第88話 紳士と距離感
オアシスに泊まった次の日、魔法学校へと戻った俺は自分の寮の部屋の前にいた。
”コンコン“
ノックをすると、中から聞き慣れた声がした。
そして、部屋の扉が開かれて中の人物が顔を出す。
「ただいま」
俺がそういうと、その人物は嬉しそうに笑った。
「おかえり、どうやら無事に帰ってこれたみたいだね」
「あぁ、何とかな。
シガラのほうはどうだった?
うまく誤魔化してくれたか?」
俺はそう尋ねながら、部屋の中に入りベッドへダイブした。
ハァー、ベッドは気持ちいいなあ。
「大丈夫だよ、皆にはうまく言っておいたから」
「ありがとな。
それにしても、魔法学校入学してから色々ありすぎだろ。
さすがに疲れた」
エマといいリカルドといい、ライナスの事といい。
しかも全部貴族関連だし。
まぁ、仕方のないことか。
「もう、今日はこのままぐーたらしてたい」
俺が心からの望みを言うと、シガラが制服に着替えながら尋ねてきた。
「あれ?ガルって今日も授業あるんじゃなかったの?」
「・・・」
そうだった、今日はフルで授業がある日だった。
しかも今日の授業は出来ることなら休みたくないものばっかだ。
「疲れてるみたいだし、皆に今日はガルは体調不良で寝てるって言っておこうか?」
シガラからありがたい提案が出たが、俺はベッドから起き上がって首を横に振った。
「いや、授業にはちゃんと出るよ。
制服に着替えるから少し待っててくれ」
俺はクローゼットにかけられている制服を取り出して着替えを始めた。
「あっ、そうだ」
「ん?どうした?」
俺が着替えていると、シガラが何かを思い出したように俺の方を見た。
「ガル、なんか良くない噂が流れてるから気を付けてね」
「良くない噂?
俺、自分の噂で良い噂なんて聞いたことないぞ」
俺の言葉に、シガラが苦笑いをする。
「それは、まぁそうなんだけど。
なんでも、ガルの事を二人の獣人族が探してるって噂なんだよ」
「獣人族?
俺、獣人族に知り合いなんていないぞ」
「いや、どうやら向こう側が一方的にガルを探してるみたいなんだよ。
しかも、イヴァン先輩に訊いたらその二人はなかなかに危ない人達らしい」
「危ない人?」
俺が返すと、シガラが頷いた。
「二人とも今年で四年生なんだけど、この学校を締めている素行の悪いトップみたいなんだよ」
「・・・えぇー」
それって、実質この学校の番長みたいなもんじゃん。
嫌だよ、もうめんどくさいことは嫌だよ。
「何でそんな人達が俺を探してるんだよ」
「なんか、ガルを自分達の舎弟にしたがってるみたいだよ」
「俺なんか舎弟にしたところでまったくもって使えないだろ。
もうちょいまともなやつ舎弟にしろよ」
「多分ボニータ家の血を引くガルが舎弟になれば、そんな凄い人を舎弟にするなんてきっとあの二人はそれ以上に凄い人なんだって思われる状態を狙ってるんじゃない?」
「・・・ハァ、何で人はそうやって見栄とか張りたがるんだろうな」
皆が見栄とか張らずに謙虚だったら、世の中もっと平和だろうに。
「逆に何事にも見栄を張らないガルが僕からしたら不思議だよ」
シガラが笑いながら言ってきた。
俺のほうが少数派なのかな。
「よっし、待たせて悪かったな。
飯食べに行こうぜ」
「うん、皆を待たせるといけないもんね」
俺とシガラは部屋を出て食堂へと向かった。
結論を言ってしまえばこの日は授業を全部受け終わった後、屋上でロミアと二人で色々な事を話せるくらい平和だった。
朝にシガラから物騒な話を聞いたから少し警戒してはいたんだけどな。
どうやら、その心配はなかったらしい。
それで、今は何はしてるかというと・・・
「なぁ、ロミア。
発光って、ロミアだったら戦闘でどのタイミングで使う?」
俺が尋ねると、隣で野球ボールサイズの水弾を左手の手のひらで維持しているロミアがこちらを見た。
「発光?
