とある村人の一日 ルシアの場合
「よしっ、できた〜!!」
パチンと糸を切って糸切りバサミを机に置く。
出来たレースを両手で掲げて陽に透かすと、想像通りの図案が柔らかに揺れる。
「いい! かわいい!」
手に入る糸の色が増えたり、質が良くなったことも相まって、今までで最高のものが出来たと自負している。かわいい。
ちなみにここまで全て独り言である。
「ルシア〜、出来たの〜?」
一人でニヤける私の後ろ、開けっ放しのドアから、洗濯物の籠を運んでバタバタと忙しそうな姉さんが通りがかりに顔を出す。
「あ、うん!」
「じゃあこっち手伝って〜!」
「は〜い!」
仕上がったレースを納入用と自分で使う用に分けてから席を立つ。
姉さんは家事が得意で、畑に入り浸りの両親に代わって家の中のことを一手に引き受けている。
うちは両親に兄さんが5人と姉さん1人の9人家族で、一番上の兄さんは出稼ぎで家を出ているものの、かなりの大所帯だ。それを私や兄たちを上手く使いつつ円滑に回しているのだから、こう見えてなかなかのやり手である。
そして私はというと、服飾の仕事に就いている。
魔女様に献上するための生地や服飾小物を製作、余ったものや選考漏れしたものは村外に売って利益を得る部署だ。
今は夏に向けて使えそうな素材を作っている。
夏服……草花のモチーフやレースをたくさんあしらったガーゼのワンピースなんてどうだろう。
魔女様は力強いイメージがあるから、そういったものはあまりお召しにならないかもしれない。でも想像するのは自由だ。
ふんわり柔らかな布地が風に揺れて、涼しげになびく。同じ生地のフリルのペチコートを下に重ねるのもいい。家着でも過ごしやすそうだし、パジャマにするのもありだ。
初夏の日差しに透ける銀色の髪、青く茂る草木、柔らかく微笑む魔女様………………よい。とてもよい。
気づけば姉さんの手伝いを終えてすぐふらふらと机に向かい、妄想を紙に描き殴っていた。
といっても、荒々しいものではなく、絵の具を限りなく薄く水に溶いて淡くした色だけを使った、ふんわり柔らかな魔女様の絵に、先ほどのレースやら溜め込んでいた押し花などを散りばめた、至って穏やかなものだ。
私はこういうふんわりした絵やモチーフが好きだ。愛していると言ってもいい。
しかし悲しいかな、周りはそうでもないらしい。
「見たかよ、ジークのじいさんの最新作!」
「見た。悪徳神使からルザールを救い出す魔女様の構図が美しすぎる〜。」
「あれは芸術点高い。」
夕食どき。
兄たちは村で今一番人気のシリーズ、魔女様伝説最新刊の話で持ちきりだ。
「新衣装の挿絵も凛々しくて良かったよな〜!」
見た。私も見た。
すごく格好よかったが、あの聖歌隊の衣装はビシッと着こなす姿よりも教会のステンドグラスに降り注ぐ陽光に優しく照らされて昼の光に儚げに佇む静閑かつ温かい様相にこそ映える代物だと確信している。
「他のヤツの新作もなかなか良いのが揃ってたよな。」
「わかる。大感謝祭の時に目ぇつけてた奴の新規絵がかなり良くてさ。」
「次の感謝祭も楽しみだな〜!」
何を隠そう、私は既に冬の大感謝祭に作品を出している。
今まで村の作品ではなかった日常ものだ。
自分の求めるものがないなら自分で作ってしまえという勢いと情熱だけで描き上げた一品だ。
もちろん自分では満点の自信作だが、今までなかったということは需要もなかったということ。
主流である夢と浪漫の冒険バトルは、兄たちが毎日のように食卓の話題にしていることからもわかるように、みんなからの支持が厚い。
対して私の好きな作風はみんなに受け入れられるのかわからず、なんとなくの気恥ずかしさもあったため、匿名で提出した。
あれ誰か読んでくれたんだろうか…………
「そういやルザールって住みだしてから一回も話したことないけど、どんな奴らなんだろうな?」
「まだ言語面とか通じないとこあるし、落ち着いたらエリックからお知らせとかあるんじゃないか?」
ルザール、か……遠目で見たけど、みんな綺麗でスタイルよかったな。
魔女様と並んだら絵になるかも……一度こっそり見に行ってみようかな。
次の日の夕方、日暮れごろに私は教会へ向かった。
ちょうどルザールの活動時間がそのぐらいからだと聞いたので、早起きのルザールが出てくれば見られるかもしれない。
暗くなりすぎると灯りが要って目立つし、日が沈む前に出てきてくれないかな。
「あっ。」
そう思って教会の裏手の水場に行くと、既に緑の髪が揺れているのが見えた。
恐らく聖歌を機嫌良く鼻歌で歌いながら歩いてきて、石でできた段に座る。
ふわふわと綺麗な髪を揺らしながら、棒で地面に何かを書いていた。
なんだろう、女の子に………………鳥の羽?
