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魔女様は攻略しない  作者: mom
第6章 不定形の光条
110/114

97 目に見えないほど暗い、もしくは目が眩むほど明るい



暗闇の中、ひとつふたつと光るものがあった。

それは次第に増えていき、数十の光がまるでひとつの生き物のように、目の前の村を見据えていた。


「ザレ アマ ターク、エル?」


囁くように問われた確認の声に、数十の光が瞬く。

それはルザールの集団だった。

子供を除く全員が女で、手には木を削って作った槍を持つ。

男は、人間による迫害や奴隷狩りに抵抗する際に殆ど死んでしまい、残ったのは女ばかり。その生き残りも、その後幾度も追われ襲われ、最終的に逃げ切って集団として残ったのはここにいる25人で全てだった。

逃げる際に捕まった者や散り散りになった者の行方は分からない。

戦って死んだルザールの男たちも、埋葬もできず元集落に放ったままなので、今頃は骨を素材として売られたり胡散臭い薬の材料にされたりしているであろうことは想像に難くなかった。


昼間に活動すれば人間に狙われ、夜行性を生かして夜に魔物を狩るにも男手がない。

月のない真夜中、村を襲って家畜や食べ物を奪う。人間は夜目が利かないので断然有利になる。食べていくにはそれが一番の方法だった。


図らずも世界各地で同じように散ったルザールたちも、同じことをして生活していた。

そしてそれがルザールを「夜盗の一族」「魔族」と蔑視することに拍車をかけていた。


「スタッシ!」


リーダー格の女が合図をする。

目的は、目の前の村。家畜や作物など、村の規模の割に潤沢であることは事前に確認してある。

こんな豊かな村が、他から離れた辺鄙な場所にあったのは幸いだった。

村にしては珍しく、四方に置かれた見張り台には火が灯り、それぞれ見張りの人間が置かれているが、ルザールの眼をもってすれば松明など必要なく暗闇の中を進めるため、見張りがこちらに気付くことはない。

逆にこちら側からは見張りがどこを見ているかまで丸見えであった。


見つかるとすれば目の光だが、暗闇の中それだけでは距離を測れない。人間に目を突かれる前にこちらから突いてやる、その為の槍だった。

と言っても、村人と交戦したことはない。

そもそも見つかりそうな場合は、逃げてしまえば暗闇の中人間が追って来ることはできない。明かりの準備をしている間に逃げ果せることができる。

夜のうちに誰にも見られずめぼしい物を運び出して、朝になれば村人は荒らされたと気付く。その流れが通常であった。


村の近くまで来ると声を出すのをやめ、手で合図する。

見張りがこちらを見ていないことを確認し、外周の入りやすそうなところから侵入する。

リーダーの女が柵に体重を掛けた、その時だった。

柵が僅かに弛むのを感じる。直後けたたましい警報音が鳴り響いた。


「タミーラ!」


自身の名を呼びながら近づいて来る仲間に、柵の中に着地したリーダーは制止するように手をかざす。

これは、罠だ。このままここにいれば全員が危険に晒される。自分は中に入ってしまい、さらには驚いて着地したためか軽く足も挫いていた。脱出は難しい。


「ノル! ニスクプ!」


自分のことは諦めて逃げてほしい。

残った仲間に向けて叫んだ瞬間、近くの家全ての扉が開き、火を持った人間が何人も飛び出してきた。

そして訓練された兵士のように、あっという間にルザールたちを取り囲んだ。

逃げようと動いた外の仲間も、いつの間にか柵の外にまで展開していた村人の包囲網に囲われている。


ここは何か反社会勢力や山賊、もしくは国が秘密裏に進める事業や作戦のアジトなのではないか。

そうだ。こんな場所にある村が栄えている方がおかしかったのだ。

目先の食料のために不自然さを見逃した自分の甘さに、タミーラは歯噛みした。


油断した。

新月の静けさの中、自分たちの周囲だけが松明の火で明るく照らされている。

これだけの数がいては、暗闇の優位性は失われ、火を消すことも難しい。

囲んでいる人間たちと、戦わなければ。周囲の人間を見回すと、平凡な村民から筋骨隆々の老人まで、様々である。

ルザールは身体は丈夫だが力が特別強いわけではない。暗闇であれば勝機はあったが、この明るさの中では純粋に戦闘力で負ける。

ルザールのリーダー、タミーラは死か尊厳の消失を覚悟した。


「魔物じゃないな。」


「こいつらルザールじゃないか? エリックさんに報告した方がいい。」


「今せがれに行かせた。」


人間たちが口々に何か言うのを聞きながら、じっと機会を待つ。

人間の男たちは大抵、自分たちの身体────特に胸を見る。その隙を突いて槍で刺し逃走する。タミーラは機会を窺っていた。他のルザールも同様である。


しかし、その隙は、機会は来なかった。

ルザールを囲んだまま何やら話し合った村人たちは、武器を置くように身振りで示してくる。

無視を決め込むと、筋骨隆々の老人がタミーラのもとへ歩み出る。槍をかざすも抵抗虚しく、腕を捻りあげられた。


「槍、離す。」


タミーラを操り実演してみせた老人は、そのままタミーラを後ろ手に縛る。

リーダーが人質のような形になった集団は仕方なく従った。


「どうなっていますか?!」


槍が全て地面に落ちたとほぼ同時に、取り囲む人間の後方から声がした。変声前の少年の声である。


「ルザールが……恐らく、強盗に入った。」


「暴れだすと危ねぇから今縛っているところだ。」


集団を割って現れたのは色素の薄い、綺麗な少年だった。タミーラには、ちょうどルザールの伝承にあるような天の使いのように見て取れた。

報告を受けた少年は、既に縛られ済みのタミーラを目に留め、まじまじと見る。

タミーラはこうやって値踏みするような目で見られることには経験があった。ルザールを捕らえようとする連中は必ずそういう目で、いい女か、売れるか、その辺りを査定してくるのだ。

