09 浮遊する
小鳥のさえずりで目を覚ますと、赤い瞳がこちらを見つめていた。
「わっ?!!」
びっくりした……!
心臓に悪い…一気に目が覚めた。
「…何してるの、ジル。」
バクバクする心臓を抑えるように胸に手を当てながら上半身を起こすと、ベッドの脇の椅子に座ってこちらに寄り掛かっていたジルも体を起こした。
「そろそろ起きるかなと思って。」
「びっくりするからもっと離れて様子を見てくれない?」
悪魔の距離感近すぎない?
あの距離だとお肌の粗とか見えちゃうんじゃないの?一応乙女ゲームのヒロインだしその辺は大丈夫かもしれないけど。まだ9歳だし。
にしてもこの悪魔はムカつくくらい整った顔面でいらっしゃるわ。見た目的には10代後半くらいだけど……肌もキレイだったわね。
攻略対象に紛れてもイケる…いやこっちの方がイケメンかもしれない。攻略対象はサイコ兄貴以外実際に会ったことないけど。
「朝ご飯はいつも軽くって聞いたんだけど、オレンジでいい?」
「オレンジ?」
ジルに付いてテーブルに向かうと机の上にはオレンジがごろごろ転がっていた。
「ザッハさんが採ってきたやつ。」
いつの間にかザッハさん呼びになっている。朝ご飯のことやオレンジの話を聞く程度には関係も悪くないようだ。
第一印象が最悪みたいだったから心配したけど────あれ?
「私、昨日もしかしてここで寝てた…?」
「うん。僕が戻ってきたら、壁に寄りかかって寝てたね。」
あのまま寝られるとは……道理でその後の記憶がないわけだわ。
「ベッドに運んだけど動かしても全然起きなかったよ。」
「私一度寝たら中々起きないのよ…。」
思わず片手で頭を押さえる。
説教が終わったら寝てるとか……昨日の約束通りザッハが持って帰って来てくれたであろうオレンジを見るとさらに罪悪感が…
「そうだね。」
「────もしかして寝てる間にイタズラとかした?」
顔に落書きとかされててもここ鏡無いから分からないわ…!
「え?!…してない。」
「何よその間は。」
怪しい…。
「神に誓って何もしてないよ。」
「何で悪魔が神に誓ってるのよ。」
胡散臭さ倍増じゃないの。
「まぁいいわ。で、オレンジだっけ。十分よ。」
机に転がるオレンジを見てたらお腹が空いてきた。オレンジって、ザッハはどこまで行ってきたのかしら。
「ちょっと待ってて。」
ジルは手を洗ってナイフとお皿とカップを持って来ると、オレンジを2つカットしてお皿に乗せた。
そして残りのオレンジは全て半分にしてカップの上で絞った。ジルの握力で、半分のオレンジが見るも無残な萎み方をしている。
そんなに固くないけどそこまで無駄なく搾れるとは…人間ジューサー……あ、人間じゃないわ。
今度りんごでも搾ってもらおうかしら。
「結構握力強いのね。」
「悪魔だから基本身体能力は高いんじゃないかな。」
滴り落ちていく雫を見ながら昨日のことを思い出す。
「ふーん……そういえば召喚した時魔法陣の上で浮いてたけど、空って飛べるの?」
「後で飛んでみる?」
「出来るの?!」
思わずテーブルに手をつき身を乗り出して問うとドヤ顔で返された。
こんな魔法のない時代に生身で空が飛べるとは!悪魔様々!ザッハには悪いけど召喚して良かった。
朝食を済ませると早速着替えて外に出る。
この先夏になったらこの辺は虫が出そうだな……守りの力でもモノにしてたら常にバリアで虫除け出来たのに…
「じゃあ宜しくね。」
立っているジルに前から手を伸ばしたが硬直してしゃがんでくれない。
「え、前からこう持つの?」
ジルが両腕で抱き締めるジェスチャーをする。
「おんぶで飛ぶのも変でしょ?」
見た目も変だしすっごく不安定そう。
空飛ぶ二宮金次郎みたいな…
「…ここは普通お姫様抱っこじゃない?」
「こっちの方が楽じゃない?前傾姿勢で飛んでも落ちにくいし。」
お姫様抱っこだと直立姿勢じゃないと危なそうだわ。
「前から抱きつかれるのはちょっと……」
「何よ。」
「風紀的に宜しくないんじゃないかな~。」
「悪魔にも風紀とかいう概念があったのね。」
「えぇ~……あるよ。」
思春期の少年みたいなこと言うわね。
寝起きに覗き込んで来てた奴と同じセリフとは思えないわ。
「じゃあこうしよう。」
思いついた風なジルが後ろから私の脇の下に腕を回して取り押さえるようなポーズで持ち上げた。
「おかしい!おかしい!絶対に間違えてるわ!」
親に捕まった悪ガキみたいになっている。
もしくは捕らえられたエイリアン。
「駄目?」
「そもそもこのまま飛んだら体がブラブラするし、私が巣穴に運ばれるエサにしか見えないでしょ。」
「そんなことないよ。」
「…今笑ってるでしょ。」
このポーズだと顔が見えないけど体が小刻みに揺れている。こいつワザとこの持ち方したんじゃないの?
