とある村人の一日 ベルマーの場合
「よっ、ほっ!」
走りながら勢いを落とさず枯れ木を飛び越えると、軽快な音がして落ち葉が舞った。
「うん、いい感じいい感じ!」
僕の日課である朝の森の走り込みは日々タイムが縮まっている。最近では前より周囲が把握出来ていると感じるし、障害物を避けるのも苦にならなくなってきた。
行きと同じく、飛ぶように走り家に帰れば既に朝食ができていた。
「また走りに行ってたの?」
「うん!」
帽子を置いて椅子に飛び乗る。
母さんが目玉焼きを僕の前に出す。
「いただきまーす!」
エリックさんが卵の開発に力を入れているので、今この村では養鶏が盛んだ。
灯りを当てる時間を調整したり餌を変えたり、担当の人がいろんな実験をしているらしい。
心なしか前より美味しい気がする。
「お前昨日どこ行ってたんだ~?」
朝食を摂っていると後ろから兄のベルクに上から頭をぐりぐりと回すように押された。
「ちょっと探検!」
むっとして答えればベルクは笑って隣に座った。
ベルクは僕の7つ上で14才、この兄も養鶏場の担当だ。
「お前元気だな~。」
「体力勝負だからね。今から鍛えとかないと。……ごちそうさま!」
食べ終わった後の食器を母さんのところに持って行き、それから帽子と鞄を引っ掴んでドアに手を掛けた。
「また出るのか? 兄ちゃんもついてっていい?」
「ダメ、秘密の特訓だから! いってきます!」
目玉焼きを食べながら振り向いて引き止めるベルクに断って外に飛び出す。
再び森に入り、お気に入りの木の上に陣取ると鞄からボードと炭を出した。
この木の上からの眺めが一番だ。座るのにも安定してるし、森がよく見える。
「何かいないかな、………あっ。」
ざっと見渡していると木々の間から鳥が一羽飛び立った。白地に、頭とお腹のところが黒の鳥だ。こちらにお腹を向けている角度が一番綺麗だったのでそこを忘れないうちに手元のボードに挟んだ紙に描きつける。
前はこの辺境の村では紙なんてそうそう手に入らなかったけど、魔女様のことを書き記す為にとエリックさんや大人たちが手配して積極的に購入するようになった。
それでも子供の落書きのためにホイホイ貰えるようなものではないが、僕にはパトロンがいるのだ。
「こんにちは!」
お昼になって、パトロン──ジークさんの家を訪ねる。ジークさんは嬉しそうに僕を迎えてくれた。
「おぉ来たか、弟子よ!」
「来ましたお師匠!」
お師匠は今村で一番アツい物語の書き手で、新作を書けば家の前に行列が出来るほどだが、それ以外の時は家が村の中心から離れた場所にあるということもあり文字通り静かに暮らしている。
「例のものは描けたかね?」
「はい!」
「わしも完成した。早く見せておくれ。」
お師匠は待ちきれないといった様子で僕のボードを受け取る。交代で僕の手には紙の束が渡された。
お互い無言でまじまじと交換したものを見る。
しばらく沈黙が続いた後、読み終わった僕が先に口を開いた。
「お師匠、最高です!」
「ちょっと待ってくれ、閃いたから。」
感想を言おうとしたがお師匠は僕の渡した絵に何か閃いたらしく、メモをするのに必死だった。
────僕、ベルマーとお師匠のジークさんはこうして不定期に交換会をしている。
師匠、弟子と言ってはいるが、これはやってみたいというお師匠のたっての希望で呼び合っているだけで僕とお師匠は分野が違う。
僕は文章は書かない。見たものをそのままスケッチする、ということをしている。
腰が悪くて滅多に家から出られないジークさんに僕の描いた魔女様の写し絵を見せ、代わりに僕はジークさんの新作を一番に読ませてもらうのだ。今日みたいに僕が絵で魔女様の近況を報告するとお師匠が何か次回作を閃くこともある。
