23 実演する
結局、警備隊の面々は昨日、念の為に私の家の簡単な調査だけして引き上げた。ミシガルまでは結構かかるようで、森で野営をしてから帰るらしいのだが……その前に私の魔法を確認したいとか抜かしやがった。
その場で軽く雷でもスパークさせとくかと思ったのだが、間の悪いことにエリックのお願いとかいうヤツが噛み合ってしまった。
センター分けのせいですっかり聞き流していたがエリックは私にお願いに来ていた。その内容が、村の近くにお馴染みの蜘蛛の魔物の巣を発見したので駆除して欲しいというものだ。
それを聞いたランドルフさんが、どうせなら魔物を攻撃するところが見たいなんて言いやがり、警備隊を引き連れて行くことになった。
ザッハのことは今のところ警備隊には秘密にしてるし、ジルが飛ぶことはエリックに言ってないので二人は留守番。
もう誰に何が秘密か分かれているのがすごくめんどくさい。そのうち全部リバースしても良いかもしれない。
「辛くないですか?」
「はい、お気遣いなく。」
だってそのせいで私は今警備隊の馬に乗せられてエリル村まで移動している。
私の移動手段が揃って留守番なので、警備隊のお兄さんが乗せてくれた。鍛えた身体に精悍な顔つきの、戦士っぽいカッコイイお兄さんである。漫画やゲームなんかで見る分には素敵な絵面のシチュエーション。
しかし辛くないというのは嘘。気を遣って「気を遣うな」と言っているだけである。
正直馬に乗るのもお尻が痛いが、それより何より汗臭い。昨日野営してたと思うと、その服汚くない?汗染みてない?とか考えてしまう私は失礼かもしれない。でも嫌なものは嫌。
ジルが用意してくれたマントが無ければ今頃死んでいた。マントを隔てず密着するのはハードルが高い。
「着きましたよ。」
そんな私の失礼な文句は知らないお兄さんは、村に着くと爽やかな笑顔で教えてくれた。
「ありがとうございました。」
私もここで本音を漏らさず笑顔でお礼を言える程度には性根が腐っていない。
この笑顔が汗臭からの解放に対するものだということは言わなければ分からないものね。
村に着くとエリックが出迎えた。
エリックの案内に従って魔物の巣穴に向かうのだが────人数多くない?
「エリック、村人が全員いるような気がするのだけど。」
「はい、皆魔女様の勇姿を目に焼き付けたいと楽しみにしております!」
嘘だろ…
「こんなにゾロゾロ付いて来て、うっかり魔物にやられて怪我しても知らないわよ。」
「安心してください、村の人は俺たち警備隊が守りますよ。」
うわ~頼りになる~。
そこは、危ないから村に戻ってと注意してほしかったわ。
「なぁミスティア、村の奴ら全員お前のこと拝んでるけど。なにこれ?」
「ここの村は変わってるから。」
この変になった村人は警備隊には見せたくなかったわ。
しばらくすると現場に到着した。
「ここです。昨日の夜も村に数匹来て、二匹撃退しましたが…」
「わかったわ。穴から誘き出すから場所を空けて。」
すっかり駆除業が板についてきたわ。
「はい、全員下がって。静かに、押さないで。」
エリックがイベントスタッフの如く、村人と警備隊を巣穴と私を取り囲むように半円形に整列させていく。目を輝かせた村人が最前列を確保する様には警備隊もタジタジ。
やっぱりギャラリー多過ぎない?こう大勢にあちこちから見られると恥ずかしいしやりづらいわ。
「それじゃあ始めるけど、魔物が散るから騒がないでね。」
警備隊の人達はその辺心得ているようだけど、村人はイベント感覚で見てるから注意しないとね。
さて、今から魔法の実演販売……違った、実演イベントが始まる訳だけど。
この場合、私の魔法が凄すぎると脅威と見なされそうで困るし、ショボすぎると目撃証言やエリックの魔女様伝説(苦笑)と食い違い嘘くさい。
穏やかに過ごす為にはナメられても困るし怯えられ過ぎても困るのだ。弱そうな奴は個人にちょっかいかけられるし強過ぎる奴は皆で寄ってたかって潰されるのが人間社会。怖いわ~。
「出てきたら攻撃しますね。」
この魔物は巣穴の前で魔法を使うと反応して出てきたけど、今回は周りがザワつき過ぎていて警戒しているかも…と思い様子を見ていたが思ったより早く穴から出てきた。
それを見て杖を構えると、ギャラリーの視線が集中する。
これ、ある意味公開処刑じゃない?
