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魔女様は攻略しない  作者: mom
第6章 不定形の光条

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93 教会は全てを内包する



「ひっ?!」


通路の右側から突き出しバタンバタンとのたうつように蠢くその二本の白い腕は、ひとしきり存在をアピールすると引っ込んで行った。


な、なに………? 人間?

霊かと思った……主張が激しすぎるから多分違うわよね。


「ニルガータ……テレク マ ヤ ノルム……」


恐る恐る近づくと、微かに呟くような声がする。

外人さんだろうか。


魔法は見られたが顔を見られていないので、この腕には触れずにこのまま逃げた方がいいか………しかし、その考えは直後に目に入った鉄格子によって遮られた。


この地下、通路の左手は全て石壁。右手には部屋があるのだろう、木戸がいくつか並んでいた。けれど私の目線の先、他の木戸と同じくらいの幅の空間には、鉄格子で出来た扉が嵌められていた。

石壁に溶け込むような灰色のそれは、腕が生え声が聞こえた方向にある。

………中に、誰かいる。


出来ることなら関わり合いたくない。

ケージに魔ネズミを入れて飼っているような神使のいる教会の地下にある、鉄格子。

さらに悪いことには、近くの廊下の壁付近にある台の上……そこに殴りやすそうな棒や刺しやすそうな針、よくしなりそうな鞭に鋭い燭台など、おおよそ武器が不敬だと口にするような人間が持っていてはいけない物品が並んでいた。


確実に見てはいけないものが入っている。映画で言うと、見たら口封じに殺し屋が来る類のものが。

────いや、神使からすれば、この地下に入った時点でソレを見たものと見做すはず。そもそもペットの魔ネズミを見た上に殺してしまっているのだから、どちらにせよ、刺客が来るなら来る。

見ても見なくても同じなら、一応確認のために見ておいた方がお得だわ。

それに私は刺客経験者だし。未経験の人よりはなんとかなる。かもしれない。


頭の中で理屈をこねながら鉄格子の前に立つ。

薄暗く、カビ臭さを感じる囚人の牢のようなその空間では、全裸の巨乳美女が座り込んでこちらを見上げていた。


「イノ……ス………?」


薄暗い中で、その瞳だけがギラギラと猫のように光っている。

傷んではいるが肩にかかるゆるくウェーブのかかった髪は上品で、乾いて血の滲んだ唇は形良く、不安そうにこちらを見つめる瞳は元々おっとりとした優しい印象なのもあり庇護欲をそそられそうなもの。

美人と言って差し支えない。

その上、身体つきも成熟した大人の優美な曲線を描いていた。


昔、家庭教師から習ったことがある。

珍しい緑の髪に、闇夜に光る銀の瞳。夜行性で、夜ごと村々を襲っては家畜や食料を盗んでいく、人語を解さない種族────魔族と恐れられる、ルザールだ。

ルザールは総じて見目がよく、奴隷としても人気のある、人間より少し丈夫な……亜人である。


「あなた、奴隷なの?」


奴隷を扱うことはこの国では禁止されている。

それにしてもあの神使、教会の地下で、魔族と呼ばれている亜人を奴隷として繫いでいるなんて、色々な意味でどうかしている。

魔女や悪魔が平気な時点で教会に力なんてないことは分かっていたけれど、ゼーゼリアがいるなら寛容か無関心か問いたいところだわ。

とにかくこのお姉さんは、騎士団に報告すれば保護されるはず。


「待ってて、助けを呼んでくるわ。」


一歩下がると、格子の隙間から伸びた手に裾を掴まれた。暗くて見えづらかったが、よく見るとその手も身体も、全身痣と傷だらけで痛ましい。まさかそこにある鈍器たちで虐待でも受けていたのだろうか。

座り込んだまま、ふるふると震えながら首を振る。その目には恐怖の色が湛えられている。


「今から騎士団を呼んで、助けに来るから待っていて。」


言葉が分からないのだから、私が立ち去れば助からないと恐れるのも当然か。

とりあえず頑張ってジェスチャーを交えつつ話してみる。


「キシダン………ノル、 ノル、ニンゲン!」


騎士団という言葉はわかるようだが、しきりに頭を振りイヤイヤしながら私にしがみついてきた。え、なに? 人間キライなの?