うーん、相手に攻撃する前とかかな。
片方は発光、片方は別の種類の魔法を準備して発光で相手へ目眩ましが出来ればその次の攻撃はほとんど当たるし」
「そうだよな、やっぱりその使われ方になるよな」
「それがどうかしたの?」
「いや、この頃そういう戦闘面での作戦とか考えていなかったと思ってな。
たまには、今まで使った事ない魔法とか組み入れてみようかなと」
「そういえば、最近ガルと手合わせしてないもんね」
言われてみれば、確かにここ最近ロミアと手合わせしてないな。
いや、正確には出来ないのほうが正しいか。
授業とかで使われているあの対魔法用結界って、俺とロミアにとって範囲が狭いんだよな。
あの結界から出ないで戦えとか言われたら、俺なんてロミアの隕石で潰される事になるし。
「今度、ムミータ先生あたりに頼んでいつものよりデカイ結界用意できるか訊いてみるか」
「ガルが自分で用意してみるのは?」
半分冗談で、ロミアが笑いながら俺に言ってきた。
「簡単に言うなよ。
あの結界、小さいのでさえものすごい数の術式が必要なんだぞ?
あれを一から勉強することになったら、多分二年じゃ足りないぞ」
俺がそう言うと、ロミアは上を向いた。
「・・・そうだよね。
二年しか、いられないもんね」
ロミアは、少し寂しそうに笑った。
「別に、お前はもっと長くいてもいいんだぞ」
二年で卒業っていうのは、あくまで俺が個人的に言っていることだ。
俺は、バルファンクにもモンコイストにも行ってみたい。
だから、最短の二年での卒業を目標にしている。
しかし、ロミアは別だ。
ロミアの魔法に関する才能は、俺なんかよりよっぽど凄いものがある。
多分、ロミアが本気で魔法を学べばシルビアすら超える事ができるだろう。
それくらいの逸材だ。
なのに、それを俺個人の都合で潰しちまうのは気が引ける。
と、俺は考えているわけだけど・・・
「私はガルが魔法学校に入学するっていうから、一緒に来たんだよ。
だったら、ガルが卒業するなら私も卒業するよ」
ロミアはこう考えているらしい。
正直、止めたほうが良いのかもしれないと思っている。
だが、色々好き勝手やってる俺に止める権利があるのかと言われたら多分ないんだよな。
・・・今は考えるのをやめよう。
こういう話は考えれば考えた分だけ泥沼状態になっていくからな。
俺は、隣に座るロミアを抱きしめた。
「えっ!?ガル!?」
水が地面に落ちる音が聞こえた。
多分、突然の出来事に驚いて集中力が切れたのだろう。
「悪い、最近色々と心に疲れが溜まっててさ。
少しの間、このままでいさせてくれ」
俺がそう言うと、ロミアが優しく俺の頭を撫でる。
「・・・ガルの甘えん坊さん」
甘えてる、のかな。
もしかして、ロミアが俺に依存気味な理由って俺が原因なのだろうか。
・・・適度な距離って分からないな。
その後しばらく、俺はロミアに抱きついておりロミアに撫でられ続けた。
ロミアと別れて男子寮へと戻る途中、俺はある現場を目撃した。
この学校の敷地内には、何個も建物がある。
そういう所には、必ず人気のない場所が何ヵ所かあって俺がその現場を目撃したのもそんな場所だった。
「だから先程から言っているでしょう。
私は彼の居場所を知りませんよ」
俺が歩いていると、話し声が聞こえた。
それは、イヴァンの声だった。
誰かと話しているのか?
