46 威圧しない
私が起きるといろいろと終わっていた。
「あ、起きた?」
流石に邪竜討伐までは終わっていなかったが、宿に着いて部屋を取り夕食が準備されている程度には行程が終わっていた。
覗き込むジルの向こうにはテーブルに置かれた夕食が見える。まだ温かそうだ。
にしても、この男は何故いつも起きたらタイミングよく覗き込んでいるのだろう。…逆か。私が視線で起きてるのか。
「ちょうどさっき出来たところだよ。騎士団の人が奢ってくれるみたい。食べられそう?」
「……食べるわ。」
さっきは酔っていてとても何か食べられる状態じゃなかったけど、寝て酔いが治まったみたいね。むしろお腹は空いている。
「騎士団のメンバーは?」
夕食に手をつけながら訊ねる。
ジルが作ったごはんじゃないけど旅行感があってこれはこれで一興。やっぱり旅先での食事は良いわね。道中、珍しかったり美味しそうなお菓子なんかがあれば買って帰ろう。
「隣の部屋にいるよ。外で見張りしてるのもいるみたい。」
そう言って扉の向こうを指で示す。
この部屋は私とジル、ザッハでの相部屋のようだ。ザッハは床に伏せて恐らく瞑想している。
「ご苦労なことね。」
別にわざわざ見張らなくても、面倒ごとは起こさないし万が一襲撃者がいてもどうにか出来るのに。
まぁ、向こうもこっちと同じで敵か味方かハッキリする前に相手に怪我させたりしたら問題だものね。今日に限って野盗が出ないとも限らないし。
食べ終わり、食器を返しに行こうと立ち上がると続けてジルも立ち上がった。
「一人で行けるわ。」
「僕が持って行くのに。」
「ついでに騎士団の様子も見たいから。」
じゃあ一緒に行こうと言うジルを阻止する。
既に同乗していた騎士団員には私がジルにおんぶにだっこな様を見られている。これ以上一人じゃ何も出来ないグータラの醜態は見せられない。身内に見せるプライドはそんなに無いが他人に出すプライドくらい持ち合わせている。
「大丈夫? 階段あるよ、落とさない?」
過保護か。
私にドジっ子属性は無い。
「トレイに乗ってるんだから大丈夫よ。ドアだけ開けて。」
「何かあったら呼んでね。」
階段を降りて食器返却して階段を上るだけで何かあったら困るわ。
トレイを両手で持ち部屋から出ると、出てすぐの待合のような空間に騎士が二人座っていた。私の馬車に乗っていた一人と、ザッハの方にいた一人だ。
「どうも。」
「…お加減は大丈夫ですか?」
同乗していた方がおずおずと聞いてくる。
この二人、見張りをするとか言いながらテーブルにお菓子なんぞ広げている。酒やつまみではなくお菓子というところがちょっと可愛いけど。
「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。」
明日も多分酔って迷惑かけるだろうけど……吐きはしないので迷惑って程でもないか。
軽く礼をして階段に向かう。
すると、踏み出した左足の下の地面がなくなった。
「ひゃっ………!?」
トレイで見えなかったが既に階段に差し掛かっていたようで宙を踏み抜きバランスを失った身体はトレイを上に持ち上げたまま前に倒れる。
嘘でしょ?! なんで?! なんで見えてないの?!
この際食器は仕方ない、後で弁償するとして、闇オーラを纏えば落下の衝撃は抑えられるだろう。ただ階段の方がどの程度壊れるか………。コントロールを誤れば階段が死ぬ。迷惑な上に金銭的にも痛いわ。
「………だっ、大丈夫ですか?」
などと考えている間に騎士の一人が私の腕の下に手を回し支えてくれていた。反対の手でトレイも支えている。
闇オーラを出す前で良かった………。間違って騎士の手を攻撃したら洒落にならない。
焦っている時は失敗が多いと言うしね。
「ありがとうございます……」
この騎士がおやつタイムで寛いでる割に機敏で助かった。
正直スナック菓子を食べていてベタベタの手で脇腹を掴まれているのは不快だが、助けてくれた人にそんなことは、言わないと口が裂かれる事態にでもならないと言えない。
もちろん言う気もない。
「持ちますよ。」
そんな心の中では失礼な私にさえ親切な騎士の鑑。サッとトレイを取って階段を降りて行く姿はスマートなジェントルマンである。
さすが騎士団、気品がある。スナック菓子を素手で食べた直後でなければ完璧だった。
「夕食は問題なかったですか?」
「はい、美味しかったです。」
今のところ同行している騎士団は若干怯えているところを除けばみんな凄く感じがいい。
愛想笑いの一つや二つ、体調の良いうちに振り撒いておこう。明日はそんな余裕ないものね。
翌日。
早朝から寝ぼけたまま朝食を食べ寝ぼけたまま支度をして地獄の馬車に乗り込んだ。
地獄行きではない。ここが地獄。
騎士団にとっては目的地の瘴気山脈および邪竜グリーティングスポットが地獄だが私の最大の地獄はここである。最大の戦いが今、はじまる。
「大丈夫ですか、キャラメル食べますか?」
昨日のジェントル騎士が王都に店を構える老舗菓子店のキャラメルを差し出してくる。食べたい。
礼を言って貰うと穏やかな笑みで見られている。もしや私は餌付けされているのか?
「もう一個食べます?」
今から邪竜退治に行くと言うのに悠長な奴ね。
礼を言い受け取ったキャラメルを口に入れる。甘くて美味しい。
「着くまで寝てて大丈夫ですよ。」
必要以上に恐れられるのも困るが、親戚の小さい子供を見るような目で見るのもやめていただきたいわね。