彼の当時の日常
ちょっとだけ残虐描写があります。
光のささない穴蔵の中、ムチを振るう音だけが響く。
鋭いムチで肉を引き裂かれ、血を流している少年は声もあげない。
「はぁ、疲れたよ俺は。何で拷問しているのに訓練みたいになってんだよ、ほら交代」
汗だくの筋骨隆々な男の内、ムチを振るっていた男が疲れたようにもう一人の男に手渡す。
すでに何度振るったか数えるのが馬鹿らしくなるぐらい、何度も何度も繰り返す。
「仕方が無いだろう、女帝の命令なんだ。こいつの能力をもっと伸ばすんだとさ」
繋がれている少年に目を向ける。
そこには、血まみれだが傷が一切無い、しかし目が完全に死んでいる少年が一人。
声をあげない。
息をすることこそが彼が生きている意味。
ムチに殴られること以外知らない。
彼には名前が無い。
便宜的に『GH』と呼ばれていた。
単純にAから始まり彼がGH番目だったと言うだけ。
ただしGIは居ない。彼が最後だった。
最後にしてたどり着いた。彼だけが。
彼には力があった、後天的な力が。
むしろ彼には一般的に持っている力を持っていなかった。
おびただしい血が流れているが、彼の身体には傷が無い。
違う。
傷が治っているのだ。
彼が後天的に得た力は超回復。
どのような傷を得たとしても、即時に治る。
程度によるが、傷口が開くと同時に、開き始めた所から傷が閉じる。
傷をおった場合、傷痕が多少なりとも残るものだが彼にはそれすら残らない。
彼は孤児だった。
その彼がどのような経緯でこの場所に連れてこられたのか、彼すら覚えが無い。記録にも残っていない。
恐らく彼の両親が捨てたか、彼を売ったのだろうがそんな推測に意味は無かった。
そのような孤児が、この場には多く居る。
その中の一人が彼で、その中でも稀な、後天的能力に目覚めたのが彼だったということ。
ただそれだけのこと。
彼は連れてこられたあと、回復能力開発部門のモルモットとなった。
その研究は雑の一言で、単純に身体にダメージを与え、投薬諸々により回復能力を高め、最終的に負ったダメージを無かったことに出来るほどの回復力を得ることを目的とされていた。
誰の目にも明らかに無理だった。
そのために多くの犠牲が出た。
しかし、その中でも彼だけが残った。残ってしまった。
彼は物心つく前から、こうして身体にムチを受け、投薬され、数年の間繰り返している。
始めの頃は痛みも感じたような気がする。
しかし、既に慣れきった。
回復力が高まり、ムチ程度では即座回復が可能となり、そうなると痛みも感じなくなった。
否、感じるのだがどうでもいいと思うようになった。
彼は既に13歳となろうとしているのだが、その身体はどう見ても5歳程度の大きさしかなかった。
しかし、彼は顎髭が生えていた。
身体に無理をさせた影響か、彼の身体は肉体的に成長していないのだが、機能的には20代後半と同程度の機能を有している。
筋肉量も見た目より多く、髭も生えるし声変わりも終え、生殖機能も子作りするのに問題ない程度に機能していた。
定期的に強引に採取され、それがどのように使われているのか彼自身も知らないし、興味も無かったが。
だから彼は自分がどういう人間で、どうしてそこに居るのかわからなかったが、それ以外知らないのだから疑問を持ったことも無いし、言葉も自分を鞭打つ人間が会話しているものを聞いていつの間にか覚えていた。
ただし、声を発したことは無かったが。
ムチをもらった男が再び振るい始める。
ムチを打たれるたびに彼の身体から血が流れ、押し出されることにより身体が揺れるがそれだけ。
床はこびりついた血と、新しく流れる血で既に原色を留めるところか、黒くなっていた。
その身体にどれだけの血を内包していたのか疑問に思うほどの広さの血溜まりが出来ている。
彼の目には光が無い。
それが彼の日常であり、普段の出来事。
そこに疑問を持つことすら無かった。
奇しくも彼が産声をあげてから丁度13年目の冬の日。
彼女がその場に訪れたその日から、彼の日常が変化した。