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魔女様は攻略しない  作者: mom
第6章 不定形の光条

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96 変幻自在のファンタジア



神使にキレまくったあと力尽きたお姉さんは、教会横の建物──神使やジョゼたちが住んでいる木造の家の二階、寝室にずらりと並んだ子供たちのベッドの一つを借りて傷の手当てを終え、すうすう寝息を立てて眠っていた。


「起きた?」


何もすることがないので、ただお姉さんの近くのベッドに座って見ているだけというなんの役にも立たない行為をしていると、ジルが部屋に入ってきた。

手にはスープを二つ乗せたトレイを持っている。


「いえ、まだよ。」


「そっか。はいコレ。」


ジルは私の隣に座ると、トレイの上のスープを一つ差し出し、トレイを脇に避けてから残った一つに口を付けた。


「とりあえず教会の子は下で食べさせてるから。」


そう言って八重歯をチラつかせ控えめに微笑む。

私と違って役に立つこの悪魔は、年長者である神使とジョゼがそれぞれ逮捕されたり暴行されたりと料理どころではない状況の為、教会の子ども達のためにスープを作っていた。

というか、子ども達と一緒にスープを作っていた。にんじん剥いて、など仕事を与えることで不安や動揺を抑えようとしていたらしく、会ったばかりなのにすっかり溶け込んでいた。

神使より母性が溢れている。


ちなみに私は、手伝っても食材を小さくするだけなので撤退し今に至る。


「すごい寝てるね。神使サマに殴りかかったんだっけ。」


「よほど恨みが溜まっていたのかしら、壮絶だったわ。」


「え~、見たかったな~。」


私の足にしがみついてる時は小動物のような、庇護欲を掻き立てるような感じだったのに、豹変したのでびっくりした。

美人が怒ると迫力があるし。


「その人も栄養失調気味だから、起きたら何か食べさせないとね。ルザールの食べ物って人間と同じでいいんだっけ?」


ジルはそう言うと空になった木の器を横のトレイに避け、ルザールのお姉さんを眺める。


「亜人よね。ノアは何でも食べるけど……無難に果物とかがいいのかしら。」


「そうだね。そっちの子と一緒に林檎でも剥いとこっかな。」


ジルは同じく寝ているジョゼを一瞥する。ジョゼのベッドの脇には林檎とナイフが置いてあった。教会の子たちが持ってきてくれたもので、林檎はカゴの中にゴロゴロ入っている。


