第80話 第一王子と居場所
学校で先生逹が東奔西走している頃、俺とシガラは自室で二人で討論していた。
「ねぇガルファット君、こういう時どう攻める?」
そう言って、シガラは地形と人を簡略化した図を俺に見せてきた。
「この下のほうが味方で、上が敵だよ。
戦力は両方とも大体同じくらいって仮定してね」
「うーん・・・正直攻めたくないな」
「ん?どうして?」
俺は味方と敵の陣営のちょうど真中、斜線で少し塗りつぶされている所を指差した。
「この場所、多分横長に広がった森みたいな感じだろ?
こっちに地の利があるなら良いけど、あんまり視界が悪いと罠だったり奇襲かけられると対応しづらいからな。
しかも、少し遠めの塔に魔法使いが配置されてるみたいだけど木が邪魔して魔法使っても味方を巻き込みそうだから撃てないし」
「あー、そうか。
言われてみればそうだよね」
シガラはそう言うと、頭を掻きながら手に持っている紙を見た。
「それ、宿題か?」
「うん、地形と戦力はこのままでどこに誰を配置するのが戦術、戦略的に良いかっていうのを理由や根拠を書いて提出しなきゃいけないんだ」
「そりゃまた大変だな」
「ガルファット君だったら、どういう風な陣形にする?」
「俺か?うーんそうだなぁ」
俺はシガラに尋ねられて、紙を持って机へと向かった。
前の世界で似たようなゲームをやったことあるけど、あれどんな風な攻略したんだっけか。
えっとたしかここにこうで、ここがこんな感じだったような・・・。
俺は頼りない記憶と己の持論を頼りに一つの図を書いて、それをシガラに見せた。
「こんなので、どうだ?」
シガラは俺から紙を受けとると、一通りじっくりと観察した後ポツリと呟いた。
「・・・これは、今まで見たことない」
そう言うと、シガラは図の一部を指差して俺に尋ねた。
「これ、人が何人かで一組になっているけどこれは?」
「それは、言ってみれば隊を組ませるんだ」
「隊を?」
「一対一の戦いで絶対に勝てるやつなんて決して多くないからな。
普通なら大体は腕が上のやつが勝つけど、その実力が僅差なら数が多い方が有利なのは変わらない。
だから何人かの隊を組ませて、死亡率を低くすることに努めた陣形だ」
「なるほど。
一人で一人を相手にするのは常に危険が隣り合わせだけど、複数ならその危険を緩和できるって事だね。
でも、それだと相手が一気に攻めてきた場合どうするの?」
「そんなの、全力で逃げればいいだろ」
「・・・え?」
俺の言葉に、シガラはキョトンとした顔をした。
「カッコ悪くても何でもいいから、こっちの拠点に戻ってこれさえすればいいさ。
そのために、コイツらがいるんだから」
俺が指を差した場所を見ると、シガラは「あっ」と何かに気付いた顔をした。
「そっか、だから塔に魔法使いを配置したままだったんだね」
「あぁ、そこまで逃げてくれれば追ってきた奴らを魔法で迎撃できるからな。
逃げてきた奴らはその間に態勢立て直して再度攻めればいいんだし。
戦力がそこまで変わらないなら、そこで迎撃された人数が多いほど相手は痛手だろうからな」
「そうだね。
なるほど、よく考えられているね。
これ、僕の考えも入れてアレンジして提出しても大丈夫?」
シガラの質問に俺は笑いながら頷いた。
「あぁ、別に構わないぞ」
「ありがとう、おかげで良い勉強になったよ」
シガラは笑顔でそう言うと、机に向かい宿題の続きを始めた。
シガラは本当に勉強熱心だよなぁ。
授業は真面目に受けて、時間があればヘレナと一緒に魔法の練習をして、余った時間は授業の時に復習をしている。
まぁ、それでも無理している感じは全然無くて本人的にはガス抜きも出来ているらしい。
仕事をしていて身に付いた技術なのかもな、シガラの要領が良いのは。
”コンコン“
俺がシガラの要領の良さに感心していると、入り口の扉をノックする音が聞こえた。
「ん?誰だろう?」
シガラが扉の方を見て首を傾げる。
俺は扉に近づき、ゆっくりと扉を開けた。
「ん?ムミータ先生、どうしたんですか?」
扉の前には、ムミータが立っていた。
「ガルファット君、実はあなたを連れてくるようにヴォルグ校長に頼まれたのです。
すみませんが、私と一緒に来ていただけますか?」
「ヴォルグ校長にですか?