「────ッ!」
「わわっ!」
真剣に覗き込みすぎた私の視線に気づいた彼女が顔をバッと上げる。
驚いて飛び退ったが、バレてしまった以上このまま逃げるのは不審者すぎる……。
「あ、あの、それはもしかして魔女様?」
地面の絵を指差すと、彼女はサッと青褪めて地面に伏した。
「モ、モシワケ、アリマセン……!」
何事か謝りながら、手で土をならして絵を消していく。
「えっ、えっ……消さなくていいよ。」
手を掴んで止めると、困惑に揺れる瞳がこちらを見た。
「デモ……イノス、ツバサ、ナイ、ツケタ……」
切れ切れの単語だけど、思ったより話が通じそうだ。
さっきの絵の翼のことかな。
「さっき描いてたの、こうでしょ?」
転がった棒を拾って土に線を引く。
魔女様の絵を描いて、背中に羽を付け足した。
「!!」
ルザールの人が目を見開いて手を組み合わせる。
「羽が好きなの?」
聞くと、ルザールの神さま?のイノスには羽があるらしい。魔女様にも羽を描きたいが、人間は信仰が違うので嫌がられると思ったようだ。
「大丈夫だよ……えっと、この村は、魔女様の迷惑にならなければ好きなもの描いていいの。あなたが良いと思ったものは、他の人に薦めてもいいんだよ。」
腕でマルを作りながら話す。
………これ通じてるのかな。
「ほら、こう……」
もう一度別のアングルで描いて、彼女に棒を渡す。
「あなたも。」
受け取った彼女は恐る恐るといった様子で地面に線を引く。
拙いながらも、二頭身の置物のようなフォルムのかわいい絵だ。
「かわいい!」
「……カワイイ?」
「素敵、良い、グッド……?」
なんか良さげなポーズを繰り出しながらカワイイを説明する。
カワイイを理解したらしい彼女は、私の描いた落書きにたくさんカワイイと言ってくれた。
ルザールは翼が好きみたいだけど、それ以外の花や動物にも興味を示してくれたようだ。
「マタ、描ク、イイ?」
「うん!」
帰り際、彼女にまたここに来ると約束をした。
初めて話した別の種族の子とこんなに好きを共有できるなんて、思ってもなかった。
好きなものを描いていい。
今までなかったからって需要がない訳じゃない。
だってまだ魅力を伝えてないんだから。
「私、ルシア。よろしくね?」
「シレーア、モシマス……イゴオミシリオキ。」
言葉では分かっていたのに、こんな簡単なことなのに、今やっと理解した。
次会うときまでに「まじょさまといっしょ! 2」を描き上げて、この新しい友達に日常ほのぼのを布教してやろうと、私は決意を新たにしたのだった。