彼が師匠と呼ぶ人
またちょっと残酷描写あります。
「君がGHか」
声が聞こえた。
彼が聞いたことの無い高い声。
目の前の人が女性であることや、普通と違うことも彼にはわからなかった。
彼は何も知らないから、『普段と違う人』がそこに居るということしかわからなかった。
「ふむ、瞳から光が消えているのに意識はあるのか、珍しいね、無知なだけか」
何を言っているのかわからない。
でも、自分のことを言っているということだけはわかった。
「えっと、アサシンマスター殿? 我らは女帝の命でドクターの」
「わかっている、わかっているよ拷問監殿。君らの職務はわかっている」
彼女が手で発言を制した。
灰色のコートを手に持ち、短髪で身長の高い彼女は、拷問監から見たら極上の女なのだが、そのような雑念を持つことも出来ない雰囲気を感じていた。
なぜだかわからないのだが、下手をすると殺されると感じていた。
「これは、アサシンマスターである私の権限で『新人採用』しているだけだよ。女帝とドクターの許可は後で私が取る。だから君らのこともお咎め無しに当然させて頂く。もし君らが責任を取らされ殺された場合、この私の意向を無視したということで私が彼女らを殺すから、安心して死に給え」
その言葉に拷問監は反応する。
彼らの最上位の人間は女帝。
反感も恐れも覚えるが、最も崇めるべき相手。
それをけなされたのだ。
誰であってもそれを許すことは出来ない。
彼らはそう教えられた。
だからこそ、彼らは武器を手に取る。
既にムチを持っている者はムチを。
もう一人の休んでいた者は、『何かあった時用』の牛刀を手にしそれを彼女に振るう。
彼女はそれを見て『やれやれ』と呟く。
『死ね!』
振るわれるムチと刀。
それが彼女に触れる。
だが、音はしない。
当たった音はしない。
男達は目を見開く。
手にしたムチは彼女に触れた部分から消失していた。
手にした牛刀は彼女に触れた部分から消失していた。
「君達では私は殺せないよ。殺しは私の特権だからね」
彼女は両手でそれぞれの男の顔を持つ。
そのまま、彼らの後頭部から落とすように地面に叩きつける。
独房の床が凹む程の衝撃と音が発生し彼らは絶命していた。
だがその死体には奇妙な所があった。
彼女に掴まれていた顔が、完全に焼けただれていたのだ。
「さて、GH君、君が私が貰うよ。意味はわかるかい? 君は私の物だ」
彼女はポケットからハンカチを出し、手を拭いながら彼が拘束されている鉄製の拘束具に触れる。
すると音を立てずに拘束具が溶け、彼が地面に落下する。
それを優しく彼女は抱きしめた。
「上の連中は君のことを『医学の確信だ』とか『食料事情の完全解消だ』とか『完全なるエネルギー体』だの何とか言うが、そんなことはどうでもいい。君は君だ。私が君を救う手段が限られていて、こんな救い方しか出来ないのは許して欲しいのだが」
言葉はまだ続いていたのだが、彼はもがいて彼女から抜け出す。
「おい、こら!」
彼女は彼を再び拘束しようと手を伸ばす。
だが、彼は止まらない。
進む先は絶命した二人の元。
「っ!!!」
彼は自分の手首を噛みちぎる。
すると、普段とは異なり、血が流れ出す。
傷は、治らない。
「っ!!! くっ!!!!」
流れる血が少ないと感じたのか、彼は傷が広がるよう、手首を曲げたまま床に叩きつける。
何度も何度も。
すると、骨が見え、ブチブチと肉が切れ、手がプラプラと力なく揺れる程度になる。
「。。。」
それを見て彼は微笑む。
ようやく自分の想定通りになったと喜ぶ。
彼は生まれて初めて笑顔になった。
自傷することで笑顔になったというのが、彼の悲壮感に拍車をかける。
ズリズリと這いずりながら彼らの近くに身体を寄せ、その血をかける。
すると、かけられた男から煙が立ち上り、見るも無残に焼けただれていた顔が元に戻っていた。
そのままかけ続ける。
叩きつけられ、潰れてしまった後頭部を治すため、かけ続ける。
彼をひっくり返し、直接かければより効率的なのだが、彼にそこまでの知性は無かった。
暫くすると傷に届いたのか、後頭部から煙が立ち上る。
ある程度様子を見て、煙が消え去ったのを確認してから、彼はもう一人にも同じように血をかけ続けた。
血をかけている彼の顔は、血を失いすぎたのか青白くなっている。
だが、見慣れている者以外、元から青白いため区別がつかない。
彼自身『血を失い続ける』ということも、物心ついてから初めてだったので、その体調の異変が何なのか気づいていなかった。
痛みには慣れていたが、体調不良には慣れていない。
皮肉なことだった。
やがて、絶命していた拷問監二人の傷は治った。
