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夏が終わり、気温も下がってきた今日この頃。
ジルがめちゃくちゃひっついてくる。
「魔女様~何読んでるの~?」
椅子に座って本を読んでいる私の首に巻きついて、背後から一緒に本を覗く。
気温が下がったといえど暑い。そして邪魔。
「近寄らないで、暑い。」
最近気付いたのだが、ジルは私が見てない時は犬のように寄ってくるがこちらからアクションを起こすと逃げるか固まる習性がある。
私はこれをだるまさんがころんだ現象と呼んでいる。
要するに、
「ジル。」
私が振り向くとジルは離れるということだ。
「…………なに?」
やっぱり身体を離して一歩退がった。
なんだこいつ、シャイなのか? 見つめ合うとお喋りできない系男子か?
「もうすぐ読み終わるから、待ってて。」
「ハーイ。」
ツッコんだものの実際そんなことはない。
ジルは結構喋るし話しやすい。
じっと見ると挙動不審に目を逸らすのは小物臭いが、悪魔だけあって実力はありそうなので問題ない。睨めっこ的には最弱だけど。
というか、私大して対価とか何とか無しでいろいろやらせてるけど…そこのところ大丈夫なのかしら。散々使っといて言うのもアレだけど。
「ジル、毎日ご飯作るのめんどくさくない?」
「いや、別に。どうしたの?」
「洗い物とか私もやった方が良いわよね。」
任せっきりは良くないわ。
召喚してからというもの甘えまくっている。タダより怖いものは無いと言うし。
「別にいいよ。魔女様危なっかしいし。」
「えっ。」
「食器割りそうだし、僕がやった方が早いし。」
「ぐっ………!」
ダメ夫みたいなことを言われている…!
「いいのいいの、料理は趣味だし、実食係してくれれば。食材は調達してくれてるし。」
確かに魔物狩りやエリル村で食材は調達してるけど……リーマンの4分の1も働いてないわよ。
「さてはあなた、私を堕落させる気ね…!」
「ふふふ、バレてしまっては仕方がない……堕天して我が軍門に降るがいい!」
「あ、抗えない…誘惑……!」
《何をしてるんだお前たち。》
げっ!!ザッハ!!
「な、なんでもないわ…」
レディの部屋にノックもなしに入ってくるなんて!普段ノックなんて求めてないけど!
「魔女様声が震えてる。」
「うるさい。」
ザッハが居る時は気をつけよう。
《雨が降りそうだ、洗濯物を取り込んだ方がいいのではないかね。》
あ、それを教えに来てくれたのね。
「そうするわ。」
「早く取り込もう。」
私が動く前にジルがさっさと出て行った。
ついて行くも、奴があまりに手際よく取り込んでいくので私は立ってるだけで終わった。
コイツほんとに私をダメ人間にする気じゃないでしょうね…
「はい、これ直していって。」
畳むのも素早い、綺麗。
対する私はお手伝いをする幼稚園児のような扱いを受けている。悪魔に家事能力で大幅に劣る女とは一体。
というか、コイツはこれでいいのか。当たり前のように主夫やってるけど。初めは村滅ぼすとか言ってなかった?
「濡れなくて良かったね。」
蠱惑的な笑みでこの発言。
違和感しかないわ。例えるならマリーアントワネットがサバの味噌煮定食を食べてるような違和感。
最初に質問に何でも答えるとかいう約束もしたけど、質問ほとんどしてこないし。
何も求めないけど不満とかないのかしら。
「ジル。」
おいでおいでと手で呼び寄せる。
「え、何?」
なんとなく甘やかしてやる気になったので、足元に屈ませて両手でわしゃわしゃと頭を撫でてやる。
あら真っ赤になった。可愛い。
「魔女様、僕のこと犬か何かと思ってない?」
それ前にザッハにも似たようなこと言われたわね。
「でもジル犬っぽいじゃない。」
尻尾動いてるし。
悪魔なんて危険生物を撫でる日が来るとはね。
「も、もういいでしょ…」
普段余裕ありそうな笑みを浮かべているジルが複雑な顔をしているのが面白くて撫で続けていたら、撫でる腕を掴まれた。
「もっと撫でたかったのに。」
「すごい悪い顔してるよ。」
確かに私は意地悪な笑顔になっている。
自覚はある。
「悪魔的にはアリ寄りのアリだけど。」
「それってどうなの。」
「kawaiiってこと。」
「感性が狂ってるわね。」
褒められてる気がしないわ。
………それはさて置き。
「何か欲しいものある?」
「え、小麦粉……」
違う!!
