39 魔狼は反対しない
2章エピローグのようなもの。短めです。
「と、いうことでノアを飼っ………預かってもいいかしら。」
目が覚めた次の日、この娘は私が拾った亜人の男を伴って村から帰って来た。
警備隊に構われると面倒なので、娘が目覚めるのを待たず一足先に帰っていた私は玄関に立つ青年を見て動きを止めた。
温厚そうなその亜人はあれだけ血を流していたにも関わらずもう動いて問題無いようだった。
「家がないらしくって、エリル村の信者たちが村で暮らしていいって言うんだけど………ノアは純粋そうだから悪影響の恐れが……」
聞けば、預かるとは言ってもこの男はここの隣に自分で小屋を建てそこに住む予定で、それも傷が開くと困るので今すぐ着手する訳ではないらしい。しばらく村で静養し、それからの話だが先に許可を得に来たようだ。
確かに立ち寄るだけならともかく、あの村に子供や染まりやすい者が長期滞在すればあの小僧の影響をもろに受けるだろう。
「それに外の人間が来たら、村に亜人がいたら目立つしね。」
ついでのように言い放つ。
まぁ、あの気味の悪い村に亜人までいれば要らぬ警戒をされ、後々面倒が起きそうだ。
仕方ないのだが。
《それと喧嘩しないかね?》
娘を抱えている悪魔をチラリと見やる。
目が合うと奴は瞬いて牙を覗かせて笑った。
「もう和解したから。」
どうやら既に一悶着あったらしい。
これはあの娘から何でも話を聞くとかいう約束をしていたから、既に経緯や素性など全て聞いたのだろう。そこで何かあったのだろうか。
「………で、ダメかしら?」
伺いを立ててはいるが、この娘はやりたいことも嫌なことも簡単には譲らないだろう。
《……構わないよ。》
別に害が無いのであれば、反対する理由もない。
この亜人を拾った時からなんとなく、こうなるような予感はしていたのだ。
「ありがとうございます、宜しくお願いします。」
「じゃあとりあえずご飯にしよう。」
律儀に深く頭を下げる亜人を横目に、悪魔は娘を椅子に座らせると料理の準備を始める。
ここに戻る道すがら、既に食材は調達していたらしい。
《怪我をしたのか。》
椅子に座ってやつの淹れた紅茶を飲みながら少しぶらつかせている足が目につく。
よく見ると体のあちこちに細かな傷や痣ができていた。あの悪魔や私が到着した時既に盗賊に追い回されていたのだから当然とも言えるが。
「まあ……ちょっとだけ無茶はしたわ。」
これは後であの悪魔に詳細を聞く必要があるな。
《無茶の甲斐はあったのか?》
「結果的に、気に入らない盗賊を壊滅させて誘拐の疑いも晴れたから安いものよ。」
子供を助けたとは言わないのだね。
素直に善行したと言えば良いものを。
《あまり心配をかけるんじゃない。》
そう言って外に出る。
小屋から数メートル離れたところでは先ほどの亜人が空を仰いでいた。
「あ………良い天気ですね。」
こちらに気付き振り返る。
呑気なものだ。
《そうだね。》
「空はそんなに見なかった。ずっと、上を向くのは億劫だったから。」
人間というのは動物相手だと悩みや独り言を喋ると言うが、この亜人も私が魔物だから話しやすいのだろうか。
私とて重い話はあまり語られても反応に困るのだが。
「今は頭が、体が軽い。心も、思考も、自由も俺の下にある。」
───感じ、考え、判断する。
《その上で、あの娘の側につくのか。》
「彼女は困難に進んでいく人だから、いつかきっと俺が役に立てると思う。」
その体には暴力的な力を持ちながら、私を見る瞳は穏やかだ。
本当にあの娘は変なものにばかり懐かれるね。
溜息を吐いてその場を離れる。
確かに、男の薄青の髪にも似た快晴であった。