検診
「はーい、口を開けてくださいねー」
白髪の白衣を来た老紳士に口を開けられるグローリー。
言われてる意味がわからなかったが、指でぐいっと広げられた時に理解し、あーんと開ける。
「おぉ、良い子良い子。良い子は痛くしなくて済むからねぇー」
老紳士はにこやかに答えながらテキパキとカルテを埋めていく。
しかし、以降の項目に関して目を通すと表情を曇らせる。
「んー、これは後で良いかなぁ。そのうち怪我することもあるし、その時で」
と、何か言いかけた所でドアがノックされる。
『教授、私だ。入っても良いか?』
「開いとるよー、入っといで」
ドアが開き、部屋に入ってくるアサシンマスター。
その姿を見て、表情は変えないものの、座っていた丸いすから飛び降り、トテトテと走り、アサシンマスターの足に抱きつく。
その姿を微笑みながら見つめ、やがて老紳士に視線を移す。
「それで教授、どうだい?」
「んー、身体自体は健康そのものなんじゃが、報告にあった通り肉体年齢は大人と同じじゃ。しかし、使い方をわかっていないから、外見と同じような運動力程度しか発揮出来とらん。訓練すればある程度は鍛えられるかもしれんが、能力が能力じゃから他のガキンチョ共と同じように成長出来るとは思えんのう」
表情を曇らせる教授と呼ばれた老紳士。
しかし、それを聞いてもアサシンマスターは笑みで返す。
「地力はそんなものだというのは理解している。でも彼の能力がある。薬への耐性もある。だからこそ、誰も使えなかった、否、使う必要の無かったあれが使える」
その言葉にさらに眉間に皺を寄せる教授。
「あれを使うのかい? この子に、更に痛みを重ねると?」
「痛みを感じても、自由に生きられるならそれが一番だろう? 何、人は誰しも生きてれば痛みを感じるし、この子はそれに誰よりも耐性がある。嫌と言われてもやるしかない。私には彼に教えるだけで、それをどう使うかは彼次第だ。彼は名実共に、実力のない現時点で弟子達に認められたんだろう? そうなると、この子が本当に必要なことは、必然的にそうなるさ」
その言葉にため息を吐く教授。
「ならば、お主の弟子達と同様にこの子の身体能力的訓練メニューじゃが、まず、筋肉量が同体型の者よりも遥かに高く、骨も圧倒的に太く密度も高い。それは運動能力が高いということじゃが、関節可動に大きな問題を抱える。じゃから、筋肉量を増やす方向ではなく、瞬発力と柔軟性を鍛える方向に伸ばす。幸か不幸か、この子は暗殺者向きの身体つきじゃからな。しかも背も低いし童子と間違えられることを利用する方向性でも何でも出来るじゃろ」
その言葉に頷くアサシンマスター。
更にため息を重ねつつ、戸棚の奥からジェラルミンのケースを取り出し、ケースを開ける。
中にはアンプル5つと注射器1つ。
「これが例のあれじゃ。とりあえず合間を見て5つ作って置いておいたもの。使い所は任せるが、追加生産は時間がかかる。一年程度訓練した後、使用すれば急激な身体の変化に、身体の柔軟性がついていくじゃろうて。でも、その前に、きちんとコミュニケーションが取れるようにすることをオススメするがの」
いつの間にか、自分の手首を噛み切ろうとしていたグローリーの口を塞ぎ、暴れるグローリーを押さえつけながら苦笑するアサシンマスター。
「あぁ、そうだな。あと、この子の自傷癖を治さないとな。この力をむやみな人間に知られるのはまずい。アンプルの生産にはこの子の血を使うといい。採取はしたのだろう?」
「いや、採っておらんよ。どうせしばらくしたらこの子も怪我だらけになるじゃろうて、その時にでも採らせてもらうよ」
「この子は怪我、するのかねぇ」
グローリーの指や足で、顔や胸を無茶苦茶にされながらアサシンマスターは苦笑する。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
グローリーを床に置くとそのまま立ち去ろうとするアサシンマスター。
だが、老紳士はその手を取る。
「この子が自傷しようとするのは、誰かを治そうとする時と聞いとるよ。そしてお主、今ボロボロじゃろ、気休めにしかならんが、傷の治りを早めるから30分、この部屋に居なさい。じゃないと、この子は自分を傷つけ続けるぞ」
いやっと断ってそのまま出ていこうとするが、グローリーがアサシンマスターのズボンを引っ張る。
横になれと言ってるように感じ、苦笑する。
「じゃあ、世話になるか。お前の世話にならなくても大丈夫だから心配するな」
そう言い、頭を撫でた後、ベッドに向かって横になる。
「傷、見られるの嫌じゃろうから、修復効果のある薬液と、借用技術の回復促進神域技術をかけておいたる。30分程度の効果じゃから、その後は好きにせい。ただし、軟膏と注入薬、飲み薬を置いておくから自分で治療しなさい」
「すまないな」
そう言い、とろんとした表情になるアサシンマスター。
強がるのには慣れているが、中々限界だったらしい。
「そうそう、寝ちまう前に、ちょっと面白いものを見せちゃろうかの」
そう言い、丸椅子を引っ張ってきてベッドの横に座る教授。
その膝の上にグローリーを乗せる。
「じゃん!」
白衣のポケットから小さいカミソリを出す。
何をするのか検討もつかないアサシンマスターは、ぼーっとしながら首をかしげる。
その顔をニマニマと見つめながら、グローリーに『ちょっとだけ動かんでくれよ』と言い、頭を固定する。
その後、ショリショリと、身体の大きさに似合わず生えている顎髭を剃り始めた。
「この坊主、恐らく、投薬等によって後天的にこの能力を発言したからか、身体の成長は完了しておる。というより、ある一定のとこで身体が固定されておるのじゃ、だから欠損したとしても、記録された時間まで肉体が戻っておると言っていい。回復するというより元に戻るのじゃ。だからか、ここに弊害が」
髭を剃り終わり、身体を持ち、グローリの顔をアサシンマスターに近づける。
「ん?」
近づけられた顔をまじまじと眺めるアサシンマスター。
すると、グローリーの顎の部分がムニュムニュと動き、シャキン!という効果音と共に、顎髭が、生えた。
「ほれ、この通り。成長するかどうかは今後の観察次第じゃが、今のところ、髭と髪、爪等、日に日に変わる所が坊主は一定で変わりなく、仮にそこを切ったりしても身体が欠損として反応しちまうようじゃ。これじゃ、変装等は工夫が必要じゃの。当然、垢の老廃物も出んから、風呂入る必要性が薄いというのが、人によっては利点かもしれんがの」
きょとんとしている顔と、髭が一瞬で生えるというギャップに、アサシンマスターはくっくっと堪えられないように笑い出す。
「確かに、これでは、少年好きのターゲットを落とす時は、っくくく、苦労しそうだな、あっはっは、あぁ、傷が痛い、あっはっはっは」
最終的にはくの字に折れて笑い出す。
なぜ笑われているのか、わからないグローリは、再度別の方向に首をかしげる。
この顎髭が、グローリの数多くのコンプレックスの一つになるのだが、それはまた、少し未来の話。