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魔女様は攻略しない  作者: mom
第6章 不定形の光条

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95 パンドラ・チャーチ



魔女殿の随伴者からとにかく教会に突入しろという簡単には承服しかねる要請を受け、教会に向かった私ともう一人の担当騎士は、教会の地下室へと続く階段を下りきった先でただただ立ち尽くしていた。


教会の地下。怪しいと思っていたそこに、何もなかった訳ではない。

ありすぎてどこから対処すべきか思考が飛んだのだ。


一分ほど前。

教会に無理に押し入れば神使と対立する形になる。しかし魔女殿が入れと言うのだから、入らなければ後が怖い。聖歌の練習中だった子供たちに緊急事態だからと道を開けてもらい地下へと進む。最中、聞こえてくる神使の怒声。

殴打するような音や女性の叫び声までも聞こえ、何事かと足を早めて顔を出せば、そこにあったのは神使を撲殺せんとばかりに棒を振るう女にただ呆然と座り込む子供、意外にも我々と同じように困惑の表情を浮かべた魔女殿という、雑然とした光景だった。


「サングリア ニルガータ……」


ひとしきり神使を殴り終えると、満足げに息を切らし傍らに棒を置く。それから恍惚とした様子でロザリオに指を這わせ、「ゼーゼリアに感謝を」とでも聞こえてきそうな、教会の礼のような動きを見せる女。

それはさながら手本のように美しく、まるで敬虔な信徒のようであった。

しかし彼女が発する言語は、彼女の外見は、ルザールのもの。


それぞれの立ち位置が分からず戸惑う我々に、魔女殿が声をかけた。


「……とりあえず、そこの神使を拘束してもらえるかしら。」


「は、はい! ただちに!」


神使の手を後ろへ回し、相方が探して持ってきた縄で拘束する。

普通ならば神使よりも、神使を殴りつけていたルザールの方を拘束すべきなのだが、魔女殿から事の次第を簡潔に聞きそれに従う。

最中、神使は「なぜ私を」「神への冒涜」「そこの魔物どもに騙されている」と散々わめいていたが、少しすると抵抗をやめた。


ひとまず神使を繋いだ後は、相方が怪我人の応急処置をし、その間に私が騎士団に応援を要請しに戻ることになった。



「あぁ、お疲れ様。」


騎士団本部へ戻れば、副団長が既に準備万端で待ち構えていた。


「で、何があったのかな?」


穏やかにそう問いかける顔は、あの教会に魔物以外のものがあることを知っていたようだった。

或いは、何かありそうだから魔女殿に依頼したのかもしれない。


「あ、あの……魔物は魔女殿が退治したのですが、地下にルザールが……」


「ルザール? へぇ……デーニッツ、書庫からルザールの言語の本を取ってきてくれるかな。」


「は、はい!」


話を聞くことになるからだろう。ルザールの言葉をいくらか研究した本があるので、我々はそれを手に教会へと向かった。


教会に戻る頃には既に日が落ちており、教会の隣の建物に灯りがついていた。

怪我人の手当ては粗方済んだらしく、現場に残っていた相方は一人教会の中、地下へ続く部屋の前を見張るように待機していて、彼以外は隣の建物で全員休んでいる旨を話した。


一通り報告が終わりアニス副団長から休憩をとるよう言われた私たちは、教会地下を調査する副団長たちの邪魔にならないよう教会を出て草むらにしゃがみこむ。

空には星が出て、涼しい風が吹いていた。


「はぁ………………」


隣に座る相方が深くため息を吐く。

息を吐く動きのままに上半身を前に伏せ、膝と膝の間に頭を埋めた。


「大丈夫か?」


「あぁ……」


ひどく疲弊した様子で、気分が悪そうだ。

先ほど連れてきた他の団員と一緒に聞いた報告では、私と一緒に地下に入った後は保護したルザールと怪我をしていた教会の子どもを隣の建物に移動させて手当てをしたが、ルザールの方には酷い扱いを受けた痕があったと言っていた。


彼は王都の貴族なので、私のような地方出身者とは違い魔物退治や解体などの血生臭いこと、差別による暴力など、そういったことに免疫がない。

私も直接関わったわけではないが、父に付いて領地を視察した際などそのような現場を遠くから見ることがままあった。

また、地方ではルザールを見たら泥棒と思えと言われる程、ルザールには盗人が多い。逆に言えば盗みをする以外に人間の前に姿を現すことがないくらいだ。

そういったこともあり、人間、特に農村部など生活を脅かされる可能性のある層からのルザールへの敵愾心は強く、私が目にするルザールと言えば罪人として捕らえられた者で、暴行により状態が良いとは言えない様であることがほとんどだった。


そうした場面を見てきた私でも、今回のルザールの女性については痛ましく思っている。彼ならばなおさらだろう。

ましてや、慈愛の心を持っているべき神使が暴行を行なっていた可能性が高いとなれば、そのショックは大きいだろう。


「あのルザールはじき回復するだろう、あまり考えすぎるな。」


相方の背に手を乗せる。

すると、どんよりした目の彼がこちらを向いた。


「いや、それは全く心配していない。」


「え?」


徹夜明けのような顔をした彼がつらつらと語るには、手当の時から既にルザールは元気で、手当を受けながら片言で大量に神使の悪行を吹き込んできたらしい。


「片言だから言い間違いや聞き違っていると信じたいんだが、どうも何らかの情報と引き換えに魔女殿のサインを欲しがっているようなんだ。」


「………………は?」


なぜ、いきなりそんな話になるのか。

話の流れがおかしくはないだろうか?


「思い違いであってほしくて、ひとまず言葉がわからないと言って手当を終えてすぐ逃げたんだが……これをはっきりさせてしまったり副団長や魔女殿に話すのが憂鬱で……」


はっきりさせるのが嫌な時点でほぼ確定なのではなかろうか。

魔女殿にお願いごとをするのは、確かになんとなく気が重い。それが面倒ごとなら尚更である。私も少しげんなりとした気持ちになりながら、仕方なく問う。


「サインといっても、別に契約書なんかに書けというのではないんだろう? ルザールにとっては何か特別な意味でもあるのか?」


私も分かっている。

ただサインを紙や持ち物に書いて欲しいというだけであれば、相方もここまで憔悴していない。

儀式的な意味合いなどのある、簡単には許可できない……魔女殿が嫌がりそうな話のはずだ。


「いや、ルザールというか、神使が彼女の身体にしたことの上書きというか……まぁ、いま話した内容が合っているとは限らないし、見た方が早いよ。明日、あのルザールが起きたら副団長たちと一緒に確認しよう。」


相方はまだ言語が違い意思疎通がうまくいかないことによる思い違いの可能性を残したいようだった。

魔女殿の不興を買うのも、副団長から情報のためにと圧をかけられるのも。板挟みは辛いものである。

初めにこの教会の任にあたった二人組である以上、私も一緒に挟まれる可能性が高い。そうならないことを祈ろう。





翌日、祈りも虚しく私たちは教会地下に立っていた。


「……昨晩、ある証言によりこの隠し棚が見つかった。」


昨日の夕刻には混沌とした光景が広がっていた地下。魔物の残骸、魔族と呼ばれる種族、それに殴られる神使、傍観する魔女。

我々が神聖だと思っていたその地下から出てきたのは、本来そこにあるべきではない、まるで種類豊富な厄災で、さらにその一室……唯一神を描いた絵画など多くの美術品が所狭しと保管された部屋の奥、天井付近の壁の板を剥がすと出てきた書類。


最後に出てきたそれは希望か災いか。副団長が手にした紙の束は、人身売買を示唆するものだった。



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