分かりました」
俺は後ろを振り向きシガラを見た。
「シガラ、ちょっと行ってくる」
俺がそう言うと、シガラは笑顔で頷いた。
「うん、いってらっしゃい」
俺はそれを見てムミータに付いていくように部屋を出た。
「それで、ヴォルグ校長はなぜ僕を呼んだのですか?」
俺は前を歩くムミータに付いていきながらそう尋ねた。
「今、第一王子が来ているのは知っていますね?
ヴォルグ校長はその第一王子にあなたを紹介したいらしいです」
「え?」
この瞬間、俺は嫌な予感がした。
最近は頭が貴族に紹介=めんどくさい話という回路になっている。
「あの、ムミータ先生。
僕、急用を思い出しそうなので帰ってもいいですか?」
「今すぐに思い出せない急用は大した急用ではないので大丈夫ですよ」
くそっ、ムミータのほうが一枚上手だったか。
でも、俺を紹介したいって絶対に俺がボニータ家だよなぁ。
嫌だよ、また政治関係の話されるのは。
俺が嫌だ嫌だと思っているうちに、いつの間にか俺とムミータは校長室の前へと来ていた。
ムミータが扉をノックする。
「ムミータ・アルスレル。
ガルファット・ファーリンをお連れしました」
「うむ、入るがよい」
中から声が聞こえて、ムミータが扉を開ける。
そして、その扉の先には見覚えのある老人とその向かい側に座る見た感じは好青年とその護衛であろう二人の男が見えた。
その瞬間
「!?」
俺は後ろへと飛んだ。
壁を背に、俺は部屋の中を睨んだ。
さっき、とてつもなく冷たい殺気を向けられた。
誰だ、誰に向けられた。
俺が警戒していると、殺気を送った人物の正体がすぐに分かった。
「デュラン、バラン、殺気を抑えなさい。
初対面の方に失礼ですよ」
好青年がそう言うと、後ろの男二人は頭を下げた。
『申し訳ありません』
「坊や、そこに立ったままという訳にもいかないじゃろ。
入ってきなさい」
ボルグが俺に向かって笑顔で言ってくる。
正直、さっきまで自分に殺気を向けていた人のいる部屋に入るのは気が引けるが仕方ないか。
俺は指示に従い部屋の中へと入り、ヴォルグの隣の椅子へ腰を降ろした。
「この坊やがさっき言ったシルビアの息子じゃ」
「ほぉ、この子が」
ボルグの言葉を聞くと、好青年は俺の顔をじっと見て観察した。
「なるほど、たしかに幼い頃のシルビアの面影がありますね」
好青年はそう言うと、少し嬉しそうに笑った。
「ヴォルグ校長、申し訳ありませんがこの子と二人っきりで話をさせてもらってもよろしいですか?」
「あぁ、構わんぞ。
さて、老いぼれは席を外してあとは若い者で楽しむと良い」
ヴォルグはそう言うと、笑いながらムミータと一緒に部屋を出た。
「デュラン、バラン、君達も席を外してくれ」
「しかし、王子・・・」
好青年の言葉に、後ろの男の一人が何かを言おうとした。
それにしても、二人とも顔が瓜二つで見分けがつかないな。
違うのは片方は髪が青で、もう片方は髪が緑って事くらいか。
「先程失礼な事を二人ともしたのだから当然だ。
それとも、主である私の命令が聞けぬのですか?」
目の前の好青年がそう言うと、後ろの二人の男は少し苦い顔をして頭を下げた。
「・・・いえ、そのようなことは。
それでは、我々は部屋の外で待機しておりますので」
そう言うと、二人の男はこっちに頭を下げて部屋を出た。
「ふぅ、先程はすまなかった。
悪いやつらではないのだが、王位継承がそう遠くない日にあることから少し敏感になっていてな」
そう言うと、好青年は俺に頭を下げた。
「あっ、いえ、特に気にしてはいません。
殺気は修行とかでも向けられたり向けたりして、慣れていますから」
言葉だけ聞くと物騒に聞こえるが、ジークやクレアとの授業の時は殺気の扱い方も練習していた。
クレアとの場合は殺気を使ってのフェイント、ジークの場合は殺気で相手を降参させるというものだ。
まぁ、七歳の子どもから出る殺気なんて向けられてもそこまで怖くはないだろうけど、これが実戦経験や年を重ねれば強い武器になるらしい。
