ体力は節約したいし指示だけしてやってもらおう。
「その魔物は関節が比較的弱いから、頭の下の関節を攻撃して下と分離すれば倒せるわ。」
ボンクラどもは怪訝な顔でこちらを見るが、これは私が実践して得た情報なので間違いない。
このムカデ風は、初め脳天に黒雷で倒していたのだがキモい液体が飛び散るのが嫌で他の倒し方を試したところ、関節を攻撃すれば何も飛び散らず、頭部が離れた時点で退治完了出来るということが判明した。
「魔女の助言など不要だ!」
こいつらは私が形式上でも王サマに依頼されて来たってこと分かってんだろうな?
「さっさとやって。」
煩わせないで欲しいわ。まだ馬車酔いが残っていて気持ち悪いのに……
「く、くそっ……!」
「うぉおぉぉっ!!」
後ろで見張っているとようやく騎士どもが動き始めた。一応、剣の訓練はしているようで指示したところに当てて倒せたようだ。
「やった、倒せたぞ……!」
「すげぇ!!」
盛り上がっているところ悪いが、誰のおかげか分かっているのだろうか。
呆れながら見ているとそれぞれ渋々だったり悔しそうにしつつも礼を述べてきた。まぁ、この無様な醜態と悔しさをバネに、これから精進して欲しい。
「…邪竜討伐は見学することをお勧めするわ。」
上まで辿り着けたらの話だけど。
その後も上に着くまでに、私より足手纏いになりそうな騎士を何人も見た。いかにも騎士になりたてみたいな…よく考えれば、新人を指導員なしで瘴気山脈に放り込むって結構なスパルタでは? さっきは思わず呆れてしまったが彼らは被害者かもしれない。
いくら邪竜討伐に戦力はいくらでも欲しいからって数がいれば良いという訳でもないでしょうに。
ベテランの先輩騎士達は手助けする気もなくさっさと登ってしまい周辺にはいないようなので、主に虫の魔物の駆除の経験だけは豊富な私が仕方なくアシストする羽目になっている。
……私は、外部指導要員として呼ばれたのだっただろうか?
全く、世話の焼ける奴らだわ。
◇
目的地到着から数分後、乗っていた全員を魔物の棲む山へと送り出し無人になった馬車。その座席下の空間から這い出る一つの影があった。
「よいっ、しょっ………!」
小さな影はシート部分を中から押し上げると小さく折り畳まれていた自身の身体が軋むのを疎ましく思いながらもその空間から抜け出した。
「はー、苦しかった。でも魔女様の座席の下なんてラッキーだったなぁ。寝言も聞けたし、無理して来た甲斐があったぞ。」
両親や兄の目を盗んで置き手紙だけして付いて来た少年は、宿屋に到着して騎士が降りた隙に座席下に忍び込むまでは馬車の屋根にしがみついて来たことを思い出す。
「邪竜ってどんなのだろう、きっとお師匠も驚くだろうな~。」
師匠の次回作が壮大な冒険物になるのを予想しながら、少年は帽子を被りなおし馴染んだスケッチセットを片手に足取り軽く歩みだした。




