先生の訓練
「グローリー君の場合、筋肉の量がとても多くて、密度も高いんだけど、その場合、柔軟性に乏しく怪我し易いってのが一般的なんだけど、君は怪我しないからね。単純なクッション性による衝撃吸収と、関節可動域を広げることによる行動の可能性を広げることを重点的に鍛えるのがポイントです」
グローリーの手を取り、豊満な身体を惜しげもなくくっつけ、グローリーの身体を伸ばしていく先生。
アサシンマスターに似て、更に豊満な彼女に触れることで、今まで味わったことの無い、不思議な感覚をグローリーは覚えていた。
「筋肉トレーニングなどで筋肉が増えることにより、血流が増えスタミナが増えたり、乳酸が溜まりにくくなって持久力が増えたりと、良いことも多いのだけれど、逆に筋肉が付きすぎることにより、関節の可動域が狭くなり、ちょっとしたことで筋を痛めたり、腱が切れやすくなったりするんだよね。君の場合は、痛みも感じづらいから、ちょっと無茶しすぎて腕が取れたり身体の一部が取れたりするかもしれないねー。だからこうして、予め柔軟性をつけておくことで、何らかの衝撃、外力にも強い身体を作っていきましょう。中々効果が出ないから焦れるかもしれないけど、気を紛らわせるために他のことをしながら、ちょっとずつ伸ばしていきましょう」
グローリーは思わず懇願する。
「先生、わかったから、身体を押し付けるのやめてくれない? 一人で出来るから?」
グローリーがそう言うと、くすくすと笑う先生。
「えー?なんでー? 柔軟は、誰かと一緒にやった方が効果が高いんだよ? それとも、私の事が嫌い?」
あからさまに悲しそうな顔をする先生。
アサシンマスターを泣かせてしまったような罪悪感を覚え、バツが悪そうにグローリーが答える。
「そうじゃなくて! 先生にくっつかれると、何か変な気分になるから嫌なんだ!」
先日まではしっかりとしたコミュニケーションも取れなかったグローリーが、見違える程に活発になり、円滑にコミュニケーションが取れるようになったことにより嬉しくなる先生。
そして、ここまで極端な変化は珍しいが、グローリーが『炎の龍から知識を植え付けられた後の後遺症』がこれから来ることを知っているからこそ、この一回目の訓練が非常に大事であることを知っていた。
「その変な気分は、嫌な気持ちになりますか?」
「嫌じゃないんだけど、何かムカムカする! 何かさっきから腹のあたりもおかしいし、龍のおじさんの所でチクッとされてから何か色々とおかしいんだよ!」
律儀に身体の柔軟は続けながら、グローリーは怒る。
怒っている自覚は無いのだが、叫ばずにはいられなかった。
「それはですね。あなたの感覚が今、炎の龍殿によって鋭くされているからですよ。元々あなたは欲求による衝動が限りなく無い生き物だったんです。それは当然で三大欲求を満たさなくても死なないからです。そこに最初に知識を得て、感覚を得たことにより自覚し、更に感覚が研ぎ澄まされることにより、あなたは認識していないながらも、感覚だけが先行して不快感を覚えているのですよ」
「三大欲求?」
「そうです、知っているはずですよ、『食欲』『睡眠欲』『性欲』です。最初の2つは、どちらも欠けたら死んでしまうもの、最後の一つは種の反映のため。そのどれもが、貴方には不要だったから、新しく発生した感覚に、戸惑っているんですね」
先生がグローリーの身体に触れ、身体の筋を伸ばすと同時にグローリーの身体が震える。
炎の龍の知識の埋め込みの反動が襲ってきているのである。
まず、最初に襲ってくるのは感覚の鋭敏化。
三大欲求による欲望が身体を蝕み、その後、視覚・聴覚等の五大感覚、更には第六感まで研ぎ澄まされるため、何かに狙われているような、体全身、隅から隅まで触れられているような不快感を覚える。
その後で襲ってくる激しい嫌悪感。
知識が無い状態では何とも無かった、過去自分に行われてきた所業、そのどれもがどれほどえげつなく、人の所業で無く、忌避されるものだったか。
その全てが急激にグローリーを蝕んでいく。
この変化は、炎の龍の知識の埋め込みを行われた誰もが襲われる。
約2日に渡り、この禁断症状には悩まされ、2日間を龍から離れることにより感覚の鋭敏化が軽減化される。
次の5日間で再度感覚の鋭敏化を施すことで、再び残り2日間、禁断症状に蝕まれる。
