33 発見される
「さっきツノの生えた魔獣が走って行くのを見たんだけど、知ってる?」
空中で膝を組みながら世間話を始めたジルは、その間にも私を拘束する首領に向かってすかさずナイフを投げていた。
耳元で軽快にナイフが刺さる音がして私を掴んでいた手が離れる。
「それ、私が逃したやつだわ。」
とりあえず返事をし終えた頃には、続けて飛んで来たナイフに左肩も捉えられた男が後ろで悲鳴をあげた。
サーカスなんかでありそうな、美女にナイフを投げてギリギリ刺さりませ~ん、の的になった気分で硬直していた私は、どさりと男が転がるのを聞いてようやく後ろを向き、両肩からナイフを生やしてひっくり返っている男を目にする。
「大丈夫、それ麻痺させる薬が塗ってあるだけだから。」
逆光でよく見えないが、ちらりと尖った歯を覗かせて笑っているのが分かる。ジルはすごく機嫌がいい。
「ジル、………ジル。」
「うん、僕だよ。」
ゆっくり降りて来た悪魔の顔に手を添えると、その妖しい美貌が手の中で和らいだ。
「探してくれたの。」
「魔女様が帰ってこないから。」
ジルの言葉はなんだかいつもより柔らかい。ずっと走って疲れたところだからか、昼寝の後のような落ち着いた心地よさがあった。
呆然としたままの私の顔にかかった乱れた髪を整えたジルは、今度は足に視線を移した。
「靴、落としていったもんね。」
傷だらけの私の右足を見て納得したように呟く。
「脱いでる時に襲われたのよ。」
あれが随分前の事に感じる。
半日も経っていないのに。
「シンデレラを探す時は靴を持ってないとダメなんだっけ? 置いてきちゃったんだけど。」
ボロボロになってしまった服をつまみながら茶化す様に言う。確かに、今の私はある意味ではシンデレラの様な格好になっている。泥だらけでボロボロで、靴が片方ない。虐められてる時と魔法が解けた時と場面が混ざってはいるけど。
何にせよ、サイコ兄貴が見たら小躍りして喜びそうな状態ではある。
「私は魔女だし、あなたは悪魔だからそれでいいのよ。」
こんな大変な時に靴を持って来てガラスの靴ごっこでもやられたら無い体力振り絞って殴ってるわ。
「そうだね。悪魔だからこんな事も出来ちゃうし。」
そう言うとジルは私を抱き上げてふわりと浮き上がった。もう歩かなくて良いと思うと途端に力が抜ける。夜風が気持ちいい。
もうなんだかここで寝られるなら他のことはどうでもいい気がしてきた。これが悪魔の誘惑というヤツか。………ただの睡魔かしら。
「これは王子様には無理ね。ジルの完全勝利だわ。」
王子様願望のサイコ兄貴だけでなく、この世界には本物の王子もいたな、と攻略対象の一人を思い出す。……スペックで悪魔に負ける攻略対象達ってどうなの?
「帰ろっか。」
「ちょっと待って、誘拐された子供達も見つけたの。……協力者、なのかしら…亜人が一人追ってるんだけど。」
助かって安心したのか肝心なことを忘れていた。睡魔に襲われてる場合じゃないわ。あっちはまだ安全とは言えないのよね。
角の男は無事に全員助け出せたのだろうか。
「あぁ、それなら大丈夫だと思うよ。」
◇
月明かりの下、迷いなく森を駆け続けた影は血の匂いのする荷馬車の前で止まった。
《………さて、》
ようやく魔力を感知し向かった先では悪魔に先を越され、釈然としない気持ちで木陰から覗いていたところでミスティア本人とは別の方向からも彼女の匂いを嗅ぎ取り、魔狼は仕方なくそちらを追っていた。
来る途中で件の誘拐された子供達と思しき一団の気配は感じた。向こうは無事だろう。
自分が出て行って誘導しても怯えさせるだけだろうし、後で警備隊に知られせば問題ない。先に片付けるべきは、誘拐犯の残党狩り。逃げられる前に今のうちに押さえておこうとわざわざ駆けて来たのだが、辿り着いた場所で見ることになった光景は想像していたものとは違った。
《あの娘の匂いがするのはこれだね。》
既に血の匂いで薄れているが、間違いなくこれはあの娘のマントだ。荷馬車の周囲には拘束された誘拐犯であろう小汚い人間が転がっていたが、死にかけのコレがやったのだろう。
そう考えて魔狼は溜息を吐いた。
《厄介な拾い物だね。》
それから一拍おいて、帰りの荷物の重量を考えて少し憂鬱になりながらも、見下ろした足元のそれを拾った。