「そうね。」


それはそうと、このルザールのお姉さん……栄養失調でこれなら、普通ならどうなることやら……。

薄布を掛けた胸元に目をやれば、そこが息に合わせて規則正しく上下する。私の方はと言えばなだらかで平坦な感じで、例えるならキューピッドのような体型だった。

まだ10歳だから仕方ない。まだ10歳だから。


「ルザールってみんなボインなのかしら。」


「………………。」


「ルザールって、みんなボ」


「聞こえてる、聞こえてるから。」


返事がないのでもう一度繰り返そうとしたら、食い気味に遮られた。

見ればジルは僅かに頰を上気させ気まずそうに目線を逸らしている。

全く純情野郎なんだから……セクハラ発言するおっさんに困る部下みたいな表情をしやがるわ。


「その顔でそういうさ〜……」


「オヤジ臭いセリフを吐くな」と続けそうな感じで、父親に文句を言う年頃の娘の如くジト目で見てくる。

なにかしら……こういう反応をされると逆にオヤジ臭い行動をしたくなるというか、からかいたくなるというか。

我ながらダメな人間性だと思いつつも、手をわきわきさせながらジルににじり寄る。


「よいではないか、よいではないか。」


「お代官様おやめください!!」


怒り気味ながらもきっちりお代官様ごっこで返してくるあたり、良い悪魔である。

密かに感動しながら、ジルのベストを剥ぎ取って「あ〜れ〜」までやろうとしたところで、物音がした。

見ると騎士が一人、入り口のところで固まっている。


「あ……あの、お戯れ中失礼致します。」


見られた。ジルの服を剥ぎ取ろうとしている現場を見られた。

でも見てはいけないものを見たみたいな顔はやめてほしい。軽く流して。いや見せた私が悪いんだけど。


「魔女様、続きはもういいの?」


ジルはジルで、慌てて取り繕おうとしている私をニヤニヤ見てくる。

もう私が何もできないと分かって……さっきまであんなに赤面していたくせに。


「……あの、今からそちらのルザールの包帯を取り替えるので、席を外していただいてもよろしいでしょうか?」


不満顔の私に窺うように声を掛ける騎士は、手に救急セットのようなものを持っている。

そういえば、ルザールのお姉さんは身体中に傷や痣があったし、包帯を巻き直すなら裸に…………ジルはともかく、女の私は別に居てもよくない? そもそも包帯巻く騎士も男だし。


「私も手伝いましょうか? 神使の件もありましたし、男性よりも同性がいた方が安心するかと。」


ここまで大した役にも立たず、ただスープを飲んだだけなので、そろそろ何かしないと落ち着かないわ。

ルザールのお姉さんは、さっきは騎士のことも平気そうだったけど、包帯を巻くのに服を脱がしたりしたらパニックになるとかあるかもしれないし。トラウマがカムバックしたりとか。

しかし私のそんな下手な気遣いは砕け散った。


「いえ、起きた時に魔女殿がいると興奮するかもしれないので……いない方が都合が良いです。」


「は?」


騎士は私の疑問には答えず、では宜しくお願い致します! とめちゃくちゃ俊敏なお辞儀をしてドアを開けた。出て行くまでお辞儀をやめないという強い意志を感じる。

こんなに丁寧に叩き出されたの初めてだわ。


「魔女様見たら興奮するって……また何かしたの?」


「またって何よ。何もしてないわよ。言葉すら通じてないのに。」


仕方がないので別の部屋へ移動しがてら、ジルに昼間のことを詳しく話す。


「ね、どっちかっていうと魔族的に同族と思われてる感じだったから、安心するなら分かるけど、興奮はおかしいでしょ。」


確かに、神使を殴った直後は興奮した様子だった。でもそれは私とは関係なく、暴れまくって興奮冷めやらぬといったものだ。


そもそも見ただけで興奮するってなにごと?

闘牛じゃないんだから。


「いやそれ絶対信者だよ。エリック2号、間違いない。」


「そんな簡単に信者が増えるのはエリル村だけじゃない?」


あそこは多分土地が呪われてる。


「それにエリックは攻略対象だったけど、お姉さんはゲームと関係ないし。」


「虐げられてるところを助けられて……って、あるあるじゃない?」


「……それはサイコ兄貴の常套手段でしょ。私は助けたりしてないわよ。」


虐げられてるところに居合わせはしたが、神使はお姉さんが自分で倒した。私は神使で遊ぶという性根の曲がった所業を披露してしまったくらいだ。むしろ引かれてもおかしくない。


「鍵開けたのは助けたに入るし、上着かけるのは少女漫画のお約束だと思うよ。」


「………………それ、『彼の上着っ……あったかくて大きぃ……匂いも……彼に包まれてるみたい☆』的なやつでしょ? 初対面の他人がやったらそれはもうただの人命救助の一環じゃない?」