「そういう系じゃなくて。服とかアクセサリーとか……あんまり高いのはダメだけど。」
ん? 妻の機嫌をとる夫みたいな発言してるわね、私?
「ま、まぁ考えておいて。」
私の女子力を早急に探さないといけないわ。
キョトンとしているジルを置いて、出しっ放しの本を片付けていると、外から蹄の音がした。
「騒がしいわね。」
この辺馬が通ることなんてないのに。
「ちょっと見てくる。」
ジルが玄関に向かったところで、外からノックと共に声が掛けられた。
「警備隊だ、少し話を伺いたい。」
警備隊?!……えっ、なんで警備隊?
もしかして勝手に住んでるから不法居住者と思われてる? ザッハは良いって言ってたけど…法的にはやはりマズイのかもしれない。
「ど、どうしよう。」
ジルを見る。………尻尾!!!
ザッハも…や、やばい! 寝室に隠───ダメだわ、不法居住の調査だったら家の中を見られるかも、隠してるのが見つかったら余計怪しいわ! 布を掛けたら大型犬に見えなくもない…か?
「ジル、尻尾しまって。ザッハに布掛けて。」
指示を出して玄関に向き直る。
「居るのは分かっている、開けなさい。」
まずいまずい、催促が来た…
「ちょ、ちょっと待ってください。」
いや、実は開けたら警備隊を装った強盗という可能性もあるのでは? でも警備隊に警察手帳的なものなんか存在しないし確認のしようがないわ。
まぁ、杞憂よね。こんな木のドアもし強盗ならぶち破るだろうし。
「お待たせしました、何でしょう?」
ジルがザッハに布を掛けたのを確認してドアを開けると、警備隊の制服を着た男が二人立っていた。
一人が私を見て呟いた。
「………ミスティア?」
─────誰だ?
◇
暗闇の中でそこだけ明るい場所。火を囲んだ男達は、自分達の今日の仕事に満足し酒を呷っていた。
「ここらが潮時だな。」
無精髭の男が追加の酒を開けながら告げた。
思ったより収穫があり、機嫌良さそうに髭をさする。
「最後に一仕事して帰るか。」
火を囲む男達は威勢良く返事をした後、談笑を続ける。
「俺の本命はなかなか見つからねぇなぁ。」
「お前はまたそれか。あれはお伽話だぜ。」
「すごく別嬪だと言うじゃねぇか。もし居たら俺は買うぜ!」
「無理無理、居てもお前の持ち金じゃあ無理だよ。」
まだ見ぬ未知の存在に夢を描く者、
「しかし、希少種がこれだけとは。この国でも見つからねぇもんだな。」
「あぁ、このご時世なかなかなぁ。これでも大収穫だぜ。他の収穫も結構あったしな。」
「金持ちは金銭感覚が違うからな。」
今日の成果を数えて笑う者。
様々だが、皆共通しているのはガタイが良くギラついた目をしているというところか。
「生き残っていただけあって、暴れるのには苦労したが……やはりアイツを売らずに置いておいて正解だった。」
リーダーらしき無精髭がそう言うと、火から離れたところで蹲っていた猫背の影が微かに揺れた。
「おいノロマ、明日もせいぜい役に立てよ。」
ノロマと呼ばれた青年は、重たそうな頭をゆったり持ち上げると、静かに頷いた。