13 所望しない
こんにちは、私はミスティア・グレンヴィル 10歳。今日は魔物狩りに来ているの。
と、物語の冒頭風に紹介してみたところで可愛げは出ない。私はお婆さんの家におつかいに行って狼に襲われる系頭巾ちゃんではなく、自らお小遣い稼ぎを期待して魔物を探し回る物騒系頭巾ちゃんである。
尚、今日はソロプレイ。
ザッハに乗って小回り重視スタイル、ジルに掴まって航空爆撃スタイル、これらは彼らがいない為出来ない。ザッハは分からないがジルはキノコ狩りに出かけた。今夜はキノコ鍋だ。
最近これは乙女ゲームではなくて別の……冒険系の…RPGか何かだったのでは?と疑い始めている。
なにしろ人間より魔物と接触してる方が多い。この世界こんなに魔物居たっけ?生活環境がゲームのシナリオとは全然違うからそんなものかもしれないけど。
というか私、魔物と生活区域被ってるわよね?
巨大蜘蛛の巣穴はわんさかあったし、あの辺り住んでる人間居ないもの。
そもそもあまり深く考えてなかったけど魔物と住んでるし何なら自分も人間から外れている気さえする。
だってほら、人間は黒い稲妻とか出せないからね。
この魔法、初めてジルに見せた時は「殺す気がない相手に使っちゃダメだからね」と言われた。腐敗効果や毒効果は無いみたいだけど…威力調整を練習したと言っても人間で試してないし、加減を間違えて要らない罪悪感を背負うのは嫌だものね。
そうしてブラブラ歩いて30分。
例の黒い稲妻を命中させて差し支えのない相手────50cmくらいのダンゴムシの妖怪みたいなヤツを発見した。すっごい気持ち悪い。早く駆除しなきゃ。
気付かれてこっちに近付いて来られたら嫌なので物陰から先制攻撃。
この魔法、外殻のある魔物でも関係なく効果がある。なんて便利。
「やったかしら。」
動かなくなったのを見て近寄る。殻は硬そうだし売れるかも。触りたくないから後でジルかザッハに運んでもらおう。
ダンゴムシをその辺に落ちている枝で突く。すると声がした。
「あ、あぁ………」
「?!」
え、このダンゴムシ喋っ……キモっ!!
反射的に距離を取る。
やだやだやだ…
しかし声は、ダンゴムシのものでは無かった。
「あなたが、魔女……様、ですか。」
視界で何かが動くのを感じて目を向ける。色素の薄い柔らかそうな金髪の、美少年と言える儚げなその声の主が、怯えながら痩せた腕をこちらに伸ばしていた。
確かに私は黒のワンピース、片手には杖という簡易版魔女コスプレのような格好をしている。
しかしだからと言って人を魔女魔女と押し付けるように呼んでくるのは如何なものか。
「魔女様、ぼくは、」
腰を抜かしていたこの美少年。
引っ張り起こして魔女ではないと言ったのに頑なに魔女と呼んでくる。栄養失調で脳が疲れているのかしら。
「いいからまずは食べなさいよ。」
お腹が満たされれば少しは話も通じるかなと、お弁当に持ってきていたジルお手製サンドイッチを分け与える。
戸惑いながらも受け取り凝視している。サンドイッチがそんなに珍しいか?
…それよりこいつに魔法を見られた。
あ、あれが原因で魔女って言ってるのか。
………あれ? 魔法を使うんだから私は正しく魔女か…脳が疲れているのは私かもしれない。
「あの、魔女様。」
まだサンドイッチに手を付けていない少年は不安そうに上目遣いで私を見る。
「ぼくは不十分でしょうか。」
何の話だ。栄養が足りてないかという話なら、確かに足りてなさそう。でもそれは栄養士にでもアドバイス貰って頂戴。
「こんな身体では、魔女様の捧げ物には足りないですか。」
「はぁ?!」
な、何を言い出すのこのガキは…!
捧げ物?!思わずチンピラ張りの「はぁ?!」が出たわ。自分でもびっくり。
「それとも無垢な赤子でなければいけませんか。」
さっきから質問形なのに全然私の返事を聞く気がなさそうなこの自己完結ボーイは一体何を言っているのか。
「あの、話が見えないわ。」
「魔女様は飢えてお怒りだと、だからぼくが来たのです。貴女に食べて頂こうと。」
どこの頭のおかしいパーがそんなことを?!
「待って、私はいくら腹ペコでも人肉は食べないわ。」
何故そんな怪物みたいな設定に……
よく見て、今サンドイッチ食べてるわよ。
「そんな、どうかお願いします。」
「いや、無理よ?!」
食べ物の好き嫌いですら直す気がない私に何を無理強いしようとしてるのよ。
細い手で縋られても困る。
「そもそもなんで私が怒ってるって話になってるのよ。あなたとは面識ないけど。」
「魔物達がエリル村を襲ったのは、魔女様のお怒りではないのですか。」
「どこよその村。私関係ないわよ。」
「向こうにある小さな村です。」
それ私が勝手にジルとの約束の担保にした村じゃない…
関係なくもなかったわ。
今回の件とは全く関わりないけど。
話を詳しく聞くと、エリル村は一月ほど前に異常に増えた蜘蛛の魔物に農作物を荒らされたらしい。普段は夜は交代で見張りをし村人で退治していたが、数の前に為す術もなく困り果てていた。蜘蛛の魔物の襲撃がパッタリ止んだかと思えば、次は謎の魔物の襲来。こちらは村人と家畜が襲われたが正体不明。
これは魔物か神の怒りではないかと議論していたところに空飛ぶ人影の目撃情報。さらに森で不思議な少女を見たという話。ここから異常事態の原因は空飛ぶ少女、魔女だと判断。
…………魔女に生贄を、となった。
思わず遠い目になる。
ジルと飛んでいるところを見られていたのか。今後は気をつけよう。
あの眼鏡の坊ちゃんは私のことを不思議な少女とか話しやがったのか。メルヘン脳め。普通に森で女の子と会ったよ、じゃ駄目だったのか。むしろ話さなくても良かったんじゃないか。
そして蜘蛛の魔物。
私がけしかけたみたいに解釈されてるけど、それ駆除したの私。
「蜘蛛の魔物は勝手に大量発生して、それを私が駆除したから消えただけよ。」
取り敢えず訂正。
感謝されたいとは思わないが勘違いはしないで欲しい。私が好き好んで蜘蛛を大量発生させるとか不本意極まりない。
「次の謎の魔物は知らない。たまたまタイミング悪く来たのね。」
そんな凶暴そうなヤツが近くにいたなんて…
今後の為にそいつも駆除しておいた方がいいわね。
「では、魔女様は供物をお望みではないのですか。」
「少なくとも人身はお望みでないわね。」
美少年を寄越す辺り、私は色魔か何かと思われているのだろうか。
「………そんな…」
生贄にならなくていいと言っているのに残念そうな顔をしている。自殺願望でもあるのか? エリル村ではどういう教育をしてるのかしら。
私が困惑していたその時。背後から静かな唸り声が聞こえた。
赤く瞳をギラつかせて、一頭の熊がそこにいた。いや、身体中にトゲが生えている。熊じゃない、魔物だ。
「…あ……まも、の…」
か細い手が私の袖を掴んだ。
思い出した………コイツ、攻略対象だわ。




