16 崇拝される
数日後、ザッハと共にエリル村を訪れた私は村の変貌ぶりに愕然としていた。
「魔女様!」
「魔女様だわ!」
「魔女様がいらっしゃったぞ!」
連絡の為にエリックに家を教えるのと、ザッハは悪い魔物じゃないからと紹介しておく目的で来たのだが……どうしてこうなった。
《ミスティア…何をしたんだ。》
「わからないわ。」
村人は皆私を見ると口々に魔女様だと宣い、拝むように手を擦り合わせている。
すごく不気味だ。
この前来た時は怯えていなかっただろうか。
何より不気味なのは数日前は無かった教会が建っていること。いや、正確には元からあった建物に十字架のオブジェを飾っただけなのだが、厨二病みたいな目のシンボルが十字架に付いてるし、同じデザインの奇抜な旗がそこかしこにある。嫌いじゃない、嫌いじゃないけど。
私は邪教徒の村にでも迷い込んでしまったのだろうか。
「魔女様!!」
呆然と立ち尽くす私とザッハの元に、白いローブを身に纏ったエリックが見たこともない健康的な笑顔で駆けて来た。
ゲームで教会に居た時着てた服と似てる。しかし見た目の清廉な雰囲気とは裏腹に、手には例の妖しい旗が握られている。
「あ、先日は名乗りもせず───エリック、とお呼びください。」
知ってる。
「私はミスティアよ。」
「魔女様の御名を教えていただけるなんて…恐悦至極です…!」
礼儀として返した挨拶にこの過剰な反応。
…名乗らない方が良かったかしら。
変な人に名前を教えるとまたザッハに怒られちゃうわ。
「えっと、この旗……お祭りでもやってるの?」
私の知らない、村独自の奇祭か?
そうであって欲しい。私とは一切関係ないと言って欲しい。
「これは、魔女様の村であることを示すシンボルです! 希望する家庭に配ることにしたのです。」
う、うわ~~~!!
今までの人生で聞きたくなかったセリフベスト5が今2つくらい出たわ!
いつの間にか村が私の所有物になってるし、希望する家庭って何?!このイカれた旗を掲げている家は自分から好き好んで入手したってか?!
「有志で染めまして、魔女様の瞳のような綺麗な紫に染め上がったと自負しております!」
農作物に被害が出てる時に何やってるんだこいつらは。
「こちらの教会は急造ですのでお恥ずかしいのですが、村の食糧事情や人手不足が落ち着いたらもっと立派なものをと考えています。」
こんな不気味な十字架称えた教会なんて前世でも今世でも見たことないわ。正規ルートで教会に仕えていた奴が何をやってるんだ。
これ絶対教会からクレーム来るわ。
「あの、あのオブジェは外した方がいいわ。教会から睨まれるわよ。」
文句を言う気力も無いがこれだけは言っておかないと。私の今後の人生に支障が出るわ。
「しかし、魔女様を崇める大切な場所ですので…」
「そもそも教会の十字架を弄るのはマズいし、そんなことしてる暇があるなら農業とか生活とかそっちに手を回しなさいよ。」
「…わかりました。魔女様はやはり優しい方ですね。」
どこがだ!
このエリック、イマイチ会話が噛み合わないけど、とりあえず教会に喧嘩売るコースだけは避けられて良かった……
というか何故私が崇められる事態に?
村人の殆どは会ったことすらないんだけど。
「前は皆私のこと怖がってなかった?」
生贄を頂く程度には…
「ええ、しかし今では皆魔女様の偉大さを理解しております! 魔女様を悪い魔女などと言う不届き者は居りませんよ。」
ちょっと待て、ちょっと待って。
これはあれか? 私が軽く…誤解解いといてね、的に任せたことが巡り巡ってこうなったの?
別に村人全員私の味方に洗脳しろとは言ってないんだけど。
……張り切りすぎだろ。
今私が頭を整理している間にも、この狂信者は私を讃える教典を作るとか何とかほざいている。一人の若者の人生を狂わせてしまった感がハンパない。
攻略対象一人でこのザマ……やっぱり私にはヒロインは荷が重い。他の攻略対象は全員貴族だから接点もないだろうけど、幼少期は人格形成に影響を与えそうだから気をつけないとね。
隣で楽しそうに早口で話しているエリックは、信者というか、オタクみたいになっている。
ゲームの、綺麗な涙を流す系男子だったエリックは失われてしまったのか。
そうだ、エリックはもともと暴走する素質があった。ゲームでも刃傷沙汰を起こしてたじゃない。他のキャラより過激だった気もする。
「今は村人総出で改革案を考えておりますので、必ずやご期待に添えるかと。」
こいつ年下よね? この前会った時よりハキハキ喋りすぎだし、何ならこいつがこの狂った村のリーダーをやってるように見える。
居場所がないどころか仕切ってるわ。
この変な信仰はやめてほしいけど…前は死んだ魚のような目をしていた村人も、妙に活気があって村の立て直しに積極的みたいだし……やめろと言いづらい。実際成果は出ているから悪いことではないのか…?
「………目立つのはダメよ、もっとひっそりやって頂戴。」
何より今通りかかった村人数人が着ている旗と同じデザインの法被に負けた。
もうこのイカれた集団に一般人である私が口出しするのは無理だわ。お手上げ。
「ダメですか?」
子犬のような目で見るな、ダメ。
《……そろそろ動かないか。》
見つめてくるエリックを睨みつけていると、今まで言葉を失っていたザッハが提案した。
そうだわ、この狂信者を家まで案内しないと………家教えて大丈夫かしら。
「これは失礼しました、魔女様のお供の方ですか?」
ゲームでは魔物にトラウマ持ってたのに、平気なのかしら。
「保護者よ。」
「魔女様と並ぶと絵になりますね。」
そう言ってザッハを眺めながら、新しい紋章が~とか置物に~とかブツブツ言い出した。
察するにザッハでグッズ展開を考えているようだ。
《あまり見ないでくれないか。》
「は、すみません。」
エリックは村人を道連れに変な方向に突き進んでいる。
「エリック、あの……程々にね。」
「はい、大丈夫です!」
もう本人が生き生きしてるから良いのか…?