17 散髪しない
「魔女様! おはようございます!」
今日も元気に信者エリック君が家に来た。
朝から頭に声が響くわ~。
「はいはい、卵ありがとう。」
テーブルで寝ぼけたままスープを啜っている私の代わりに、ジルが扉を開けてエリックが持ってきた卵を上から籠ごと取る。
エリックは週に一回定期連絡に来ることになっているが、気が向いたらそれ以外でも来る。アポなしで来る。やれやれ。
「私は魔女様にお渡しに来たのですが。」
「僕が渡しておくから、はいありがとうさようなら。」
因みに、ジルとエリックは仲が悪い。
今も締め出そうとするジルと入ろうとするエリックがドアを押し合っている。
「壊れるからやめてね。」
「申し訳ありません…」
こうしてしょんぼりしていると元の大人しいエリック少年なんだけど。
「ところで魔女様、その衣装は初めて見ました。お似合いです! 村の皆にも報告しないと。」
……なんということでしょう、今ではすっかり熱狂的なファンに。
私の服の情報を共有して何が楽しいのだろう。閉鎖的な環境だから、漫画やアイドルのおっかけみたいな真似事に熱中してしまっているのだろうか。サブカルチャーすごい。
握手会でも開催してやろうか?
ただし卵と引き換えにな!
………と、冗談はさておき。
恐らく魔物が現れて死の恐怖に直面したところに、私が魔法で撃退したのが吊り橋効果か何かをもたらしたのだろう。嗜好が厨二くさいのもそのせいだとしたら納得。やっぱり子供への刷り込みというのは恐ろしい。
「それはどうも。」
「この服僕が作ったやつだよ、ほらここ刺繍。」
そう、これはジルが町のオネエさんのところで初めて作った服だ。ワンピースの裾のところに自分の名前を刺繍するという謎のこだわり。私の名前ではなくジルベールと縫ってある。製作者名。ブランドでも作る気だろうか。
このまま一流の仕立て屋にでもなってくれれば被服代も浮くし儲けものである。
「……お上手ですね。」
エリックが歯を噛み砕きそうなぐらいの悔しい顔をしている。対するジルは得意げ。
「僕が魔女様に合わせて作ったから、似合うのは当然。」
そういえば、ジルは魔女様という呼び方が気に入ったらしく、真似して頻繁にそう呼んでくるようになった。今まで全然名前呼ばれたことないのに。
「そうですね、作った貴方とは違って不思議と魔女様に似合ってますね!」
「負け惜しみはやめてほしいね。」
睨み合っている。
初対面の時は、このようないかがわしい奴が魔女様のお側に居るなど烏滸がましい!とか騒いで喧嘩になっていたので、睨み合いで済むとは随分平和になったものだ。
なおエリックにはジルが悪魔とは言ってない。
悪魔はこの世界ではマイナーだし言わなけりゃバレないだろうということで、お手伝いさんのジルベールと紹介した。なのにいかがわしいとの感想が出る辺り、エリックが鋭いのかジルがダダ漏れなのか。
「エリック、村の立て直しは順調なの?」
「はい、今は鶏の飼料をいろいろ試しているんです。良い卵が出来たらまたお持ちしますね。」
エリル村は、なんと養鶏業に力を入れているらしい。実に私好み。
「それは楽しみね。」
これには私も思わずニッコリ。
「で、では、私はこれで。また。」
「ありがとう、またね。」
エリックを見送って部屋に戻った。
机の上に置いてある、町でようやく買った鏡を見ながら伸びてきた前髪を弄る。
最近暑くなってきた。前世の記憶がない頃はこれが普通だったが、今となってはエアコンが恋しい。氷魔法でも使えたらな…修行したら使えないかな。無理か。出来たら皆やってるわ。
「ねぇジル、髪の毛切ったことある?」
「あるよ。」
そりゃそうか。
「私の髪切ってくれないかしら。」
「いいけど…切っちゃうの?」
手でハサミの真似をしながらジルが近づいて来る。ジルなら器用だから自分で切るより絶対上手く仕上がるわ。
「前髪が目に刺さるし暑いのよね。後ろもこの辺まで切るのはどう?」
ゲーム開始時のヒロインと同じくらいね。目つきが違うからだいぶ印象違うけど。
「魔女様は長い方が良いよ。」
「そう?」
「長いと結べるし。」
まぁ確かに、中途半端な長さよりは上で纏めた方がスッキリするかな。
「全然絡まらないし伸ばしてもいけると思うな。」
「うーん…」
二次元キャラの如くサラサラではある。
前世ではロングヘアはお手入れが大変だったし、髪色も暗かったので伸ばすと重たく見えたけど………今なら問題なさそうね。
せっかくだから伸ばしてみるのも良いかもしれない。
「じゃあ伸ばしてみるわ。」
「うん。」
ジルは満足そうに口角を上げると、ハサミを取りに行った。
「前髪だけ切るね。」
目を瞑っているとあっという間に終わった。鏡で見るも問題なし。
料理、裁縫に加えてこれも熟すとは……女子力高すぎない? 召喚の時に私の女子力を対価として奪られたんじゃないかと疑うレベルだわ。
「早いわね。上手いし。」
尻尾をブンブン振っている。犬か。
………あ。
「ねぇ、ザッハも切ってもらったら?」
部屋から出て声をかけると、ザッハは首をフイと振った。
《私はいいよ。》
「でも暑くないの? ジル上手いわよ。」
「僕も魔物の毛はカットしたことないけどね。」
トリマーじゃないものね。
そもそもこの世界にそんな職業ないわ。
《遠慮する。》
「プードルカットなんてどうかしら。」
「面白そう。」
《なんだそれは。絶対にやらないよ。》
ザッハは危険を察知した。
「冗談よ、短くするだけね。」
嫌そうなザッハを二人がかりで何だかんだ説得して、私達の夏の準備は完了した。




