43 脅迫される
往々にして、こんな辺鄙な山小屋に来る新顔の客人というのは招かれざる客である。
「もし小官が無事帰還しなかった場合、王国騎士団は貴殿を王国に敵対する生物であると見做す。肝に銘じておくように。」
全く招いていない、綺麗な白の鎧を纏ったエリート然とした壮年の騎士は死地にでも赴くかのような表情でそこまで言い切り、言い終えると少しばかり緊張を緩めた。
そんな警告しなくても五体満足で帰すわ。使者を問答無用で攻撃するって、私は蛮族か何かか。いきなりの来客に茶菓子まで出してやったというのに失礼な奴だ。
さてこの騎士。
先ほど私を訪ねて来たのだが、怯えている割に尊大な態度をとり、度々私の自制心にイラつきを与えてくる。
これは煽って殺させて私を災害獣指定しようという王国の罠なのだろうか? と、要らぬ勘ぐりを入れてしまう。
「初対面の人間を生物呼ばわりとは、無礼な騎士が居たものね。」
テーブルの向かいに座る騎士を上目遣いで見据えると、兜の隙間から汗がひと筋流れるのが見えた。
「その兜も邪魔だし、脱いだらどうですか?」
用事を終えて戻って来たジルが通りすがりに騎士の兜に上から手を置くと、ビクリと動いた後慌てて兜を取った。
「し、失礼、失念していた。」
中の短髪に汗の雫が見える。
今兜を外した時にテーブルに汗が散ってやしないだろうか。心配だわ。
「で、では本題に入らせてもらう。」
汗かきの騎士は一つ咳払いをして兜を隣の椅子に置くと懐から書簡を取り出した。
ここからは見えないが、兜内部から汗が伝って落ちた場合あの椅子は汗が染みてもう駄目だろう。死んだ目でジルを見ると、ジルは小声で今度新しくノアに作ってもらおうと言った。
そうね。このテーブルセットも魔法マニアおじいちゃんのもので古いし、そろそろ新調してもいいかもしれない。
「────以上が、国王陛下からのお達しである。」
あれ、話が終わってる。
「ちょっと待って。ごめんなさい、聞いてなかったわ。」
国王陛下って言った?
私としたことが、汗に気を取られてかなり重要な話を聞き逃したようね。
汗かきが怪訝な顔をしている。
「僕も聞いてなかったので、もう一度お願いします。」
ジルは顔の横で人差し指を立てるとニコッと微笑んだ。私も真似して同じポーズでワンモアの催促をしてみる。
「……ではもう一度。貴殿には、王国騎士団から成る邪竜討伐部隊に参加・ご助力願いたい。」
騎士団と聞いて、前世の、一夜の祭りの歌を歌う方の同音異字の集団が大半を占めている現在のハッピーな私の頭の中に、とんだ爆弾発言が飛び込んで来た。
なんて?! ジャリューって邪竜?!
こう、虫の魔物の異名とかじゃなくて?!
「尚、これを拒む場合協力の意思無しとし、邪竜と懇意であるという嫌疑がかかることもあるので悪しからず。」
理不尽of理不尽!!
王権濫用じゃないの?!
「な、何故私が。私は虫の魔物の駆除経験なら豊富ですが。別の業者とお間違えでは?」
驚き過ぎて変なことを口走っているのは分かっている。この世界に竜を駆除するなんて年に一回も仕事の無さそうな業者は無いし冒険者ギルドも無い。虫の駆除業も私が勝手に思っているだけで正式な職業ではない。
「魔女殿への、国王陛下からの、正式な依頼で御座います。」
騎士は私の発言に首を傾げつつも、そう言って読み上げた紙を見せてくる。
サインやら印があるがそんなの知ったこっちゃない。
依頼という名の脅迫である。
要するに邪竜退治手伝わないとお前敵な、ということか。これはイジメでは?
いじめっ子が言いそうな、「アイツの悪口言わねーとお前もイジメっから」的な………。
「お返事の前に邪竜討伐について、詳しくお聞きしても?」
これはどの道OKとしか言えない。
断ったら邪竜のお友達、つまり国が敵に回る。なんで私はヒロインから一抜けたのに平穏スローライフが送れないんだ?