「そうか、それならまだ幸いか。
そういえば、自己紹介をしていなかったな。
私の名前はリカルド・ダルネシア。
ダルネシア王家の第一王子だ」
やはり、この人が第一王子か。
でも、なんだろうな。
エマの時よりは、雰囲気は悪くない。
少なくとも、腹芸をしなくて良さそうな感じだ。
「では、こちらも自己紹介を。
ご存知かもしれませんが、僕の名前はガルファット・ファーリンです」
「あぁ、先程ヴォルグ校長から教えてもらった。
君の母、シルビアには色々と世話になったからその息子にぜひ会いたいと私が頼んだんだ」
「たしか、リカルドさんはこの学校の元生徒だとか。
母とは、その時に?」
俺が尋ねると、リカルドは嬉しそうに頷いた。
「あぁ、私が先に入学してシルビアが入学したのはその二年後だ。
シルビアが先に卒業してからは会ってはいないが、彼女は元気か?」
「えぇ、何日かに一回は父と痴話喧嘩しているくらいに元気です」
「そうか、それは何よりだ」
「えっと、リカルドさんは幼い頃の母をご存知なんですよね?
その頃の母はどんな感じだったんですか?」
「あの頃のシルビアか、そうだなぁ・・・」
リカルドは少し考えた後、ポツリと言った。
「一言で言えば、自由とやんちゃを合わせた感じだな」
「自由とやんちゃ、ですか?」
「あぁ、あの頃は今よりも人間の魔族への差別が酷くてな。
魔族だというだけで、差別やイジメがあったんだ。
中には、魔族と仲の良い貴族もイジメの対象になっていた」
リカルドは昔を思い出すように、懐かしむ目をした。
「だが、そんな中シルビアだけはそれに屈しなかった。
相手が魔族でも人間でもどんな種族でも関係なく、いじめられている者をいつも助けに行った。
たとえ相手の人数が多くても、真正面から突っ込んでいった。
勝つときもあったが、時にはボロボロになって地面に大の字に寝ている時もあった。
私にとって、いや、助けられた者全員にとってシルビアは尊敬の対象だった」
シルビアってそんな感じだったのか。
今のシルビアからは想像出来ないな・・・いや、やんちゃな部分はジークを追いかけている時と似たような感じか。
「私も最初は見ているだけだったが、きっかけや時期は忘れたがいつからかシルビアが喧嘩をしている時、私は決まって仲裁に入るようになった。
ただ、それで収まる事もあれば収まらない事もあってな。
よく敵と間違えられてシルビアに殴られる事もあった」
「それは、なんか、申し訳ありません」
俺が謝ると、リカルドは笑いながら首を横に振った。
「君が謝ることではないさ。
それに、あの頃の体験があったからこそ今の私があると思っている。
そして・・・シルビアの言葉があの頃の私を変えてくれた」
「母さんの言葉、ですか?」
「あぁ、シルビアが誰かを助ける度にその助けられた者はシルビアの仲間になっていった。
そうやって、シルビアの周りには徐々に人が集まっていったのだが、集まった者逹は皆優しくて良い者ばかりでな。
そういう者逹の集まりだったからだろうな、その場所はとても温かい皆の居場所となった。
悩みがある者がいれば皆が力になり、悲しいことがあった者がいれば皆が慰め、楽しいこと、嬉しいことがあれが皆が笑う。
とても居心地の良いそんな居場所だ」
リカルドは楽しそうに話していた。
まるで、子どもが親に自慢話をするかのように。
「そして、そんなシルビアがこの学校を卒業をした日彼女は別れ際に俺に言ったんだ。
今度は自分で自分の居場所を作ってみろ、と。
もしできたら、そこへ遊びに行くとな」
「自分で、自分の居場所を作れ・・・」
俺が呟くように言うと、リカルドは頷いた。
「そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。
実は私は幼い頃、姉にいじめられていてな。
いや、姉だけではないな。
