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元暗殺者が護る国  作者: 鳥居華音
第0章 現在・プロローグ
1/13

勝ち得た日常

少年と言うには、ある程度年を取った男が一人、崖から釣り糸を垂らしている。

眼前には広い湖。

背後には広大な森。

周辺には多数の生き物の気配があり、眼前の湖には多数の魚影が見える。

だが、その男の釣り糸は風に揺れるだけで微動だにしない。


「平和だねぇ」


男が呟く。


男を少年と見間違うのには理由がある。

明らかに座高が低い。

少年と代わりが無い程度に背が低いことが見受けられる。

が、少年ではなく青年と見るのにふさわしい髭と、その顔には年齢に相応しい疲れが見受けられる。


「平和だねぇ」


再度呟く。


寝不足ではないのに目の下にはクマがあり、髪はボサボサ。

時折肩がこっているのか、ぐるぐると回しつつ、ぼーっと水面とその先を眺める。


その時間が貴重な時間であることを青年は知っていた。

自分の体験した10年前の出来事、その地獄から救い出してくれた8年前の出来事、運命の戦いをした7年前のこと、そこから1年を経るたびに大変な目と大切なものが増えていって今があること。


その全てを体験し、取り巻く全てから逃げ出して、最終的にここに居る。


その全ての経験から、今、暇しているという事実がとても貴重なものだと知っている。


だからこそ呟くのだ。


「平和だねぇ」


三度目にそう呟いたが、若干不満げな顔になる。


「いくらなんでも、そろそろ釣れてくれてもいいのに。。。」


青年は、あぐらをかいたまま膝に肘を乗せ、顎を手のひらに置く。

愚痴っているのだ。

自分の釣りの技術が無いことは知っている。

だが、他の者とやり方は一緒。釣る場所も一緒。道具もよく釣れる者のものを借りてきた。

しかし釣れない。

彼は暇な時間、とにかくこの場所に来て釣り糸を垂らす。

だが、過去1匹たりとも釣れたことは無い。

魚釣りというものを知ってから、彼は周りの人間が釣れていくものを見れて楽しいと感じた。

その気持を共有するため、いつも釣りをするのだが、しかし釣れない。

自分が過去魚を捕る時に、魚にとっては残酷な捕り方をしたつけが回ってきているのかと、無駄な想像すらしていた。


釣れない釣りをずっとしているのも、この場所が好きだというのもあって、釣れないことに不満は少ないのだが、いくらなんでも年単位で一匹も釣れないことに、自分の不甲斐なさ以外の何かが働いているのかと疑わずにはいれなかった。


ただ、彼の仲間が湖に潜って、予め釣れていた魚をかけようとしていてくれたのを見た時、流石に悲しくなったのでやめてもらった。


釣りは勝負、だからこそ自分の力だけで釣りたかったのだが、常勝不敗、ただの一度たりとも敵に負けたことがない彼でも、釣りだけでは負けっぱなしだった。

だがそれでいい。

釣りで負けても死にはしない。

釣りで勝てば魚は死ぬ。

不公平ではあるが、自分の身の安全は確定している。

だから気楽。

何も考えずにぼーっとできる。

だからこそ、貴重な時間。


「平和だねぇ」

「そうねぇ、主様」


ちょっと不満げな彼にしなだれかかる美女。

年の頃は若いというより妙齢なというのが相応しい色気漂う美女。

アウトドアをするとは思えない、身体のラインが出るようなドレスを身にまとい、黒髪の長髪をわざと彼に絡ませるように彼に甘える。


「なんです?何かありました?」


彼は彼女の方を向くこともなく尋ねる。


「何も無いのは知ってるでしょぉ? でも、何も無いのも不満なのぉ」


彼女は人差し指でグリグリと頬をつつく。


「昨日は、どこで寝てたのかしらぁ?」


「・・・」


彼は沈黙で返す。

何を言っても言い訳にしかならない。

取り決めをしたからと言って、選択したのは自分だ。

だからこそ、ルールだからとは言え、彼が選択したことにより彼女が不満を覚えたのだ。

だから彼は言葉を返さない。

彼女の不満を全て受け入れるために。


「私はいいのよぉ? でも、いつものようにあの娘達はここに来るわよぉ」

「そうですか。。。」


遠くの方から風が来るのを感じる。

彼女達がこちらへ来ているのであろう。

昔は木をなぎ倒し、森に対して何かしらの害を与えながら走ってきたものだが、それだけはやめてくれと言ったら気を遣ってくれるようになった。

それを思い出して彼は口元が軽く歪む。笑みだ。


「それは、平和では無いですねぇ。。。」


彼は、毎日繰り返されるそのやり取りが嫌いでは無かった。

日々同じことを繰り返す。でも、日々少しずつ違う。

それこそが、彼が想像することすらできなかった日常、平和というものなのだ。


「結局今日も釣れないのかねぇ」

「思うに、主様は釣りに向いてないというよりかぁ。。。」


そこで初めて彼は彼女の方を向き、人差し指を彼女の口に当てた。


「それを言ったら、楽しみが減っちゃうでしょ」


不意をつかれた彼女はキョトンとした表情の後、にこやかに笑った。


「そうねぇ」


そう言って更にぎゅっと彼に抱きつく。

彼が微笑みながら立ち上がろうとすると、違和感を覚える。

身体が動かないのだ。指一本。


「えっと。。。」

「言ったわよねぇ、私ぃ、不満だってぇ。だから主様、今日も彼女達からお仕置きしてもらってぇ」


気づかぬうちに、地面に薄っすらと文様が浮かんでいた。

彼女が接触したものを完全拘束する力。

それを彼に気づかせぬまま発動させた彼女の技量が伺える。

それが浮気、ではないが、浮ついた気持ちを持ってた旦那を拘束することい使われるのが勿体無いの極みだが。


「平和、だねぇ」


彼は大きくなる足音と、諦めの気持ちと、彼女の体温を感じながら過去の自分を思い出し始めた。

初投稿です。

右も左もわかりませんが、お手柔らかに。

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