しかし今回、その視線は身体ではなく瞳に注がれていた。


「ルザールは新月の夜でも目が見えるというのは本当なんですね。」


不気味に光る銀の瞳を覗き込む。

少年の瞳に松明の火が揺らめいた。

初めて感じる未知の恐怖に、タミーラは身震いする。美しい少年は、それ以上に言い知れぬ不気味さも有していた。


「震えていますね。今まで酷い目に遭っていたのでしょう……集会所に連れて行きます。水と食べ物を用意してください。」


「はい!」


少年に何らかの指示を受けた男が走っていく。

タミーラが不安げに様子を見ていると、少年は安心させるように微笑んだ。


「大丈夫、貴女方も必ず魔女様のお役に立てますよ。」


この少年、エリックには同志になれそうな者を選別する目があった。

この目によって彼は村に侵入を試みた者を更正させるか否か判断していた。今回は合格である。


「まずは魔女様についてお話ししましょう。」


「ルザールは言葉が通じないんじゃねぇか?」


「目があって人間と同じ思考能力があるでしょう。」


幸い村には素晴らしい資料が多分にある。

エリックは頭の中で既刊のリストを巡らせた。


「大丈夫です、魔女様の素晴らしさは言葉の壁も越えます。」


供物を自称する少年は、狂信にも近い確信を胸に、そう言って不敵に笑った。





村の集会所に集められ、水とパンを出され数時間。自分たちがどうなるのか分からないまま、何もすることができずただじっと夜を過ごす。

夜が明けると村人が水とパン、それから絵の描かれた人間用の本を補充していく。夕方日が沈む頃には集会所へ昨夜の少年が入ってきて、その本を手に村の歴史のようなことをつらつらと説明して聞かせる。

それが二日間繰り返された。


「おはようございます。」


三日目も同じく少年が現れ、村の神の話を始めた。

言葉は分からないが相当崇められているようで、村がこれだけ栄えているのもその神のおかげらしい。

盗みに入った集団に毎日十分な量のパンと水を与えられることからも豊かさは見て取れた。

また、見える範囲での村人の暮らしも活気と幸せに満ちたもので、これが本当ならこの村は桃源郷で、この世の楽園であるようにも思える。

しかし楽園というものは見せかけが大半、楽園に見せかけた罠であり、地獄に通じているのが常である。ルザールは迫害の歴史から慎重だった。


「どうかしましたか?」


タミーラが立ち上がり、エリックを見つめる。

食料を与えて健康的な見た目にする。人間への敵意をなくし従順にする。今までの待遇をそう捉えれば、行く先は一つしかない。いつもと同じ、一つ。


「ワタシタチ、ウル?」


どうせなら意図の分からない状況よりも、はっきり示して欲しい。そんな気持ちでタミーラは尋ねた。

明確な答えが返ってこないとしても、動揺が答えになる。


「まさか。そんな下品なことはしませんよ。奴隷商や人買いのような者と関わるなんて、魔女様の民にあるまじき行為です。」


しかしハッキリと否定の姿勢をとる姿に逆にタミーラが動揺することになった。


「オトコ……カウ、ゼンブ……」


人間の言葉でなんと説明したものか。

言葉が出てこないで詰まっているタミーラの、布切れを巻いただけの服から溢れる肢体を見たエリックは、純粋な、或いは思想の偏った少年には分からないだろうと思われた答えに辿り着いた。

そしてよく発育した胸部を、まるで使う道具を選ぶかのような目で見た。


「それは人間にも出来るでしょう。貴女方の価値はそんなものではないですよ。」


それから銀の眼をじっと見る。

タミーラはところどころ知っている言葉を繋ぎながら、この少年が別の意味でルザールの肉体を欲しているのだと感じた。


「貴女方がそれが得意で好んでやるのなら良いですけどね。嫌なことはしなくていいんです。最高のパフォーマンスを発揮しづらいですから。本当に必要であれば、嫌でもしなければならない時はありますけど。」


ルザールたちはここが地獄でも楽園でも、どちらでも良いと思い始めていた。

どうせこの世は地獄なのだから、住めば都、放浪するよりは定住する方が良いのかもしれない。


「私から説明するのは難しいですね……まぁ、魔女様の素晴らしさを理解すれば、いずれ自ずと気付くことです。」


ここは地獄か、桃源郷か。

よく出来た地獄は目に見えない。

そこにいるものすら、楽園と錯覚させる。

さすれば、地獄と楽園は紙一重。

強すぎる光の中では、濃すぎる闇の中では何も見えない。

同じように何も見えないのならば、それが光であろうと闇であろうと。そこに住む者にとっては些末なことである。



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