「あの、私人間なんだけど。」


足元に縋り付くお姉さんに困惑しつつ辺りを見回す。当然誰もいない。


「えっと、どうしよう………。」


離してくれないと助けを呼べない。

神使がまた教会に武器が不敬だとか騒いでも、ヤバい地下があると言えば流石に騎士団も強行突破してくれるだろうから、すぐ助けられるんだけど………言葉では伝えられないのがもどかしいわね。


振り払って行ってもいいが、このまま置いていったら見捨てられたと感じて精神が保たないかもしれない。希望を見た後にそれが潰えるなんて、例え一時的でも耐え難いのではないだろうか。

せっかく助かっても心を病んでしまった……なんてことになったら、後味が悪すぎる。

私が担当者じゃなければ助かったかもとか考えたくもない。


弱っている捨て猫に鳴かれている気分だ。

そうだ、猫。ジルがその辺にいるはず。


「ジル! ジルベール!」


この地下は外の音は響くが、中からは聞こえるのだろうか………ジルは耳が良いからキャッチしてくれるといいけど。


「呼んだ?」


待つ間もなく、通気口の格子からちろちろと指が覗いた。さすが悪魔、地獄耳!


「待機してる騎士を呼んでほしいの! 奴隷がいるって!」


「えー?! なんてー?!」


聞こえないんかい!


「騎士! 突入させて!」


「りょーかい!」


………大声で叫びすぎたか……?

騎士が来る前に神使が気付かないといいけど。


さて、ジルが騎士を連れて戻って来るまで、私はこのお姉さんを落ち着かせるためのケアをしなければならない。

神使に虐待されたせいだろう、人間嫌いになっている感じなので、騎士団が来ても怖がる可能性が高い。

人間恐怖症なのに私にしがみついているのは納得いかないが……魔法を見られたし、人型の魔物とでも思われているのだろうか。

………まぁいい。このお姉さんの心の安寧のためにはその方がいいなら、まぁ良かった。


しかし私は言葉が通じない相手を安心させるだけの対人スキルなぞ有していない。

仕方がないので、まずは形から。物々しい見た目の割に鍵のいらない簡素な固定具だけで施錠された鉄格子の扉を開き、中のお姉さんの肩に自分が羽織っていた聖歌隊のケープを掛けた。全裸のまま放置されるよりは安心感があるはず。


他に何か……虐められていたヒロインを慰める時って、攻略対象は何をしてたっけ………。

そうして悩んでいるとき。


「おや、こんなところで何をしているのですか?」


上階から聞こえる聖歌に混じって右耳に響く低く柔らかな声に、思考が停止する。声の方を見れば、廊下の先、石階段の下に神使が立っていた。

見られた。それも思い切り鉄格子をオープンしているところを。

にも関わらず、穏やかな笑みを浮かべる神使がゆっくりと近づいてくる様は不気味の一言に尽きる。


私が神使ならどうする? 目の前には秘密を知った子供一人。…………消す、目撃者を消す。奴隷商と繋がりがあるのなら、そっちに流してしまうのも始末にはいい手段かもしれない。


「黙っていてはわかりませんよ。」


見たところ、神使の手には武器などはない。

ただ廊下の隅には武器になるものがある。

間合いを詰められる前に足を潰すべきか。


「………………えっとぉ……」


内気少女の皮を被りつつ焦る気持ちを落ち着ける。

待てよ、慎重に行こう。神使が脅されている、騙されている、他に黒幕がいる………………そういう可能性もある。

このお姉さんも魔物も保護・捕獲したが種族が種族だけに教会的にはイメージが悪いので騎士団には隠してしまったとか……

その場合、犯罪者ではなくちょっと疚しいだけの聖職者になる。中途半端に攻撃なぞすれば、教会と揉めることにならないか?

魔女が神使に傷害事件……聞こえの悪さが凄まじい。逆に私が、被害者で証言者である神使を消さねばならない事態に発展しかねない。

私は現行犯を見たわけではないのだ。限りなく黒に近い人間が不穏な空気を出しながら迫って来ているだけで、確定ではない。

車と歩行者の事故と同じで、力の大きい方が過失割合が高くなるもの。歩行者が赤信号に猛スピードで踊りながら飛び出してきても轢いてはいけないのだ。


それに神使が黒であった場合、事情や動機など聞かなければならないが、私が魔女だと分かればそこを揚げ足とばかりに魔女がやったとか魔女に操られたとか有る事無い事騒ぎ出すかもしれない。