村には色鮮やかな綺麗な絵や独特のタッチの絵を描く人もいるが、僕はほぼ実物と同じように描くことを心掛けている。
これは本物の魔女様を滅多に見られないお師匠の為でもあるけど、お師匠と仲良くなる前からの僕のポリシーでもある。
僕の絵に芸術的な要素は要らない。飾るような綺麗な絵は他の人がたくさん描いているので、その時々の実際の、忠実な場面を残そうと思ったのだ。これは記憶と時間の勝負で黒一色、結構大変だがやり甲斐がある。
実は僕のやり方なら、やろうと思えば魔女様の住まいまで行ってお付きの方たちに怒られる前にプライベートの魔女様を目撃・描写してくることも可能なのだがそれはしない。
一応僕の中でのルールだ。村にいらっしゃる時か、魔物退治に赴く時だけに留めている。
「待たせたの、ありがとう。」
筆を置き、お師匠がボードを返してきた。
「この魔女様はいつもと髪型が違って趣深いのう。」
「でしょう! 僕としては魔物退治の時は下ろして風になびくのがカッコイイかなと思うんですけど、これも新鮮で良いですよね。」
「うんうん、そうよのう………。しかしやはり一押しはこれじゃな。こっちの亜人に担がれて楽しそうにしとるのが素晴らしい。種族の違う交流ものも良いかもしれん。」
亜人のノアさんが魔女様を肩に乗せている絵を指差す。
これは滅多に見られない魔女様の柔らかい方の笑顔を収められたので自分でも満足の一作。さすがお師匠、お目が高い。
「お師匠の作品も、いつもながら実話のようで驚きます。今回は魔物をばったばったと倒していくところが爽快でした!」
今回もすごい。やっぱりお師匠は派手に活躍する冒険ものが面白い。
僕も魔女様が本当に大物と戦うことになった時の為に今から訓練をしている。そうなれば付いて行って絵を描くだけでも命懸けである。蜘蛛の魔物くらいなら安全だけど大型の魔物ともなると見学するのも危なそうだ。僕は喧嘩はからきしなので魔物に見つからない、もし見つかっても逃げられるよう訓練をしている。勝手に付いて行って怪我とかしたら迷惑になってしまうし僕の目的も達成できないからだ。
この辺りに熊のヤツより大きな魔物が出たことはないが、その時になってからでは遅いのだ。
「ほっほっほ、そこはわしも書いておって楽しかったぞ。」
「次も楽しみにしてます!」
「うむ。そうだ、わしとしたことがこっちに夢中でお茶も出さずに…」
「僕淹れてきます、座っててください。」
立ち上がろうとするお師匠を手で制し、お茶を淹れる。
「そこの戸棚にファンからの差し入れのお菓子があるぞ。一緒に食べよう。」
「わ、いいんですか!」
お師匠と外を眺めながらのんびりお茶をする。
お師匠との交流は父さん母さん、ベルクにも内緒の僕の密かな楽しみだ。
なぜ秘密かと言うと、秘密の方がなんだか楽しいからだ。同じ理由で写し絵も僕が描いたのは秘密にしている。
噂で感想を知るのも面白い。
「我が弟子は今日も特訓してきたのかい?」
「はい!」
「元気じゃのう…順調かな?」
森の中の移動については順調だ。
「………うーん、気配って消せるんでしょうか。」
「また何か面白いことを考えておるな。」
「訓練して出来るものなんですかね……頑張ったら出来そうな気もするんですけど。」
出来たらすごく便利だけど、そんなこと教えてくれる人いないしなぁ。
「ほっほっ、それは面白そうじゃな。」
しばらく雑談してからお師匠の家を出ると、もう日がだいぶ傾いていた。
「こんな時間だ。ベルク、相手しなかったから拗ねてるかなぁ。」
帰りに村の掲示板に寄る。
周りに誰もいないのを確認してから、お師匠に見せたものの中から数枚掲示板に貼ると、再び家に向かって歩みを進めた。
 




