01 懸念しない
今の私の状況を整理しよう。
ミスティア・グレンヴィル (9)
持ち物…ネックレス等アクセサリー類数点
装備…ネグリジェ、スリッパ
謎の心地良いモフモフの上で目が覚めたところだ。
温かくてユサユサと上下に動く……動物…動物?
「?!」
《目覚めたか、娘よ。》
あ゛!さっきの渋い声!!
「ど、どちら様でしょうか…」
このワンちゃん…狼?が喋ってるのよね?
どう見ても人ではないけど……
《私は人間で言う所の魔物に当たる。名はない。》
魔物……そういえば、この世界魔法はないが魔物はいる。
古代は魔法と同じく栄えていたらしいが今は都市部には全然いないし、前世でいう大型の野生動物みたいな感じだ。噂に過ぎないけどエルフみたいな亜人系も少数残存してるらしい。
ゲームでは魔物の登場はヒロインが魔物に襲われるとかいうイベントがあったくらいなので、ご都合主義的な設定だと思うのだが…
というか今更だけどこの世界どうなってるの?ゲームの世界なわけ?そんなファンタジーな。
転生したにしてもおかしいでしょ。前世のゲームの世界があるとか意味わかんない…
ゲームに入り込んだ的な?ここで生まれて生きてきた以上それもなんか違うし。
でも今までの記憶はあるけど自分のものな実感がないのよね。両親が死んだのに涙も出ないし。
いや、違うな。前世の記憶と相まって人格がちょっと変わったのかな?気持ちが前世寄りになってるのか。
《どうした、娘。》
おっと考え事して返事を忘れてた。
「あ、いや、ごめんなさい。考え事をしてて。」
《悩み事か?》
一匹狼感に反して親身そうなワンちゃんだ。
まぁこうして考えても無駄なことを延々と悩むこともないわね。
ゲームの世界があってそこに生まれることもあるってことで。
「大丈夫よ。…名前がないのは不便ね。なんて呼べばいいかしら。」
《好きに呼ぶがいい。》
ワンちゃんは失礼よね。そもそも犬じゃないし。
「ザッハトルテ?」
強そうだし美味しそう。
《構わないよ。》
なんて寛容なワンちゃ……ザッハトルテ。
自分の名前に関心がないだけかもしれないけど。
「私はミスティア。よろしくね。」
ゲームで設定したまんま妖怪人間じゃなくて本当に良かったわ。
「ところで何故私を運んでいるの?」
ザッハトルテは私のスリッパを落とさないように口に咥えて、背中に私を乗せて森を歩いている。スリッパは汚さないよう爪先部分を咥えている。賢い魔物である。
《久しぶりに魔力を感じて行ったらお前がいた。あのままでは人が来て困る様子だったし、動けないようだったので移動していた。》
なんて察しのいい……!
「それはとても助かったわ。」
《お前は魔法が使えるようだね。》
「胸に魔石が埋まってるのよ。」
そういうとザッハトルテが何やら怪訝な空気を醸し出した。
《それは人為的になされたのか?》
「幼馴染のキチガイがね。」
《人間には呆れたものだ。》
ザッハトルテによると、魔石は人間に魔力を与えるが失敗すれば怪物になったりえらいことになるらしい。
魔石自体の数が圧倒的に少ないのでそういう事例はそうないらしいが……何してくれてんだアイツ。
適合して助かったから良いものの…失敗したらどうなってたことか。アルフレッドは本当にヒロインが好きだったのか?サイコは凡人には理解できないわ。
《古い知り合いの家に向かおうと思っていたのだが、来るかね?》
私が一通り事情を話すと、ザッハトルテはそう提案した。
もともと私が起きなければそこに連れて行くつもりだったのだと言う。
「お言葉に甘えて、お願いするわ。」
どうせ行くあてもないしね。
《ではお前も目覚めたことだし、少し飛ばすので掴まっていなさい。》
そう言われて気を遣いながら首の横をホールドして足もザッハの胴体を挟む。
魔物とはいえサイズ的には大きめの狼なので動物虐待に見えなくない格好である。私が子供だからまだ何とかいけそうだが。
そもそもここまで何の苦労もなく私を背負って来たようなので魔物だけあって力はあるのだろう。私の体勢が安定したのを確認すると今までとは打って変わって驚きのスピードで森を駆けだした。
「す、すごく速いのね。」
こんなに速いのに木の枝なんかに少しも引っかからないから驚きだ。私が落ちないようバランスも崩さず、山の方に向かっているようだ。
《怖いのなら遅くするが。》
「いや、すごく楽しいわ。」
前世で絶叫マシンが大好きだったことを思い出した。
ここではそんな娯楽はないのでかなり貴重な体験だ。
《そうか。》
ザッハは少し面食らった感じだったが、その後の私のおねだりにさらに驚いて振り向くことになる。
「このままジャンプとかできたりするの?」
《落ちても知らないよ。》
呆れたように言いつつも、リクエストに応えて倒木の上なんかはジャンプで進んでくれた。
かなり親切な魔物に拾われて、私はぼっち生活への不安も忘れてはしゃぎながら目的地へ向かったのだった。