絶命していたはずなのに、呼吸すら戻っている。
今はただ、気を失って寝ているだけだった。
それを見届け、彼は前のめりに倒れる。
だが彼女がそれを許さなかった。
「驚いたな」
彼女は彼の脇の下に手を入れ、彼を高い高いの要領で持ち上げる。
「君は、死んだ者すら生き返らせるのか。レポートで見た時は眉唾だと思っていたが、想像以上だな」
彼女が秘匿されていたレポートを強引な手段で奪取した際に書かれていたのは、箇条書きの以下の内容だった。
・ GHの破壊検査の結果、頭部50%、首下50%損失しても他者からの外傷の場合修復可能。
傷の修復速度は、外傷の種類ではなく面積比・体積比に依存する。
・ GHの頸部切断実験の際、完全切断しても頭部より身体が再生する。
頚椎以下の肉体はそのままの状態で残り、特性は失われ肉塊としての価値しか無い。
・ GHが自傷した場合、傷はそのまま残る。
ただし、GHが傷口を傷口でなぞる、もしくは舐めるなどの粘膜接触を行った場合、通常と同様に修復する。
・ GHの傷口修復の際に超回復は起こらない。
よってGHの肉体の大きさは6歳程度の大きさで固定されているが、筋肉量等の増強は可能。
体積は変わらないが質量が上がることにより、運動能力の向上は可能と思われる。
※ 必要無いため追実験は行わない。
・ GHの血液には、他者を修復することが可能である。
死後150分の死体に対し投与した結果、頭部全損でも復調可能。
しかし、160分の刺殺死体に対し投与した際には反応無し。
効果にはある程度の幅が認められる。
等々。
そして最後の一言。
・ GHには運動特性以外の適正は無い。
頂上、上級、中級、初級、全ての借用技術の使用が不可。
GHの回復能力が、キャパシティを専有しており、GH本人が世界に祝福されていないためと推測される。
この世界には人間が用いる能力として、通常の運動能力の他に借用技術というものがある。
その力は大きく分けて三種類。
魔力、龍力、神力。
その力の内訳の詳細を示す前に、この世界に存在している人間以外の種族について説明する必要がある。
一つは魔族。
人間とは異なり異形の種族。
人を食らう種族も居るが、ネガティブなイメージではなく、単純に種族特性が異なり、毒性の強い土地を主に縄張りにしているため、魔の者ということで大きくくくられる。
種類も多岐に渡り、人間の言葉を解する者も多い。
二つ目は龍族。
こちらは魔族と似て人間とは異なる異形の種類だが、空を制している。
その身体には鱗があり、強大な力を有している。
三つ目は神族。
神とは言っても、一般的な神の存在とは異なり、ほぼ人の姿と変わりない。
しかし、その能力は破壊ではなく、人を癒やし、生活を豊かにする能力を持っており、人間に友好的な種族。
戦闘能力は低く、人間より劣る場合もあるが、特殊能力の恩恵を得るため、魔族・龍族・人間族とも不可侵の規定が存在する。
それぞれの種族が存在しているが、種族同士の争いは基本的に存在しておらず、争いが発生するのは主に人間の間のみである。
そもそも、人の身で、他の3つの種族が収めている領地にたどり着くこと自体が不可能に近いため、争いが起こりようが無いというのが正しい。
話を元に戻す。
世界には人間以外に3つの種族が存在するが、その3つの種族に気に入られた場合、力を借りることが出来る。
魔族に力を借りれば魔力を用いることが出来、魔力を貸してくれる魔族の特性に応じて、火を放つことや、空を飛ぶことも出来る。
もちろん、龍族、神族それぞれの力でも同様なことが出来、誰に気に入られるかで使用できる力が異なる。
使用できる力の種類は、気に入られた種族の個性に依存し、その出力も力を貸してくれる者の個性に依存するが、大きすぎる力を使う場合、肉体が耐えれない場合もあるが、大抵の場合、力を使う者を『気に入って』力を貸すため、身体を保持することに協力するため、滅多なことはおこらない。
どの種族の力を使いかということにはあまり意味は無く、誰が力を貸してくれるかということに重点がおかれるため、基本的に頂上な力を総称して『借用技術』と呼ばれていた。
借用技術を体系管理するために、力を貸してくれる者の力量・位階にて四種類に分類し、頂上、上級、中級、初級と分けていた。
この世界の誰もが初級の借用技術を使える。
魔族に分類される初級精霊が、その世界のいたる所に存在し、通常は生まれてから『火・水・風』の三種類の精霊に気に入られ、簡単な力を扱えるようになる。
そこからどの程度力を伸ばせるかは、本人のその後の生き方、努力次第である。
だが、彼だけは、GHだけは何の力も使えなかった。
