44 悪魔は準備する
終始取って食われやしないかと怯えた態度だった精神の弱そうな騎士団からの使者を帰した後、ミスティアは竜を見たことがあるか聞いてきた。
「聞いたことはあるけど、実物は……」
騎士団が尻込みするような巨大な竜なんて、いたらどこかで見てそうなものだけど。
普段は隠れてたりするのかな。
「ジル、竜の肉ってどの部位が良いかしら?」
すごくご満悦、といった表情だ。
さっき邪竜討伐を快諾した時もこんな顔してたな。
「………食べたいの?」
脅迫まがいの依頼に対して建前でも愛想笑いなんてしないだろうし、変だとは思ったんだよね。
さすが魔女様、邪竜と聞いて恐れよりも食欲が先に来るとは。あわよくば討伐ついでにバーベキュー………でも衛生面は大丈夫だろうか。
変な病原体とか持ってたり………
「ち、違うわよ! 割りに合わないから、その分食材でも貰ってこようと思っただけ。」
あらぬ誤解を受けたかのように言ってるけど、やっぱり食べたいんじゃ………。
「───ジル料理好きでしょ。この前は小麦粉だけだったし、特別な食材なら喜ぶかと…」
「え?」
それはつまり、僕の、………まずい尻尾がうねっている。
「………いらない?」
「え、いる。」
荒ぶる尻尾を鷲掴みにしてズボンの中に押し込めていると不安そうに見てきたので即答しておく。
「そう。状況にも寄るけど、出来るだけ希望の部位を取って来るわ。」
ミスティアは満足そうに再び希望の部位を聞いてきた。
日頃のお礼に、僕にプレゼントしたいらしい。
すごく嬉しいけどロマンチックさは皆無だ。内容も理由も完全にお中元かお歳暮だよね。
「あ……でも内臓は難易度高いし私もムリだから、悪いけど他のところにしてちょうだい。」
でもさっき機嫌が良かったのはモンスターグルメへの期待ではなくて僕へのプレゼントを思いついたからだと思うとやっぱり嬉しい。
「うーん…調理の前例も聞いたことないしな……」
ドラゴンの肉って固そうだけど食べられるんだろうか。背中かお腹の辺りが無難かなと思うけど、捌くどころか料理もしたことないミスティアが切り取って持ってくるなんて出来るのか………。
失敗して無駄に血塗れになる図も想像出来る。
「魔女様、肉切れるの?」
「魔法の切れ味があれば大丈夫よ、きっと……多分………。」
これはイメージだけで具体的な方法は考えてないな。
「騎士団の目もあるし、取れそうならどこでも良いよ。」
「…なによその生温かい目は。」
そもそも騎士団と一緒にドラゴン退治の最中に肉をいただいてこようって考えてるあたり、ミスティアって能天気だよね。
「どこが美味しいかも全然分からないし、調理で工夫してみるからどこでも大丈夫だよ。」
「本当?」
「腕の見せ所。」
右腕でガッツポーズを取る。
「煮込むのもいいし、照り焼きとかレモン、バジル………。」
思いつくまま挙げていくとミスティアの喉が鳴っていた。やっぱり食べたいよね?
ミスティアは消化器官が丈夫だから大丈夫と思うけど、しっかり火は通した方が良いな。
これは案外楽しいイベントになるかもしれない。
それまでに合いそうな調味料を見に行かないと。目ぼしいものをメモしておこう。
翌日、遠足………ではなく邪竜討伐の計画を立てた。
いくら魔法が強力そうとは言っても、実際に見てもいないものに頼るほど騎士団もお気楽お花畑じゃない。邪竜退治は口実で、魔女がどんなものか見ておこうっていう意図を感じるよね。
ついでに邪竜も楽に処理できればラッキーといったところか。
「私が普通の運動に関しては雑魚ということと、魔法は体力消費というのを隠す為にザッハ騎乗スタイルで行こうと思うのだけど、どうかしら。」
ミスティアもその辺は分かっているらしく、騎士団には実力も弱点も見せる気はないらしい。
ほどほどに脅しておいて、「処理しないといけない程危険ではないけど気軽に手出し出来ない程度には強い」ポジションを狙っているようだ。
《構わないよ。お前を乗せて走ればいいのかな。》
「ええ。移動速度も補えるし、見た目も強そうでしょ。」
狼に乗る女の子ってファンタジーでよくあるもんね。
ザッハさんも満更でもなさそうだ。散歩好きだし、実は北の山脈に期待しているのかもしれない。
《今回は普段と違い激しい動きをするから、何か掴まるものがあった方が良いかもしれないね。》
「それなら出発日までに用意しとくよ。」
動きやすい服と、それから防寒具も用意しないとね。準備物リストにメモを追加だ。
ここから北の山脈までの距離と、騎士団から渡された討伐のしおりを見るに日数がかかりそうなので用意するものが結構ある。旅行みたいでこれも一興だけど。
「ジルが作ってくれるの?」
「狼用のは売ってないからね。」
レザークラフトに凝っていた時期もあるので何とかなるかな。
さて。準備については期間内に間に合いそうだし、問題ない。
あとは僕が一緒に行く方向に持っていかないと。騎士団には僕は飛ぶ能力がある魔物か亜人程度に説明しているので付いて行っても戦力にはなれない。もし何かあってもザッハさんが頑張れば騎士団でも竜でも振り切れるだろうけど、心配だし寂しいもんね。
そもそも僕がいないと食事とかどうなるんだろう。よし、その辺を強調してついて行こう。
「じゃあ私とザッハ、ジルで行くということで。」
「え。」
あれこれ考えるまでもなく、既に僕も頭数に入っていた。
「え?」
拍子抜けしている僕を、まさか行かないのかというような目で見てくる。
………もしかして、一緒に行くのが自然みたいになってるのかな。期待するけど。
「うん、それでいこう。」
早速今日から装備を揃えるために町に通わないとね。
《機嫌が良いな。》
夕方、クレイグにも仕立て屋さんにもドラゴンの肉の話を自慢した帰り、家に着く前にザッハさんに出くわした。
ちなみにクレイグには「肉って………嬉しいのか?」と微妙な反応をされた。クレイグには絶対分けてあげない。別にもともとあげる気ないけど。
「今日装備の型紙を考えてきたんだけど、結構良いのが出来そうだよ。」
仕立て屋のオネエさんは特に運動着の方をかなり張り切って考えていた。少しコスプレ志向だったけど。
《浮かれているが、わかっているのか。》
鋭い瞳が夕陽を反射して赤みを帯びる。
《権力者は総じて力を好む。》
「黙って良いようにされる程ミスティアはお人好しじゃないよ。」
昔も、力のある魔術師なんかは国が囲い込んでいることが多かったが、制御出来ない者を手元に置くようなのは大抵自滅した。
「もしそうなったら、こっちの討伐リストに騎士団が増えるだけだ。」
今の家も生活も気に入ってるし、引っ越さないといけないような事は出来ればしたくないけど。
ザッハさんは眉間に皺を寄せ、値踏みするように僕の顔を見た後くるりと踵を返した。
その背中を追いかけて横に並ぶ。
「お父さんは心配性だな〜。」
《誰がお父さんだ。》
からかい気味に近づく僕を尻尾ではたくと、嫌そうな顔をして家に戻って行った。