20 若者は困惑する
「クレイグ、ちょっと来い。」
ミシガルに来て約4ヶ月、警備隊に合格した俺は地方巡回・魔物討伐を主に担当する三番隊のランドルフ隊長の下で研修をしていた。
「はい。」
ランドルフ隊長は50代半ば、経験も実力もある豪傑だ。俺の剣の腕を買って、自分が鍛えたいと言って三番隊に引き入れてくれた。
三番隊は実力主義で体力の有り余った元気な先輩ばかりなので楽しく過ごしている。
「最近、行方不明騒ぎが起こっているのは知っているな。」
「はい、ひと月程前からですよね。」
王都から離れた町や村で、子供が居なくなったという報告が相次いだ。
同一犯による誘拐の可能性が高く、警備隊でも捜索や巡回、犯人について目撃情報を集めてはいるが未だ有力な手掛かりは掴めていない。
「気になる情報が入ってな。今日はその調査に向かおうと思っておる。」
「気になる情報、ですか。」
「あぁ。魔女だ。」
「魔女?」
魔女というと、昔話なんかに出てくる魔法使いやらその類の。
まさか戦闘大好き人間のランドルフ隊長から、そんな絵本に出てくるような言葉が出るとは思わなかった俺は面食らった。
「正確には、飛行する何かなんだが…それが魔法のようなものを使ったというんだ。」
魔法?!
「魔法って、昔話のアレですよね。魔法使いは絶滅したんじゃ……」
「儂も自分の目で見たわけではないから信じられん。ただ本当に魔女がいたなら子供を攫うことも可能だろう。それに危険な存在であれば野放しには出来ん、実在の可能性がある以上確認せねばならん。」
「…ちょっと待ってください、飛行する何かって言いましたよね。新手の魔物とか亜人種ではないんですか? 」
魔女、と隊長は言った。
そもそも伝承でも女性の魔法使い、魔女の話は少ない。それが何故「飛行して魔法を行使する何か」イコール魔女になるのか。
「少女の姿を見たと言うのだよ。」
「何でも、魔物か魔人かと楽しそうに談笑しながら森に向かって攻撃していたとか。」
横からマークス先輩が話に合流した。
え、何それ怖っわ!!
楽しそうに攻撃とか、殺人鬼じゃねーか!
絶対会いたくねー。
今まで遭遇しなくて良かった。
「魔女は魔物と結託しているってことですか?」
「そうなるな。魔物は強い個体もいる上、魔法に関しては全くの未知だ。間違いなく脅威になるだろう。」
「魔法に対抗する手段が無いからのう。剣で斬ってみるか?」
「試すのはいいですけど命は大事にしてくださいね。」
先輩が楽しそうな隊長を諌める。
ランドルフ隊長なら本当に気合いで魔法を斬りそうではあるけど。
「厄介ですね…そんなに魔物とか魔女とかホイホイいるもんなんですか?」
「森には魔物が出やすいからな。魔女に関しては噂や偽物ですら見たことがないな。」
そりゃそうか。
「それで、今から目撃情報のあった森へ向かうんだが…いい機会だ、お前も一緒に来ないかと思ってな。」
「えぇ…いきなりハードル高くないですか?」
見習いとして巡回に出たことはあるけど、魔女の調査って……ここ何百年で一番危険な任務じゃねーの?
そりゃ滅多にない分、興味はあるけどさ。
「隊長も、お前が危険度を気にするような男なら誘ってない。」
「いや行きますけど。」
「それでこそ我が弟子!!」
ちなみに血気盛んな三番隊のメンバーは、他に巡回の仕事がある奴以外は全員張り切って参加するらしい。
「で、どの辺りなんですか?」
魔女が跋扈してるって、相当治安が悪い地域か何かか?
「ここだ。」
マークス先輩が指の節でコツコツと地図の中の森を叩いた。
俺の町の方角じゃねーか………
「全員、止まれ。」
馬でミシガルから4時間ほど行ったところで、隊長が止まった。
「既に指示した二人一組で探索に当たれ。怪しい者や場所を発見次第、狼煙を上げろ。」
俺はマークス先輩と組むことになっている。
マークス先輩はメガネだが頭脳派ではない。剣の腕は確かなのだが、正直俺と先輩で大丈夫か不安だ。
でもよく考えたら三番隊に頭脳派なんてものは存在していないので妥当な組み合わせである。
「本当に魔女であれば、魔法がどの程度のものかわからん以上無茶はするな。心して掛かるように!」
訓練の時のように威勢良く返事をしかけたが、今は大声を出すのはマズいと気づき頷くだけに留めた。俺と同じようにすんでの所で口を塞いでいる者が何名かいた。大丈夫か三番隊。
「では俺達はこっちから攻めるか。」
「はい。」
探索開始の合図の後、他の面子がバラけたのを見送ってマークス先輩が動いた。
進み出したところで、空が薄暗くなり雨が降ってきた。
「げ、タイミング悪いですね。」
「そうだな、すぐ止むだろうが。」
空を見上げながらフードを被り、また歩を進める。
しばらくすると小屋を発見した。
「………山小屋か?」
「みたいですね。誰か住んでますよ。」
窓から覗くカーテン、漏れる灯り、そして外の物干し竿。
こんな山の中で、一軒だけ……隠居か?
それとも────、
「気を引き締めろ、クレイグ。」
魔女の家。
その可能性だけで、額を汗とも雨垂れとも区別のつかないものが滑り落ちた。
しとしとと降る雨のせいで余計に不気味に感じられるその小屋は、いかにも絵本に出てくる魔女の棲家という様相を呈していた。
「警備隊だ、少し話を伺いたい。」
マークス先輩は小屋のドアをノックして告げると、中の様子を静かに窺う。
もしかしたらいきなり攻撃されるかもしれない。その場合俺と先輩で倒せるのだろうか? 先にランドルフ隊長を呼ぶべきではなかっただろうか。しかし小屋の主に呼び掛けてしまった以上もう遅い。いや、魔女ではなく普通の木こりか何かが出てくる可能性もある。そう、俺達は魔女という言葉に動揺するあまり山奥の小屋というものを意味深に捉えすぎているのかもしれない。雨のせいもあって不気味だが、よく見れば普通の小屋なのだ。
俺は小屋の主に早く出てきて欲しいような、出てきて欲しくないような不安と期待の混ざった気持ちで待っていた。
そんな俺の緊張を知ってか知らずか、扉の向こうからは何の反応もない。
いや、正確には何かいる気配はするのだが。
「居るのは分かっている、開けなさい。」
先輩が強張った喉から絞り出したような声で告げた。この人も緊張しているのだと感じ、俺は幾らか冷静になった。
「ちょ、ちょっと待ってください。」
今度は中から若い女の声がした。
普通の返事にホッとすると共に、魔女は少女だったというのを思い返して警戒する。
「お待たせしました、何でしょう?」
一瞬の静寂の後開かれた扉の中から覗いたのは、見たことのある鋭い目つきの少女だった。
「………ミスティア?」
突然現れた知人に驚きを隠せない俺の呟きに、小屋の奥にいた赤目の男の双眸がジロリとこちらを見ていた。