俺は声のした方へ行き、建物の影からそっと現場を見た。
すると、こちらに背を向ける獣人族二人とその正面に立つイヴァンの姿があった。
「どぼけるな。
あんたがガルファットと一緒にいるのは何回も見てるんだな。
痛い目見たくなったら、さっさとアイツの居場所を言いな」
「今言えば、特別に何もしないワン。
さっさとガルファットの居場所を言うワン」
なるほど、どうやらあれがシガラの言っていた俺を舎弟にしたがっている番長達みたいだな。
「あなた達もしつこいですね。
それに、仮に知っていたとしても友を売るような真似はできません」
「変態がそんなこと言っても説得力ないワン!」
「自分で友達とか言って恥ずかしくないのかな!」
二人の笑い声が聞こえる。
すると、イヴァンは呆れたように言った。
「あなた方みたいに、二人でいなきゃ何も出来ない腰抜けに言われる筋合いはないですね」
イヴァンの言葉で、一気に空気が変わった。
獣人族の一人が、イヴァンの胸ぐらを掴み顔を手前へと引き寄せる。
イヴァンのほうが二人より頭一つ分背が高いので、変に屈んでいるような状態だ。
その光景を見た瞬間、俺は現場へ飛び出そうとした。
しかし、そんな俺とイヴァンの目が合った時俺の体は止まった。
イヴァンの目は、「来るな」と言っていた。
そして、俺に向かって小さく首を横に振る。
・・・俺は、先程までいた場所まで戻った。
すると、イヴァンは安心したように少しだけ笑った。
「これが最後の警告だワン。
ガルファットの居場所を教えるワン」
「お断りします。
自分達で探してください」
「・・・警告はしたからな」
そう言うと、一人がイヴァンの腹へ思いっきり拳をねじ込んだ。
「ぐはっ!!」
イヴァンが苦しそうな声を上げて、その体はくの字に折れ曲がる。
そして、イヴァンの胸ぐらを持っていたもう一人はその手を離してイヴァンの顎にアッパーをかました。
イヴァンの体が宙に浮き、仰向けの状態でそのまま後ろへ飛んで大の字で地面に落ちた。
すると、先程腹パンをした奴がイヴァンのマウントをとって顔面を殴り始めた。
俺はその行為が行われている間、何度も飛び出そうとした。
しかし、その度にイヴァンのあの目が俺の足を止めた。
結局、イヴァンが殴られている間俺はその現場を見ているだけだった。
そして、イヴァンも一回もやり返す事なくずっと殴られ続けた。
「ハァ、殴るのも飽きたな」
しばらくすると、イヴァンのマウントをとっていた奴がそう言って立ち上がった。
「どうするワン」
「また虱潰しに探すしかないな。
めんどくさいけどな」
二人はそのままイヴァンを放置して、俺がいる方向とは別の方向へ歩いていった。
俺は二人の姿が見えなくなった頃、急いでイヴァンの元へ駆け寄った。
「イヴァン先輩!」
俺は地面に片足をついて、イヴァンの体を起こした。
すると、イヴァンは力なく笑った。
「よく、あの時、ガマンしましたね」
「何で止めたんですか!
あっちは二人掛りだったんですよ!?
僕とイヴァン先輩二人なら・・・」
「いえ、私は戦力になりませんよ」
俺の言葉をイヴァンが遮った。
「君が、いつも言ってくれたじゃないですか。
私は、変態紳士だって。
紳士とは、どんな状況であれ女性には優しくなければいけません。
ましてや、暴力を振るうなどもってのほか。
私は、もう変態には戻りたくありませんから。
それに・・・」
イヴァンは、嬉しそうに言った。
「君は私の友達です。
友達を危険に晒すようなマネ、紳士以前に男として出来るわけないですよ」
「イヴァン先輩・・・」
「それに、あの二人はいつも一緒にいますが実力はあります。
四年生にして、この学校を締めているくらいですから。
ですから、いくら君が強くても絶対に戦ってはいけません」
イヴァンが真剣な顔で俺に言ってきた。
「・・・分かりました。
気を付けます」
正直俺としては今すぐにでもイヴァンの敵を討ちをしたかった。
しかし、イヴァン本人にこう言われたら俺の出る幕はない。
「そうだ、一つお願いしても良いですか?」
「何ですか?」
俺が尋ねると、イヴァンは自分の顔を指差した。
「魔法で治療してもらえますか?
さすがに痛いものは痛いので」
「あっ、はい、今治しますね」
俺は、イヴァンのケガをしている部分をあらかた治療した。




