フラッシュバック
訓練を開始してから二ヶ月。
炎の龍のひたすら走れという訓練と、先生による筋ほぐしの効果によりある程度の身体の動かし方と欲求の抑え方を覚えてきており、最終日に指一本動かせなくなるのは変わらないが、そこまでの間はよちよち歩きも無くなり、身体相応の速さで走れるようになっていた。
だが、二ヶ月目になって、炎に追われながらも違和感を感じていた。
今までなら、がむしゃらに身体を動かして、息が切れ、胸が苦しくなり、肺の中の酸素を全て吐き出した所で意識を失い、意識を取り戻した後は再び炎に追われるということを繰り返してきた。
しかし、今は何かコレじゃ駄目だと思っている自分が居る。
余裕がある。
息は確かに切れているし炎は熱い。身体も痛いしいつもと同じように思える。
だが、違う、まだやれると思えている自分が居る。
ちょっと試してみようかと思い、急に立ち止まる。
炎が自分の身体に当たるまで約一秒。
その間にしゃがみ込むように膝を曲げる。
関節を固定し、足で地面を蹴る。
すると、普段とは違い、勢い良く前へ飛び、あっという間に炎との距離が離れる。
その直後、足に激痛と熱を感じる。
「っつぅぅぅぅぅぅぅうううう!!!!」
煙を上げ、即座に治る。
「むぅ?」
先程立っていた所は、足の形で凹んでいる。
「お主、身体の限界を超えて身動き出来るようになったんだな。良い良い」
身体の限界を超えて動かす。
通常の人間には不可能。
だが、痛みを感じるとは言え、身体の負傷が一瞬で癒える彼には可能な動きだった。
グローリーは新しい動き方が出来たことに喜びを感じたが、同時にその際に発生した激痛がトラウマになりかけていた。
炎の龍は答える。
「痛みを感じる状態ではその動きは封印すべきだな。だが、お主が実際に任務を行うとなったら、その動きが出来ると出来ないとでは、危機を切り抜ける確率が段違いになる。覚えておいて損は無いが、今はお主の身体の基礎的な動きに関する能力を向上させることに努めよ」
炎の龍は訓練に関しての助言を続けている。
だが、グローリーは、痛みから、過去の記憶が次々と蘇る。
「いま、今まで、身体を刻まれても、顔を半分吹き飛ばされても何とも思わなかった。。。 でも、今、足を一瞬蒸発させただけで、気を失うような、吐き出しそうな、凄く、凄く嫌な感じがした。。。 今まで、ずっと、ずっと、ずっと、俺の、ボクの、身体に、あいつらは、こんな、こんな、こんな!」
グローリーは自分の身体を抱えながら、ガタガタと震える。
歯の根が合わない。
体中の毛穴から汗が吹き出る。
汗が出るが、身体はとても冷たい。
握った腕からは爪が食い込んでいるのか、血が出始めている、が、出るたびに直ぐに治る。
その、普段から比べると非常に軽度な痛みすら、グローリーは恐怖を煽られていた。
「ふむ、良く無いな」
炎の龍は、自らの尾を振り、グローリーの頭を横殴りにした。
その瞬間、グローリーは慣性の法則のまま壁に激突し、気を失った。
「痛みを覚えたことで、今まで自分がどれだけ非人道的なことをされてきたのか、今更ながら認識したのか。死の恐怖を抱えないものは得てして死にやすいから良い傾向と言えば良いのだが、こやつの場合は死なないからのぉ。痛みによる行動の制限や、身体の動かし方を学ばせるつもりが逆効果だったかのぉ」
気を失ったことにより、グローリーの震えは止まっている。
炎の龍は、自分達の教育方針が間違っていたかと、人ではない身ながらも、彼を心配していた。
自分達の置かれた環境からすると、不要な感情を植え付けてしまったかと。
任務に支障が出るのではないかと。
だが、これがきっかけで、グローリーは、アサシンマスターの狙い通りに行動することになる。
言葉にすれば『痛みによる革命』。
彼の中でそれは確かに、きっかけを与えた。
グローリーは、痛みを覚えたことで、後にこう呼ばれる人間となる。
『一切殺しをしなかった暗殺者』
と。
お待たせして申し訳ありませんでした。。。