蜘蛛に魔法がヒットする度に小さく歓声が上がるし警備隊がざわめく。
警備隊の印象も気になるけどそっちを気にかける暇もなく蜘蛛がちろちろと順番に這い出てくるので、それを順番に魔法で攻撃していく。可哀想な気がしつつも容赦なく叩いていく作業は前世のモグラ叩きを思い出すわ。
これをやってるとついつい白熱してしまうから気をつけないと。警備隊に私の凶悪な顔を見られたらヤバい。穏やかな表情を作らないと。……いや、穏やかに魔物退治するのも余計不気味だわ。無表情が一番。
「お疲れ様です!」
全て倒し終わるとエリックが水を持ってきた。
マネージャーか。
「本当に魔法使えるんだな……」
「見ての通りよ。」
クレイグはまだ信じられないという顔をしている。警備隊のメンバーも何やら話しながら倒した蜘蛛をまじまじと観察していた。
「お前、でもそれヤバいんじゃ…」
「そうだな。国の監視が付くかもしれん。」
ランドルフさんが深刻そうに言う。
あちゃー…
「やっぱり警戒されるかしら。」
まさか始末されるとかは無いわよね?
「儂もクレイグ同様、君は危険因子ではないと考えている。不自由のないよう努力する。」
「宜しくお願いします。」
ランドルフさんが味方っぽくて良かった。
これ以上私の怪しい要素は増やさないようにしないと。
「魔女様、この魔物はどうなさいますか?」
警備隊と真面目な話をしていると、私に水を渡した後魔物退治跡の野次馬の方に行っていたエリックが、とたとた…と寄って来た。
「それは要らないから適当に処理してくれる?」
燃やすなり何なり。
「あ、それでは…戴いてもよろしいでしょうか?」
「え?いいけど…」
この魔物素材とか何かに使えたっけ?
「ありがとうございます!」
直後、エリル村の人々による魔物の死骸争奪戦が勃発した。村人が一斉に死骸に飛びかかる。エリックは小さい体でいち早く一匹確保、割と気持ち悪い蜘蛛の魔物を大事そうに抱きかかえている。……何が起こった?
魔女様の魔法を受けた縁起物だとか、寝室に飾るだとか私の不安を煽る発言が聞こえる。
やっぱりこの村はヤバい。
警備隊を早く帰そう。
「あの、私は一旦村に戻りますね。」
さっき魔物の返り血?返り体液?を浴びた右足も一刻も早く洗いたいことだし。
という訳で警備隊の皆さんもお帰りください。
「気がつかずすみません、何か拭くものでしたら私が取って参ります!」
エリックが私の足に気づいて走り出そうとするので引き止める。
「大丈夫よ、自分で行くわ。洗いたいし。」
「それでしたら集会所の水をお使いください。お供します。」
「場所は分かるし一人で行けるわ。あなたはそこの村人達を落ち着かせておいて。」
「わかりました。」
縁起物を手に入れた者と手に入れ損ねた者との間で諍いが起こっている。ゴミを取り合って殴り合いにでもなったら洒落にならない。
「じゃあ俺が送ろうか?」
「いいわ、すぐそこだし。」
クレイグの申し出ももちろん断る。警備隊に村の中まで来られたら邪教の村だとバレてしまう。もう半分バレている気もするけど。
「では儂らはミシガルに戻るとするか。また連絡させてもらうと思うが。」
「基本家にいると思うけど…居なかったらメモでも置いておいてください。」
そのまま警備隊を見送って村へ戻る。
一人になると落ち着くわ。大勢に囲まれるの苦手なのよね、疲れた…。
「水ってこれね。」
右足だけ裸足になって汚れたところに水をぶっかける。これネトネトして気持ち悪いのよね。
水で落ちるから良いけど。
「……ん?」
不快感から解放され満足しつつ足を拭いていると、人の気配とともに手元が影になった。
背後に誰かいる、気がついて振り向いた時には既に後ろから伸びてきた腕が私を捉えていた。
「はぁ?!─────ん、っ?!」
そのまま口を塞がれ抱えられた私は途轍もない眠気に襲われた。寝るのはマズい。きっとすぐには起きられない。
警備隊に聞いていたのに、魔女という単語に気を取られすぎた私はすっかり忘れていた。魔女は私だが、誘拐犯は別にいるのだということを。




