21 眩惑する
「もう忘れたのか?」
警備隊の一人が呆れながら雨避けに被っていたフードを取ると、見覚えのある茶色い短髪が現れた。
「あ、その髪…クレイグ?」
そういえば警備隊になるとか言ってたわね。
「顔で思い出してくれよ。」
「ごめんなさい、よく居る顔だったから。」
「酷いな?!」
久しぶりにクレイグをからかっていると、もう一人の警備隊…前髪センター分けの人が話を遮った。
「…おいクレイグ、知り合いなのか?」
「あ、すみません。こいつはミスティアっていって……友達?」
「顔馴染みです。」
「お前なぁ…」
文句ありげに顔を歪めるクレイグを他所に、センター分けは身を乗り出して家の中を見回していた。ジロジロと失礼な奴ね。
「何かありましたか?」
そこへジル登場。
尻尾は上手いこと収まったようね。耳も気持ち髪の毛で隠している。
「失礼、貴方はこの家の住人ですか?」
「はい、妹と二人暮らしです。」
なるほどそういう設定ね。
「妹ォ? 全然似てねーけど。」
クレイグめ、要らんことを…
「兄です。」
「妹です。」
ジルと私でニコニコしていたら、警備隊の二人は渋々追求をやめた。
こんなに怪しいんだから警備隊的にはもっと突っ込んだ方が良くない? 大丈夫?
こちらとしては大歓迎だけど。
「ところで本題なのだが、少し時間を頂いてよろしいか?」
任意の取り調べってヤツね。
これ断れないヤツよね…
「えぇ、立ち話も何ですから、中へどうぞ。」
ジルが二人をテーブルに誘導する。
イスが4脚あって良かったわ。初め見たときは魔法マニアおじいちゃん一人暮らしなのにこんなに要らんだろと思ったけど、やはりおじいちゃんは偉大。
「ジル、カップ足りる?」
お茶を淹れているジルに声を掛けると、奴はニヤニヤしながら振り返った。
「え~、いつもみたいにお兄ちゃんって呼んでくれないの~?」
「はいはい、お兄ちゃん。」
満足か?
「どうぞ、粗茶ですが。」
お茶を出すジルの尻尾がスラックスの中で機嫌良さそうに蠢いている。危ない、それ危ない!
そのまま後ろ向いたらセンター分けとクレイグに見える!!
「では、お話を伺いましょうか。」
私が「兄はズボンの中に蛇を飼っているんです」という無茶が過ぎる言い訳を考えている間に、お茶を出し終わったジルは椅子に座った。
「はい。単刀直入に伺います。私達はこの辺りに魔女が住んでいると聞いて来ました。…お心当たりは?」
……………ん?!
「あ、あの、居住調査ではなく…?」
ある!!心当たり凄くある!!
WA・TA・SHI!!!
WHAT A SHIT!!!
「ええ、失礼ですが貴女は目撃情報の特徴と一致している。魔法を使えるのではありませんか?」
私が心の中で荒ぶっているのをよそに、センター分けはズケズケ突っ込んでくる。
「ま、まさか。魔法なんて使えるわけないでしょう。」
またしても何か見られてたようね…
不用意に飛ぶのは控えよう。でも飛ぶの楽しいのよね。困ったわ。
「そうですよ、妹は魔法使いごっこはしますが流石に本物では…」
「ちょっとジル!!」
な、なんてことを…!
「へー、ミスティアって魔法使いごっことかするんだ。」
「しないわ。」
クレイグがニヤけている。
正確にはごっこではないから嘘ではないわよ。
「ところで、何故魔女なんて突飛な話が?」
ジルが気になるところを尋ねると、センター分けは少し迷って口を開いた。
「最近子供の行方不明事件が増えまして、目撃情報から魔女が関連しているのではと調査に乗り出した次第です。」
は?!
私が子供を攫ったってか?!
「魔女が攫った、と…?」
「そうそう。魔女なら子供を攫って食ったりするかもしれねーだろ。」
なんでどいつもこいつも私をカニバリストにしたがるんだ?!!
「そんな非現実的な。クレイグこそ勇者ごっこでもやってたクチじゃないの?」
「今はしてねーわ!」
してたんだ(笑)
「確かに魔女については私どもも半信半疑ですが、可能性がある以上無視は出来ないのです。本当に存在するなら魔法使いというのはかなりの脅威ですから……知能がある分魔物よりも格段に恐ろしい。」
クレイグにお返しとばかりに嘲笑スマイルを向けているとセンター分けが聞き捨てならないことを言い出した。
警備隊の奴ら行方不明事件で魔女探しとか、メルヘン脳やめて真面目に捜査しなさいよね、とバカにしてる場合ではない。
ゲームでは唯一の魔法行使者(光)=聖女だったのが、魔法行使者(闇)になった影響か災害獣扱いされている…扱い違くない?
優しく可憐な聖女様とか言われてたのと見た目は同じはずなんだけど。いや、同じではないわ。目つきが格段に悪い。ゲームのヒロインみたいな言動も全然してない。あんな聖女な振る舞いしたら蕁麻疹出る自信ある。
………そりゃ見た目以上に中身がこれだけ違うんだから扱いが違うのも当然よね。一番は魔法の禍々しさのせいだと思うけど。
というか、知能がある分魔物より……って言うけど、知能がある魔物も今そこに居るんだけど。同じ部屋で犬のフリしてるんだけど。
センター分けの目の前には人語を話す悪魔が座ってるし。
私が本当に誘拐犯だったらこいつら今頃ミンチじゃない? 気をつけた方がいいわよ。忠告はしないけど。
「そんなものがこの近くにいるとしたら怖いですね。気をつけないと。」
「そうですね、妹さんぐらいの歳の子も拐われていますし、用心した方が良いでしょう。」
「はい、教えていただいて助かりました。」
魔女についてしらばっくれまくりなジルに流されたのか、センター分けは私のことを心配してくれている。よしよし、このままお引き取り頂こうか。
無事話が終わりそうな雰囲気に入ったその時、扉が開いた。
「魔女様、失礼致します!」
「…………魔女様?」
勝手に入って来た信者の失言にセンター分けとクレイグは怪訝な顔をしている。
「あれ、ご来客でしたか?」
人生って本当にままならないわ。