「少し前から北の山脈で魔物が活発化していると報告があり、我々騎士団で調査しておりました。そして先日、敵性竜種との遭遇に至ったのです。」
北の山脈は通称瘴気山脈と言われている。
元々人の手の入らない山奥なんかには比較的魔物が多いが、瘴気山脈はその名の通り瘴気が濃く近寄らないように………とはよく親が子供に聞かせる話だが、山は危ないから近寄るなというのを子供向けに大袈裟に語っていた訳ではないのか。
邪竜って、ほんとにドラゴンの方なのね。
ゲーム間違えてない? 元の乙女ゲームにドラゴンとか出なかったけど。
まぁゲーム開始が約5年後だからシナリオに出るまでもなく退治されてたのか。
………なら私がいなくても解決出来るのでは?
「何もこんな子供を騎士団に混ぜなくても、皆さんで退治出来るのでは? 連携も何も出来ませんし、かえって足手纏いになるかと思いますけど。」
「竜種は未知の生物であり、強力ですので是非魔女殿のお力添えをと。また、国王陛下も騎士団員も魔法を一度拝見したいと申しております。」
それが本音か。
この親にしてあの子ありね。
あの子───国王の息子は、攻略対象の一人、レオナルドだ。強引で自信家、典型的な我儘・俺様・王子様。
おバカ枠の割に、一応王子として受けた英才教育の賜物か無駄に豊富な語彙力から放たれるサムいセリフの温床で、ゲームでは幾度となく私を震え上がらせた。
……それはさておき、ヤツの強引さは父親譲りらしい。
「依頼と仰いますけど、報酬は?」
ズケズケ聞いておく。
依頼とは名ばかりで、協力するか敵になるかみたいな二択を押し付けてくる辺り全く期待はしていないけれど。
そう聞くと時給で言えば最低賃金を下回る感じの額を見せてきた。
命の危険を伴う仕事にこの報酬。
得られるのは国の為に働ける栄誉とドラゴン討伐の名声ってか?
ブラック企業か。
どうせ協力するなら何か自分にメリットや楽しいことが欲しい。
あぁ嫌だわ、ドラゴンなんか倒しても戦闘練習ぐらいにしかならないし、倒すの大変そうだし、素材もどうせ国が持っていく。
「…邪竜を倒した後はどうするんですか?」
「騎士団が適切に処分する予定です。」
そうよね、倒した奴が貰えるとか、皆で山分け…とはならないわよね。
邪竜のデザインは存じ上げないけど、牙でもあればジルへのプレゼントになったのに。加工したら特別な武器とかアクセサリーとかが作れそう。
でも魔女が竜の牙掻っ払っていったら王国的には大事件よね。
もっと目立たない、良い感じのドロップアイテムってないかしら。
「────あ。」
忘れてた。狩った獲物の基本的な使い道。
サイズにもよるけど、戦闘のどさくさに紛れてなら多少頂戴してもバレないんじゃ………?
「ど、どうかされましたか。」
騎士がまた汗をかいている。
「いえ。わかりました、」
ジルは前に欲しいものを聞いた時は小麦粉をリクエストしてきた。料理好きだし、食材ならまず喜んでくれるはず。
それも珍しい竜種の肉ならジルも扱ったことがないんじゃなかろうか。…良いのでは……?!
食材は、貰って困らない。調理の出来ない私は貰っても困るが。
「ご期待に添えるかわかりませんが、微力ながら協力させていただきます。」
にっこり笑って快諾の意を伝えると、ジルは驚いたようにこちらを見やり、騎士は一度硬直してから書類を差し出した。
「では、日時など詳細はこちらに。迎えを寄越しますので。」
言うことだけ言うと、横に置いた兜を抱えてそそくさと立ち上がる。
そして挨拶だけして帰ろうとしたのでその背中に声を掛ける。
「気をつけて帰ってくださいね。くれぐれも、間違っても、途中で事故に巻き込まれないように。」
こいつが無事帰らず、私が始末したと思われたら困るからね。
一応、騎士数名で来ているようだが、万が一そんなことになれば私のお肉計画も人生も全て水の泡である。
騎士を見送って家に戻ってから、横に立つジルに気になることを聞いておく。
「ジル、竜は見たことあるの?」
「え、いや。」
「一度も?」
「聞いたことはあるけど、実物は……」
ジルが見たことないなら相当珍しいわね。
「ジル、竜の肉ってどの部位が良いかしら?」
きっと今まで誰も贈ったことのない、特別な贈り物をあげるわ。
多分、女子力は前世に置いてきてますね。