「とにかくこれは却下!」
協議した結果、お姫様抱っこが一番マシというところに落ち着いた。
「では飛びます。」
地面を軽く蹴るとふよふよと浮かび上がる。
地面が少しずつ遠くなって木のてっぺんくらいの高さまで来た。その高度を保ったまま周辺をうろうろ浮遊する。
「かなり見渡せるのね。」
これで昨日鳥を探してきたのかしら。
ここからだと動物も見つけやすそう。次は杖も持ってきて上空からの狩りと洒落込もうかしらね。
「どこか行きたいところある?」
「そうね…あ、町に調理器具を買いに行きたいわ。ジルに選んで貰った方が良いし。」
私は料理しないから何が必要かイマイチ分からないのよね。
一度家に戻って資金調達用のブレスレットとマント代わりの布を取ってくる。
残りの貴金属もそろそろ隠し場所をちゃんと考えないとね。人が来ないとは言え空き巣に入られたらおしまいだし。でも持ち歩くのも身に付けとくのも邪魔なのよね…
「そういえばジルってどのくらいの速さで飛べるの? ザッハは町まで2時間くらいだったけど。」
「どうだろ。そこまで速くないけど、直線で行けるからそんなもんだと思うよ。」
その後は町について話しつつ飛んでいく。
速度的には安全運転、といった感じだった。
飛んで町に入ると目立つどころか魔物認定されて攻撃されそうなので、町から見えそうな辺りに差し掛かる前に地上に降りた。
ここからは歩いて行く。
「はい、ジルもこれ被って。」
ジルに布を渡して、私も自分の分を被る。
「その尻尾どうにかならないの?」
「あぁ、これでどう?」
布からはみ出た細長い尻尾を指摘すると、ジルはスラックスの中に尻尾を突っ込んだ。
全部綺麗に収まったので、私はグーサインを出す。
「じゃあ行こうか。」
町に入るとクレイグを探しながら通りを歩く。
最初に案内させて以来、町に来た時はこの通りを歩いていたらその辺でブラブラしていたのを見つけたんだけど…居ないわね。
「何か探してるの?」
「この町の歩く案内板みたいなヤツがいるんだけど……」
「ふーん、便利そうだね。」
あまりにもあっさり会えるものだから家とか居場所を知ってる人とか聞いてないわ。クレイグの馴染みの店の人に聞けば分かるかしら。
「見当たらないからそこのパン屋さんで聞いてみるわね。」
ジルを店の前で待たせて、持ってきた小銭でパンを買いつつおじさんに聞くことにする。おじさんは私を覚えていた。
「久しぶりだね、お嬢ちゃん。」
「お久しぶりです。あの、クレイグが何処にいるか知ってるかしら?」
台にパンとお金を置いて、背伸びして身を乗り出して尋ねる。
「クレイグならミシガルに行っているよ。」
「ミシガル?」
確か………この辺で一番大きい町だったわね。
「なんでも警備隊になるとか………入隊試験と合宿があるらしいよ。」
「そうなの? じゃあ当分帰って来ないのね。」
警備隊は各地域で魔物や悪党から町や村を守る役割である。ゲームでは騎士団は出て来たけど警備隊は出なかったな。
鍛えてそうな体してたし、正義感も強そうだし、向いてるんじゃないかしら。
「アイツが居ないとちょっと寂しいね。はい、おつり。」
「ありがとう。」
パン屋さんを出ると買取のおじさんのところへ向かう。
クレイグが居ないとなると前回よりも値が下がるのは覚悟しておいた方がいいわね…おじさんが私を覚えていても相場を知らないだろうからって足元を見られるかもしれない。
「こんにちは。」
ジルの見た目がもっと屈強な男だったら威圧感でも出せたのに…
無い物ねだりをしながら店に入ると、おじさんが読んでいた本を置いてこちらを見た。
「あぁ、この前の。また何か持って来たのかい?」
「これなんだけど…どうかしら。」
ブレスレットを出すと、思っていたよりかなり多い金額を提示された。
というかこのおじさん普通の骨董品屋みたいなんだけど、どこにこんなお金あるのかしら…
生活に余裕ありすぎじゃない?
「クレイグに頼まれててね。お嬢さんからの持ち込みは適正価格で、って。」
おぉ、クレイグ出来る子じゃない!
この前分け前を渡しておいて正解だったわね。
どうやら「次も頼みたいし」と理由を付けたのを律儀に受け取って話を通してくれたらしい。
「ありがとうおじさん。今度は何か差し入れ持って来るわ。」
おじさんは変なものが好きそうだからよく分からない魔物の殻とかでも喜びそうではある。
実際店に魔物の爪とか置いてるし。
……むしろ買い取ってもらえるんじゃ…今度魔物を殺ったら持って来ようかしら。
魔物の持ち込みとか素性を怪しまれるかもしれないけど、おじさんなら気にしないかも。
今後の生計に一筋の光明が見えたところで本命の調理器具の調達の為大通りへと足を向ける。
歩いているとジルに被っている布を引っ張られた。
「どうしたの?」
「ゴロツキみたいな3人組に尾けられてるけど、どうする?」
これは…あれかしら、カツアゲイベント。
路地裏か町外れに行けば襲って来るのかしら。
「…人目に付かないところに行きましょう。」