29 説得しない
矛盾点にセルフツッコミしてたらめちゃくちゃ時間かかりました。
揺れている。
何かに合わせて揺れている私の身体は、それにも関わらず安定した感覚に包まれていた。
ゆりかごのようでもあり寝心地がいい。
しかし突如世界が横転した。身を委ねている其れから放り出された私はそれでも目を開けずに横たわる。
寝てる場合ではなかったような気がして、まだ睡魔に半分体を乗っ取られたまま薄っすらと目を開き視線を彷徨わせた先には夜の中飴色に光る、あの心配そうな瞳があった。
直後、瞳の主はその大きな角を振り回して後ろを振り返り立ち上がる。
盗賊が現れた。………そういえば私、脱走に失敗して捕まったわね?
今外にいるけどどういう状況かしら。
「大人しくしてればいいものを………」
「そいつを寄越しな。」
盗賊の一人がそう言って私の方に目を向ける。角の男と盗賊が対峙しているということは、角の男が何かしたのだろうか。
近寄る盗賊をあしらいながら私の方を気にするようにしきりに見る様は逃げろと言っているようにも見える。
どうしようかしら。でも道わからないのよね。
盗賊が現れたのが向こうだから、逆方向に行けばいいのかと考えているとさっきまで木の下でひっくり返っていた盗賊が起き上がるのが見えた。
あれは角の男が倒したやつだったのかしら。派手に転がってたけど全然命に別状無さそうね。
……道理で、私はこの男に苛つく訳だわ。
「やっぱり貴方も甘いみたいね。」
眠って回復した体力を幾らか無駄にして、起き上がり弓を構える男に魔法を落とす。
私の今の装備と実力で、精度も威力も思い通りにしようとするから無理がある。威力調整の方を捨てた魔法は男の片腕を吹き飛ばしたがほぼ狙った通りに命中した。
似ているのに、持っているものが違うから苛つくのよね。
「はぁ………」
全く、私は何でこんなことやってるのかしら。
角の男の援護をして片付けた盗賊たちを眺めてため息を吐くと、角の男がオロオロした様子で寄って来て私の両手を握った。
「は?! なに?!」
反射的に手を引っ込めようとしたが抜けない。
ていうか手デカいわね。体もデカいけど………。180以上、190cmくらいあるか?
「………が…、怪我、は。」
なんかこう、ジャングルの奥地から生還した人みたいな喋り方するわね。イメージだけど。
「怪我? してないわ。」
私ここから一歩も動いてないし何なら盗賊と半径3メートル以内に近付いてもないし。疲れはしたけど。
「大丈夫だから手離してくれる?」
「………あ…」
素直に解放された手は包むものを失くして俄かに震えていた。
うわ……何これ。貧血…じゃないわよね。
じっと手を見ていたら再び伸びてきた大きな手にがっしりと握られた。今度はさっきより力強く、結構驚いた。
手の主を見上げるとそちらも私の手をじっと見ている。止めようとしてくれてるのかしら。
私が子供だから盗賊との戦闘に怯えて震えていると思っているのかもしれない。恥ずかしいわ。
「大丈夫よ、多分そのうち止まるわ。」
角の男は手を離すと、所在無さげに自身の両手を絡み合わせる。
私の方は驚いたせいか震えは止まっていた。
角の男にも両手を見せて止まった報告をしておく。ホッとしたようだけど、顔色が悪いわね。
待てよ…半分寝ぼけている時に、こいつの背中が血まみれになってたのを見た気がする。
「────ちょっと後ろ向いて。」
くるりと半回転させると、背中がえらいことになっていた。
「げっ………なにこれ。」
これでよく人の怪我の心配してたわね?!
「矢を引き抜いたから………」
「…それって適当に抜いたらダメなんじゃないの?」
脳筋か?
いや私もその辺よく知らないけど。
「これ包帯代わりに巻いとけば?」
マントを外して男に渡す。
「でも……」
「いいのよ。ほら。」
今日の事件で既にボロボロだったしね、仕方ないわ。ジルにまた作ってもらおう………
「で、あなたが私を連れ出したの?」
ほぼこいつが寝返ったで確定なんだけど、一応聞いてみると小さく頷いた。
「……君を安全なところに預けたら、他の子供を助けに行く。」
子供………結構な数がいたわね。なんで私だけ連れて来たのかしら。
……私が魔法を使えることがバレたからか。
自分で言うのも何だけど、目玉商品だものね、私。
「その身体で残りの盗賊を倒すのは無茶じゃない? 息も荒いし。」
息が荒いのは私もか。寝たとは言え流石に張り切りすぎた……また追手が来たら対処しきれないわね。魔法数発ならかませるけど。
「まだ動けるし、血が止まれば問題ない。」
寝返って怪我して救出に戻るって…こいつ凄い勢いで死亡フラグ立てていくわね。その血ほんとに止まるの?
気をつけた方がいいわよ、悪い組織の奴が寝返ると大抵そこで退場になるんだから……
「俺が、止められなかったから。」
「何? 責任でも感じてるの?」
ブラック企業とかで良いように使われそうね。
実際ブラックな盗賊稼業で良いように使われてたし。
私だって好きなように出来る力があるのにそうしないコイツには腹が立ったけど、それとはまた話が別で、可能だからって自分の望まないことや不利益になることをやる必要は無いし、やれと言うのは暴論だわ。
例えば、私が武術の達人だったとしても包丁が掠る可能性が少しでもあればコンビニ強盗には立ち向かいたくないし、駿足だったとしても体育祭の種目は2000m走じゃなくて100m走辺りに出たい。
まぁ何が言いたいかというと──口に出してないから言ってないんだけど──助けなかったから自分が悪いなんて考えてたら身が持たないわよね。
もう少し他人のせいにして生きた方が良いわよ。
「俺が臆病者でなければもっと早く、…あの男の子も酷い目に遭わずに済んだ………」
いたわね、リンチに遭ったヤツ。
「あれはあの盗賊にやられたんであって、あなたがやったことじゃないでしょう。」
「攫う時だって俺もその場にいた、運びもした。」
要するに自分が許せない訳ね。この男の中では自分の罪が確定している。
償いがしたいのか……
それなら警備隊と合流するまで待てって言うのも野暮か?
「そんな状態でも行くの?」
半ば呆れながらも尋ねると、男は角と口枷で重たそうな頭を縦にゆっくりと、しかし確実に動かした。
「そう。………悪いけど私は先に一人で逃げさせてもらうわよ。道はこっちで合ってる?」
角の男の贖罪イベントに付き合う程の義理も体力もないし、私は早く帰ろう。
「いや、人里までは俺が…」
「怪我人に鞭打つ趣味はないわ。私も自分だけ助かるのもスッキリしないし、さっさと行って助けてきたら。子供のいる場所は分かってるんでしょう?」
そう言って角の男を送り出そうと、手をしっしっと追い払うように振っていた時。
「その子供達を積んだ馬車なら先に出発させた。」
盗み聞きしたのか話にコメントをしながら盗賊の頭が姿を現した。
ほら、呑気に立ち話なんてしてるから来ちゃったじゃない………。