あと同性だし。


「真似うまいね……うーん、確かに他人に上着かけられてもときめかない……?」


そう言いながら、顎に指を当てて斜め上に目線をやる。

なんだこいつかわいいな。


「ていうか私だったら嫌よ。高確率で『うわっ……生温かい……しかも人間の臭いがする…………』ってなると思うわ。」


「魔女様は野生の動物か何かなの?」


人間の臭いが付くと親に育児放棄されるとかそういうアレね。違うわ。


一階に降りると、食事の片付けを終えて退屈しだした子供たちが、私を素通りしてジルに纏わり付いて来たのでその話は終わった。

お姉さんには憎まれも好かれもしてないだろうし、あの騎士が何か勘違いしてるんでしょ。





さて、結論から言うとジルが正しかった。


「あの〜、魔女殿に一つしていただきたいことがありまして……」


神使逮捕の翌日。おずおずと、言いづらそうに身体を半歩分ずらした騎士の後ろからルザールの緑髪が覗く。

騎士の肩越しにこちらを見つめ、敬虔な信徒のように胸の前で手を組み佇んでいたお姉さんを椅子へと促すと、騎士はその隣に立つ。

後から入ってきたもう一人の騎士も反対側に並んだ。


「実は、教会地下を調べたところ、新たに神使の人身売買の証拠が見つかりまして……」


騎士が言うには、神使はルザールのお姉さんを買っただけではなく、同じ組織に子供を売っていて、その子供を助けるにはお姉さんが記憶しているという地下オークション会場のようなものの場所を知る必要がある。だがお姉さんは私にサインを貰うまで情報を喋らないつもりらしい。

………………何故。


「あの、サインとは何に……」


私は一体どんな契約を結ばされようとしているのか……何か要求するなら騎士団に、じゃダメだったの?


恐る恐る尋ねる私に、先に入って来た方の騎士が真面目な顔で、お姉さんの方を指しながら言った。


「ここです。」


ここ、とは。

騎士が指し示しているのはお姉さん、正確にはお姉さんの脚の辺りだ。人体にサインとは如何に。


「サイン、クダサイ、シテ?」


お姉さんがこてんと首を傾ける。

いやそんな綺麗な顔で上目遣いでお願いされても……


「とりあえず、書くだけ書いたら納得すると思うんで……多分。」


あやふやなことを言いながら、右の騎士がインクと絵筆を近くのサイドテーブルに置いた。

なんだろう、芸能人でもないヤツの名前を書くだけ書いたら納得って意味がわからない。意味のないことを強く求められると怖い。何か違法な契約でも結ばされそうな空気だ。


「その、神使につけられた傷がですね……こんな状態でして。」


私の疑念が顔に出ていたのだろう。左の騎士がお姉さんの服の裾を捲り上げ、左の大腿部があらわになる。

昨日は目に付かなかったが、そこには「神の使者マーカス」と頭の悪い言葉が刻まれていた。

神使の名前か……? 本当に救えない。

刺青のように刻まれた文字は傷としては塞がっているが、痕は消えそうにない。

こんな風に身体に残るように、あんな屑の名前を書かれるなんて気の毒すぎる。

ルザールは人間の言葉は読めない筈だけど、このお姉さんはこれが神使の名前だと教えられたのだろう。忌々しげにその文字を見つめていた。


神使が捕まって消えても、こんなものがあっては見るたびに思い出してしまう。

治すことが出来ればいいが……可哀想だけど、私には治癒魔法はないし、この世界に皮膚移植や再生の技術もない。どうすることもできない。


「何というかその、名前の書き換えをしてほしいみたいで……神使の名前が消えればいいと思うんですけど………………多分。」


だからその多分ってなんなのよ。


「そもそも何で私に? 騎士団の方で良いのでは?」


「それが、魔女殿をご指名みたいで……」


騎士がしどろもどろ答えるが、しかし急に立ち上がったお姉さんに遮られる。

お姉さんは数歩歩くと、林檎の横に置いてあった小さなナイフを手に取った。


「ショユウブツ、ナマエカク……」


ナイフでやられた、と言いたいのだろうか。それを私に差し出しつつ、裾を捲って自身の左大腿を指す。

所有物に名前、って……それ書いたらダメなヤツじゃない? 私がご主人様になるヤツでは?

神使の所有物が嫌だから私の所有物……ってそんなバカな。そもそも物じゃないのにしかもナイフで名前を書くとかあの神使は気が狂ってるの? ……狂ってたわね。


隣にいたジルの方を見れば、「だから言ったのに」みたいな顔をしてこっちを見ている。


「待って、大丈夫よ。名前なんて書かなくても神使はいないし、あなたは誰のものでもないわ。」


「イノス、ショユウブツ、ナリマス、シタイ……」


当然のように言葉が通じない。

誰かの所有物にならないといけないと思っていて、神使より私の方がマシとかそういう話をしてるっぽいけど……私はご主人様になる気はない。

あと、ずっと私のことをイノスと呼んでくる気がするが、イノスってなんだろう。


「ちょっと、これどうするのよ……書くだけじゃなくて書いたら所有者になるヤツじゃない。」


騎士に文句を言うと、頭を掻きながらの苦笑いで返された。


「あはは……綺麗さっぱり消せたら上書きしなくて済みそうですけど……あ、魔法で消してしまうことなどは…………出来ませんかね?」


「できませんね。」


私を何だと思っているのか。

魔女は魔女でも薬の調合などは出来ないタイプの魔女である。

出来るのは破壊だけで、再生や治癒は司っていない。


「邪竜の腕を弾いていたでしょう。あんな感じでこう、バリバリっと…………」


邪竜に使った攻撃魔法を人体に使うって発想大丈夫?


