龍のおじさんの訓練
週七日の内五日。
グローリーは炎の龍の元へ通うこととなった。
最初に行われたのは記憶と知識の植え付け。
「動くなよ」
グローリーを後ろを向かせ立たせる。
その脊髄に向かって、口から鱗の一欠片を打ち出す。
脊髄に刺さり、痛みを感じづらいグローリーだが、神経の発する電気信号に抗うことは出来ず、身体が跳ねる。
「えっ!? 何これ!?」
すると、普段とは違う、流暢な言葉がグローリーの口から出る。
「それは、ワシの知識を溜め込んだ鱗じゃ。お主の仲間にも全て刺しとる。それによって、お主の頭のなかに、必要な知識を全て埋め込んでおる。この世の成り立ちから、生きていく最低限の知識、効率的な身体の使い方まで。言葉もそう。だが、ただ単にお前は知識を持っておるだけ。それを引き出すための訓練を、これから行っていく」
「訓練? 何するの?」
グローリーは、埋め込まれた直後から、よりはっきりした意識と、見えているものがより鮮明に、よりくっきりとわかるようになった感覚の変化に戸惑っていた。
記憶喪失から記憶が戻った時のように、文字通りハンマーで頭を殴られた時のような衝撃とと共に、彼の世界は広がっていた。
「走れ」
「えっ?」
「走ることをは、身体の機能を認識するのに必要な動作が全て詰まっておる。とにかく走れ。我が火を吐くからそれに焼かれんようにな」
そう言うと、大きく息を吸い込む炎の龍。
今までの経験上、痛みには強い自覚のあるグローリーは、自らの身体の快復能力もあって、炎の龍を見くびった。
いっきに身についた知識が、彼を慢心させた。
「がぁああああああああああああああああ!!!!!!」
炎の龍から炎が吐き出される。
炎の龍はあえて炎をグローリーの中心線から外して、彼の腕を掠めるように放つ。
「っ!?!?! 痛いぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?!」
炎がかすめた左腕をかばうように、その場から跳ねて飛び退くグローリー。
左腕は、外的から与えられた外傷のため、すぐに元に戻るのだが、今の焼け付くような痛みは記憶に残る。
「何で。。。 えっ?」
信じられないように、既に治っている左手を見るグローリー。
それをカラカラと笑いながら、答えを告げる。
「お前は痛みに鈍感で、危機感が足りんからな。さっき、頚椎に差し込んだ際に、痛みを100倍に感じるよう神経をいじくっておいたわい。安心せい、訓練の時だけ倍化させるだけで、終わったら元に戻してやる。それよりどうだ、自分に何か力が増えた感覚はあるか?」
余計なことをと思いつつ、グローリーは自分の手や身体を探る。
「特になにも。。。。?」
「ふむ、やはり駄目か。嫌悪感は抜けんが、さっきのあれで力を分け与えるよう、バイパスを繋いだつもりだったが、切れてしまったか。やはりお主は借用技術は使えんようだな」
「普通なら、使えるようなったらわかるものなの?」
手をニギニギ開いたり閉じたりしてみるが、自分に新しい力が増えたような感覚は無い。
「ふむ、ワシもよくわからんのだが、力を貸し与えた者達は、誰もが強弱あれど、その瞬間から火を放つぐらいは出来ておったぞ。尤も、ワシの能力は炎以外もあるのじゃが、大抵火の上級の技は使えるようになるでの」
アサシンマスターが確固たる地位を築いた、その組織の原動力に、炎の龍の借用技術付与があった。
大いなる存在が近くに居るということが、同様の組織に一歩抜きん出る原動力になっている。
「まぁ、使えなくてもいいや。使えないって、師匠にも言われたし」
手を頭の後ろに組んで、にかっと笑うグローリー。
部屋に入ってきた時のおどおどした雰囲気は欠片もなく、知識を得たことに寄る不安が無くなり、言語能力も向上したため、コミュニケーションもまともに取れるようになった。
しかし、この後、その代償を支払うことになるのに、まだ気づいていない。
「ふむ。まぁ、ワシはどうでも良いのだがの、だが、良いのか?」
「ん? 何が」
訪ね返したグローリーは、そう言えば周りがやけに明るくなったことに気づく。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには、炎の柱があり、柱が分岐し、まるで腕を上げて『やぁ!』みたいに来やすい態度の炎の柱がそこに居た。
それを見て、グローリーは先程の痛みがフラッシュバックしてきて、冷や汗が止まらなくなる。
「ワシはどうでもいいのだが、お主、痛みに耐えれるのかのぉ?」
「わああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
走り出すグローリー。
歩幅は小さいが、知識を得たことで、ある程度の動かし方をしり、たどたどしいが駆けていく。
そのギリギリの速度を見極め、炎の龍は炎の柱を動かす。
予定ではここから一ヶ月は、限界まで走らせ、その後戦闘訓練を行う。
しかし、基本的に知識等は埋め込み済みのため、反復練習による反射的行動と、脳内の引き出しを開けるための作業になる。
植え付けられなかった知識は、アサシンマスター直々に教えることになるのだが、それは少し未来の話。
実際の所、植え付け後、植え付けられた知識を用いるには、痛みを伴うため、ある程度のインターバルが必要となるのだが、グローリーはその過程を省き、ある程度使いこなせている。
そのことに驚く炎の龍なのだが、情けなく泣きわめきながらトテトテと走っているグローリーを見て、本当にこいつが最高傑作となり得るのか、首をかしげる炎の龍なのであった。