私の中の悪徳聖職者への偏見がそう告げている。映画の見過ぎだろうか。

下手なことはせず、騎士団の方で正当に拘束・取り調べしてもらおう。

さっき騎士団がいた場所はそう遠くない。もうすぐ来てくれるはず。


「えっと……道に迷ってしまって……」


時間を稼いで待とう。

例え閉じ込められたり拘束されたりしたとしても、騎士団が来る。即殺し合いに発展したりしなければ大丈夫だ。

いける。血の気の多い武闘派の神使とか聞いたこともないし、穏便にいける。


次の瞬間、そう思った私の視界……神使の背後にある階段からジョゼの顔が覗き、一瞬息が止まる。

なぜそこにいる………不確定要素が増えるのはまずい。神使の行動がますます読めなくなる。


「ジョゼット……」


「大変、怪我をしてる!」


後ろの物音に振り向いた神使の横をすり抜けて、傷だらけのお姉さんを見たジョゼがこちらへ駆け寄ろうとする。

その腕を神使が掴んだ。


「待ちなさい、あれは魔族ですよ。危ないから下がっていなさい。」


「魔族……?」


「ルザールですよ。不敬にも、この教会へ夜盗に入った蛮族です。」


「でも、震えているわ……本当に泥棒なのですか? 服も着ていないし、何かに襲われたのでは……」


そうは見えない、というニュアンスを含めてジョゼが尋ねた。

確かに、泥棒が裸というのは変だ。主目的が盗みではなく露出の変態ならともかく。


「とりあえず、騎士団に連絡を……」


ジョゼがそう続けると、神使は掴んでいたジョゼの腕を引っ張り、空いていた右手で思い切り彼女の頰を張った。

鋭い破裂音が響き、ジョゼの身体が床に崩れ落ちる。


「あのくすんだ髪、化け物のような瞳、ふしだらな身体! どこからどう見ても魔物でしょう! ………ジョゼット、貴女は私よりも罪人を信じるのですか?」


人が変わったかのように色々なハラスメントに引っかかりそうな台詞を吐き、息を荒くした神使は、頬に手を当てうずくまるジョゼを見下ろした。


「神使さま……?」


「そちらの貴女も。よりによって魔物に、神聖な衣服を与えるなど……」


何が起こったかわからないといった様子のジョゼを放置し、神使が私の方へ歩み寄る。


「神への侮辱もいいところだ。神がお怒りですよ?」


カツカツと響く足音に、私の足元の痣だらけの肩がびくりと緊張した。廊下の先のジョゼは座り込んだまま動かずただじっとこちらを見ている。

本当に神が怒るのならば、こんな状況にはなっていないし私もここにいない。


「そうかしら。地下に奴隷を置いていても咎められないなんて、神は寛大なようですが?」


神使のこめかみが微動する。

何故私はわざわざ煽るようなことを………内気ぶって時間を稼ぐ計画がパーだわ。


「誤解されているようですが、それは奴隷ではなく、罪人です。聞いたことぐらいはあるでしょう、泥棒種族のルザールですよ。」


「ええ知っています。彼女が夜盗だとして、神使さまは捕まえた夜盗を脱がせて痛めつける趣味がおありなのですね。」


「趣味ではなく神罰です。それに、畜生に着せる服などありませんよ。そんなものに人間と同等の権利などないのですから。」


脅されている可能性など心配するまでもなく、徳の低い方の神使だった。発言がおかしすぎてふざけているのかと思ったくらいだ。黒に近いどころか真っ黒じゃない。


この場の誰よりも悪役然とした神使はそのまま歩みを進めると、私まであと数メートルの位置で立ち止まり私の後方を凝視した。


「……お前がやったのか?」


魔ネズミの檻が壊されているのを見つけたらしい。すっかり忘れていたが、人間業ではない壊れ方をした檻や消し炭になった魔物を見られてしまった。もうこの際別にいいけど。


「神罰では?」


「何を馬鹿な……お前も魔族の仲間か……!」


今にも掴みかかってきそうな勢いで神使が足を踏み出す。私はその足目掛けて、外傷が残らないよう調整した黒雷を落とした。


「ぐぁあああ!?」


「あら、どうされました? 神罰かしら。」


二度、三度と適当な部位に魔法で神罰もどきを与えてみる。……楽しくなってきた。危険ね。


ふと我に返ってジョゼの方を見ると、彼女は恐ろしいものでも見たかのように目を見開いていた。

まずい。これじゃ本当に私が悪者みたいだわ。


「こっ、の……魔物風情が…!!」


怨嗟の篭った声に目線を戻せば、神使が飛びかかってくるところだった。

ジョゼに気を取られて反応が遅れた。


しかし、神使は私に触れる前に横から何かにはねられたような勢いで吹き飛ばされ、地面に転がる。


「ノル タッフ マ イノス!!」


激しい怒りを表すように大声でそう叫んだ、タックルの主────ルザールのお姉さんは、下敷きになった神使をギラギラ光る銀の瞳で見下ろした。



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