「それだと皮が削げますけど。」


しかも加減を間違えれば皮どころではない。

グロシーンをお見せしなければならない事態は避けたいし私も見たくない。


「ダメ………………?」


渋っていると、目にいっぱいの涙を溜めてお姉さんが見つめてくる。藁にもすがるような表情で、胸が痛くなる。

お姉さんが納得するのなら、名前くらい書いても……でも所有物云々はどうしたらいいんだろう。そんな決まりはないと説得するにも、言葉が通じないので難しそうだ。

嫌な人間の名前なんて、耐え難いだろうし出来たら消してあげたい。


悲しい気持ちでお姉さんを見ていると、彼女は私の手にナイフを握らせるようにしながら両手で包み込んできた。


「イノス、ナマエ……オネガシマス……」


「え?」


……まさかこれで私に皮膚にサインしろと?

え、サインってそういうこと?


「ナマエ、カキカエ、シテ………オネガシマス……」


「な、ナイフはちょっと……血が出るし、ね?」


彫り師でもないのに他人の皮膚にザクザク文字を刻めるわけない。いや彫り師でもナイフではやらない。

いきなり跳ね上がった要求に騎士を見れば、二人とも諦めたような表情をしている。


「やっぱり筆じゃダメか……」


「インクは消えるからな…………」


こいつら知ってたわね……?


「血……ガマン、デキル、マス!」


不穏な得意顔で、お姉さんは一度私に渡したナイフを手に取った。


「あの、ちょっと落ち着いて……」


私の制止の言葉も聞かず、巨乳お姉さんは自身の太腿にナイフを突き立てると、刻まれてあった神使の名前の上にそれで線を引き出した。


「………っ、うぅっ……!」


「痛い痛い!! や、やめなさい! 」


見てるだけで痛いわ!


「ここに書くの?! 書けばいいの?!」


お姉さんの手を掴みそう問えば、満足げに満面の笑みを見せる。

嘘でしょ……エリル村のヤツらでもこんなサインのねだり方しないわよ…………?


「はぁ……ちょっと待って、ナイフは置いて。消えなきゃいいんでしょ?」


息切れするのを落ち着けながら頭を巡らせる。

血を出さず、痛くない刺青の入れ方なら一応思いあたる。私の魔法の、破壊パワーの成分だけを使えば可能なはずだ。

前にガイナスにやったやつの逆の要領だ。あれは外傷なく、被験者の声を聞く限り痛みがすごくあったようなので、逆をやれば痛みなく傷だけ付けられる。

問題は、私の名前のタトゥーなんぞ掘りたくないという点である。


「魔女様。」


考えていると、ジルが挙手した。


「はい、ジル。」


「神使の名前が消えればいいなら、絵とかどう? おしゃれタトゥーみたいな。」


おしゃれタトゥー……桜吹雪や般若ではなく、ミュージシャンや外国の若者がよくやってる感じのやつだろうか。

それなら確かに、私の名前を刻んでいるより余程健全だしファッション性もある。人に見られても不審がられなさそう。


「ジル、柄描ける?」


「ちょっと失礼。こんな感じかな?」


ジルはさっきの筆にインクを付けると、お姉さんに断って神使の名前の上から翼の模様を描いた。

線が多いので、模様の中に上手いこと文字が隠れている。


「おぉ……おしゃれだわ。」


かくして私は、杖に闇オーラ破壊バージョンを薄く纏わせ、ジルの描いた下書きをなぞって、お姉さんの太腿に翼のタトゥーを入れるという大仕事を一時間かけて行ったのだった。



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