初級精霊とも引き合わせたが、そのどれもが彼を怖がり、彼から逃げ出す。
そのため、彼は誰からも力を借りることが出来ない。
そう判断された。
彼を管理していたレポートの作者は、彼のその特性を、彼の回復能力の力の大きさが、他の力を借りる障害になっていると判断していた。
だからこそ書いたのだ。
『彼は世界に祝福されていない』
違う。
『私だけは君を祝福する』
と。
「君のその力は君自身で手に入れたものだ。手に入れる経緯が何にせよ、借用魔法が使えないにせよ、君が使える力だ。それに関して差別も区別もない。君が君であるように、君がしたいように、君の能力を使うべきだ。その力をそこのバカ共に、君を害したそこの者達に使った理由を教えてくれるかな?」
彼女はそう彼に尋ねる。
彼は、脇の下に手を入れられ、抱え上げられている状態で、自分の傷付いている手首を持ち上げる。
おもむろに口に持っていこうとして一旦止めて、抱え上げてる女の口に持っていく。
「飲め、と?」
彼女は眉間にシワを寄せる。
すると、抱え上げられてる彼は、視線を彼女の股間に向ける。
その後、少し視線を上げる。
その意図に彼女は気づき、苦笑する。
「あぁ、これか。これは、まぁ、傷と言えば傷だが自分で納得したものだからな。それに、そこを治すのであれば、飲むので無く塗ってもらう必要があると思うのだが、、、って、私は何を言っているんだか」
そう言いながら、自分で何を言っているのかわからなくなり、馬鹿なことを言い始めた自分に彼女は笑う。
「言葉。。。」
「ん?」
笑っている彼女を見ながら、キョトンとした彼はそう、呟く。
彼にとってそれは、初めて発した言葉だった。
「言葉、教えてもらったから。。。」
思ったよりも低い声に面を食らった彼女は、驚く。
たどたどしい言葉ながらも、彼の言葉をつなげると、拷問監に彼は言葉を教えてもらったのだと言う。
それは恐らく、彼らが話ているのをかってに聞き、彼がかってに学習したものであるが、彼は感謝しているのだ。彼らに。
それは恐らく汚い言葉だったのだろう。意味がわからない言葉もあったのだろう。
それを取捨選択したのは彼だ。
彼の学習能力は決して低くないというのを、彼女はそこで初めて知った。
「最初に、無知と言ったのは謝ろう、まぁ、あれは正直ムチと無知をかけ合わせたギャグなんだが、それはいい。いいか、君は私のものだが、君の人生自体は君のものだ。君の人生を歩む上で力になることを、私が持てる全ての技術を使って君に教えよう。先に生きてきたものとして、先生として、師匠として、私は君に全てを教えよう」
「せ。。。? し、、、?」
彼は理解出来ない。
今まで聞いたことの無い言葉の羅列に、しかし耳に聞こえのいいその言葉は、不快にはならない。
「そうだ、私は君の師匠だ。君は私の弟子だ。弟子は多いがその弟子達と同じく、君に全てを教えるものだ」
「し、し、しょ、う?」
「そうだ、師匠だ」
そこで初めて、彼には師匠が出来た。
決して長い付き合いではないが、忘れることの出来ない、彼が生涯ただ一人、師匠と呼ぶ人が出来た。
彼女は便宜上、彼と出会ったその人を彼の誕生日と設定し、その時点で記録のある13歳という年齢を設定した。
彼の特性上、年齢は意味が無いのではと後から聞いたことがあったのだが、彼女は酒を煽りながらカラカラと笑い「それは記念だから」と言っていた。
記念、たしかに記念だ。
彼が本当に自我を持ち、自分の人生を歩み始めたそのタイミングが、彼にとっては忘れられない一瞬だった。
後から振り返れば地獄だったと気づいたそれまでの人生も、彼女に出会うために必要なことだったと、後からになって思う。
それほどに、彼は感謝していた、彼女との出会いに。
「GHなどという名前に色気は無いなぁ。そうだなぁ、今は忘れても良いが、君はこれからグロリー・ハウンズと名乗るといい」
彼はその瞬間からGHという名前ではなく、グローリー・ハウンズとなった。
最も、その名前は不評で、一生『GH』という略称はついて回るし散々な結果になり、師匠には名前をつけるセンスが無いと後で嘆くことになるのだが、グローリーは初めて贈り物をされたという事実だけ認識し、口元を歪めた。
それが何なのかはわからなかったし、不器用だが、彼は確かに笑っていたのだ。
「な。。。ま。。。え。。。」
「ん? 私か? 私はな、、、」
グローリー・ハウンズ、GHという略称で名前の知られた最高の暗殺者として、世界中に知られるようになり、後に暗殺者を辞め、多くの人を護る者になる人間の、初めて関わった人間、それが彼の師であり、アサシンマスターの彼女。
その名前は。