妾の子だからといって私に蔑む目を向ける者逹は決して少なかった。
そんな私には自分が自分でいられる居場所など無かった。
しかしシルビアは、そんな私に居場所をくれたんだ。
そのシルビアが今度は私に居場所を作ってみせろと言ってきたんだ。
その時私は思った、この勝負に負けるわけにはいかないと」
リカルドは両手を大きく広げた。
「そして、男ならもっと上を目指さなければいけないと。
どうせならこんな小さい学校という中にではなく、国というとてつもなく大きい中に私は自分の居場所を作りたいと。
そしてもし自分の居場所が作れたなら、今度は私がシルビアのように皆の居場所を作ってやりたい。
皆が毎日、笑って暮らせる国を作りたい」
リカルドの目は輝いていた。
それは希望に溢れた眼、子どもが夢を語る眼だ。
「夢物語、幻想だと言われた事だってあった。
笑いたければ笑ってもらって構わない。
しかし、夢や理想を語れぬ希望なき者に王は務まらない」
この時、俺にはある一つの感情が芽生えていた。
そしてそれは、目の前の人物にとても伝えたい事だった。
「リカルドさん」
「何だ?」
俺はリカルドの顔を真剣に見つめた。
「僕は王位継承戦には参加しませんし、そもそもあまり興味はありません。
ですが、一個人としての意見を言っていいなら・・・僕はあなたに王になってほしいです」
「・・・任せておけ!
このリカルド・ダルネシア、その言葉しかと受け取った!」
そう言って、リカルドは自分の胸を叩いた。
なんと頼もしい人だろう。
「さて、それなら私からも一つ君に頼み事をしたい」
「頼み事、ですか?」
「あぁ、エマ・ダルネシアを知っているか?
この学校に在籍している私の妹だ」
「ん?えぇ、前に一度だけお話ししたことがあります」
「それなら話が早い。
頼む!もしエマに何かあったら力に貸してやってくれないか?」
そう言って、リカルドは俺に頭を下げてきた。
力を貸す、か。
「・・・こういう事で隠しごとするのは嫌いなので言いますが、僕は前にエマさんと話した時に王位継承戦の時のためにボニータ家の力を貸してほしいと言われました。
その時は断りましたが、良いんですか?
もしかしたら、僕が力になる事でリカルドさんが不利になる事だってあるんですよ?」
俺がそう言うと、リカルドは顔を上げて俺の顔をじっと見つめた。
「それでも構わないさ。
もしそれで王位を継承できないようでは、仮に王になれたところで国を導くことなど出来ないだろう。
それに・・・」
リカルドは優しく笑った。
「私はさっきの君の言葉を信じている」
・・・はぁ、何でこの世界の男は皆イケメンが多いのかね。
まぁでも、俺もバカなんだろうな。
こういう損得無しに信頼してくれる奴は大好きだ。
「分かりました。
ですが、僕はボニータ家の名前はほとんど使いませんし個人的にしか助ける事は出来ません。
ガルファット・ファーリンという個人が、リカルド・ダルネシアという方の友人としてしか力は貸せませんよ?」
「あぁ、それで充分だ。
友として、礼を言う」
リカルドはそう笑顔で言うと、また頭を下げた。
これはボニータ家もダルネシア王家も関係ない。
友と友との約束だ。
なら俺は、できる限りそれに答えよう。
「・・・そろそろ時間だな。
今日は久しぶりに楽しい会話ができた。
礼を言うぞ、ガルファット」
「こちらこそ、色々な話を聞けて楽しかったです」
俺がそう言うと、リカルドは笑顔で頷いた。
「・・・そうだ、ガルファット」
リカルドは扉のドアノブに手をかけると、こちらを向いた。
「今度は友として、一緒に食事をしたいな」
「そうですね、その時は僕の友人の美味しい料理をご馳走しますよ」
「ハッハッハッ、それは楽しみだ」
リカルドは笑いながら、扉を開けた。
「では、また次の機会に会おう」
「はい、お気をつけて」
俺は立ち去るリカルドに頭を下げた。
その顔は、少し笑っていた。