それを繰り返す。
繰り返すことで耐性をつける。
ここで耐えれないものは皆揃って廃人となり、別の役割を与えられる。
グローリーの場合は、その能力的特徴により、元々感覚が無いようなものだったため、その揺り戻しが激しく、通常よりもより強い嫌悪感に襲われることになる。
それを見越して、先生はグローリーの身体を伸ばしつつ、グローリーに気づかれない内にその体に髪の毛ほどの細い糸を巻き付けていた。
それが、彼女の借用技術により、強力な拘束具となる。
「私の役割は、貴方の筋肉、身体の作りを、炎の龍殿が鍛えて頂けたのを健やかな方向に解きほぐして行くことと、あなたの感覚を鋭敏化させつつ、その欲求に理性で打ち勝てるように、協力すること。だからこそ、最初の内はこうして身体を固定させてもらうけど、追々はこんなの無くても、にこやかにストレッチして、一緒にご飯食べて、一緒に寝るだけの2日間になるから、暫く頑張ろうね」
彼女の借用技術の一つである糸型の拘束具が、グローリーの身体を完全に拘束し、ミノムシのようになったグローリーは床に転がる。
うつ伏せになった彼の口にも、轡のように彼女の糸が巻かれる。
「ごめんなさいねー、今日からの二日間は、この状況でキープだから。私の休憩時間だけ休憩させてあげるけど、基本的に身動き取れないからねー。あ、基本的に死なないようにはしてるし、君は死なないから、辛いだろうけどなるべく意識を保ってね。意識切れたらちょっと痛い目見てもらうから」
横になってるグローリーの眼前に、湯気が上がる肉の塊が置かれる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
過去、まともに食事を摂取したことの無かったグローリー。
先日、地獄から連れ出してもらった後、簡単な食事を食べさせてもらったが、基本的に食事を必要としない彼に取っては、周りの見知らぬ人間に気を使っていたこともあり、味などわからず、満足感など無かった。
だが、感覚を鋭くされている今、目の前にある肉の塊は、たまらなく魅力的に見える。
睡眠欲に関しては、意識が途切れるたびに彼女の針が耳から直接脳を軽く刺激する予定だ。
直接脳を刺激されると、雷が落ちたような衝撃が身体を襲い、確実に寝ていることは出来ない。
暗殺者に取って、睡眠をいつでも取るという技術よりも、睡眠を我慢するという技術のほうが習得するのが難しい。
そのため、このタイミングで同時に習得出来るよう無茶をする。
そして、性欲を刺激するのは。。。
「よいしょっと」
ミノムシのように拘束されて寝転んでいるグローリーの背中に、先生が覆いかぶさる。
その暖かさが、その肉感が、グローリーの中で認識していなかった欲望に変わる。
「先生は最初からそういうつもりです。でも、させてあげることは出来ません。あなたは技術として、相手をそういう気分にさせても、貴方はそういう気分になってはいけません。だから今、我慢を覚えてください。まぁ、その間、先生は暇ですから、貴方の筋肉をほぐさせてもらいますけどね」
わざと身体を密着させていた先生は、グローリーの筋肉に触れていく。
グローリーの身体は、欲求を満たすために邪魔な拘束を外そうと、身体全身に力が入っているため、筋肉自体は完全に膨張・硬直しているのだが、先生はそんなのを気にせず、ぐっぐと筋肉を押したり、サラッと触ったりする。
彼女の拘束具として使っている糸は、針・灸と同じように使うことも出来、硬直していてもお構いなしに、グローリーの全身をほぐしていく。
自然と硬直と弛緩が交互に繰り返されるため、血液の循環量が増える。
すると、血の巡りと同調するように、心臓の鼓動が高まり、欲求が増していくような感覚に襲われる。
「みんな、これを乗り越えて笑顔になってあの場に居たのです。あなたはあの方の最後の弟子。乗り越えられないわけがありません。まぁ、乗り越えるのが幸せなのか、ここでリタイヤするのが幸せなのかは私にはわかりませんが、先という意味では、ここを乗り越えることを、私はオススメしますよ」
先生は世間話を続ける。
それは、グローリーの苦痛を少しでも和らげようとして生まれている言葉なのだが、苦痛の嵐に襲われているグローリーには届かない。
やがてグローリーは、一度目の限界を迎え、意識を失った。