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第76話 噂と友達の作り方

いつもと何ら変わらない日の午後、私は生徒会室で先日の出来事を思い出していた。


そう、ガルファット・ファーリンとの会話だ。


私は彼に自分の望みを話し、彼はそれを断った。


もちろん、こちら側に何も有益な事が無かったわけではない。


彼は貴族に興味がなく、王位継承の件も実質的には降りている。


それだけでも、かなり有益な情報といえる。


けれど、本来の目的は達成できなかった。


結局、ボニータ家と何かしらの関係を持つことはできていないまま。


やはり、いっそのこと私自らオリビア・ボニータに直接話をしたほうが・・・いえ、オリビア・ボニータもあまり表向きにはしていませんが王座を狙っているという噂を耳にします。


仮に話をできる機会があったとしても、私の希望は却下される可能性が高いでしょう。


「はぁ・・・」


私は椅子に腰を降ろし、窓から空を見た。


焦っていた、のでしょうか。


王位継承まで年単位で時間があるとはいえ、そこまで猶予がないのは事実。


私の予想では、順当に物事が進めば多分兄様が王になるのは揺るがない。


姉様側に付いている貴族もたしかに少なくはないですが、姉様の性格上兄様側から引き抜きの声が関わればほとんどの貴族は兄様側に付く。


姉さんはそれを考慮して、私を魔法学校に入学させた。


表向きはもし私が王位継承戦に参加することになった時のためにという善意、しかしその裏は自分の駒になりそうな有能な人間を見つけて連れてこいという私利私欲にまみれた命令。


しかし、私も姉様を王にしてはいけないことは充分理解しています。


あの人が王になれば、この国は内側から壊れかねない。


だから私は、姉様ではなく自分に付いてくれる人物を探した。


しかし、結果は惨敗。


戦闘の実力なども考慮して入学試験を受けて合格したいわゆる特別生に声をかけていったが、皆クセが強く仲間に引き入れる事は出来なかった。


いえ、きっと引き入れられなかった理由はそんな事ではない。


私の頭の中には未だに一つの疑問がある。


なぜ、兄様を王にしてはいけないのでしょうか。


妾の子だから王にしてはいけない、気に入らないから王にしてはいけない。


あのような者を王にしてはいけない。


姉様に、周りにそう言われて育ってきた。


その事に関して、幼かった頃の私は何も思わなかった。


王宮にいる時、姉様が兄様をいじめている現場を目撃した事がある。


姉様は兄様に対して理不尽に暴力を振るい、理不尽に罵声を浴びせていた。


しかし、兄様は何も反論をせずただ静かに黙ったままだった。


まるで、反論しても無駄だという事を分かっているようだった。


当時の兄様の眼は死んでいた。


それからしばらくして、兄様は魔法学校へと進学した。


詳しい事は覚えてはいませんが、姉様は「あの腰抜けならきっとすぐに泣いて帰ってくる」とかそれに近いことを言っていたと思います。


ですが、兄様は魔法学校をきちんと卒業して帰ってきた。


そして、帰ってきた兄様の姿を見た時私は驚きました。


年を重ねての身体的成長ももちろんでしたが、一番驚いたのは兄様の眼でした。


魔法学校へ行く前と違い、帰ってきた兄様の眼は生きていた。


そして、兄様は変わっていた。


まず、それまでほとんど口を挟んでこなかった政治について、父上に自分の考えを堂々と話していた。


父上は思い込みが激しいところがあった。


一度自分が正しいと思った事はそう簡単に曲げる人ではない。


しかも、政治の事となれば王として人の意見でコロコロ変えるわけにはいかない。


だが、兄様はそんな父上に臆する事なく、最終的には己の言葉で父上を説得した。


説得された後の父上は、気分を悪くするどころか立派になったと兄様を褒めていた。


帰ってきた兄様を姉様は待ってましたと言わんばかりに罵った。


前までの兄様だったら、黙って反論すらしなかっただろう。


しかし、その時の兄様は姉様を睨み付けて反論した。


(国の王になるかもしれない者にその無礼な言葉、身内とて許さぬぞ!)


と、大きな声で周りに聞こえるように言っていた。


その時の兄様の姿は、私の記憶の中に未だにカッコいい一人の兄の姿として残っている。


そのすぐ後、私は兄様に尋ねた。


どうやって変わったのかと。


すると兄様は少し笑いながら、友の言葉が自分を変えてくれたと言っていた。


友のいない私には分からなかった。


この事があった直後、姉様は私に魔法学校へ入学するよう命令してきた。


多分、自分の王位継承が危ないと感じたのでしょう。


前までの兄様ならその心配はなかった。


けれど、今の兄様なら王として充分やっていけるはず。


そして私は、魔法学校に入学した。


今思えば、私は自分の感情では動いていなかった。


姉様に命令されたから、従わなければ私も酷いことをされるから。


そんな恐怖に支配されていた。


私は根っからの臆病者なのでしょう。


(あいつら、僕より強いですから)


ガルファット・ファーリンの笑顔と一緒に、あの時の言葉が脳内で再生される。


あの言葉は、自分の友を信頼しているから出た言葉でしょう。


・・・友、ですか。


王宮にいた頃はまだしも、魔法学校に来てからも友を作ろうとは考えなかった。


正直、それどころではなかった。


私には部下と呼べる者達はいても、友と呼べる者は一人としていない。


・・・いえ、最も友と呼ぶに近い者ならいましたね。


入り口の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。


「レイナ・ヴィクトル、授業を終えただいま戻りました」


「入りなさい」


私がそう言って振り向くとレイナは扉を開け、頭を下げた。


「失礼します」


「ご苦労様です。

授業のほうはどうでしたか?」


私が尋ねると、レイナは扉を閉めこちらへと歩きながら言った。


「特に変わったことは。

いつもどおりです」


「そうですか、それは何よりです」


「・・・エマ様、私がいない間に何かありましたか?」


「どうしてですか?」


私が尋ねると、レイナは私の横に立ち顔を見ながら言った。


「なんというか、その、浮かない顔をされていたので」


「・・・あなたは、そういう細かいところによく気付きますね」


レイナ・ヴィクトル。


上級貴族ヴィクトル家の次女にして、私が最も信頼している護衛騎士です。


私が魔法学校へ入学する際に護衛騎士になって、細かい所によく気付き私が何か質問しても自分の意見を述べてくれる人物。


私にとってみたら、一番友に近い存在といえる。


「レイナ」


「はい」


「あなたは誰かと友達になりたいと思った時、まず何をしますか?」


「友達、ですか?」


「えぇ、友達です」


私が尋ねるとレイナは少し考え込み、その後口を開いた。


「そうですね、やはりまずは声をかけるところからですかね。

こちらから声をかけなければ、いつまで経っても関係は進展しませんので」


「では、初めの声かけで相手に悪い印象を与えてしまった場合あなたならどうしますか?」


「それなら・・・相手の好きな事の話題を振ってみたり、好きなものを相手に送るのがいいかと。

自分と好みの合う相手なら、多少印象が悪くてもすぐに関係は回復するかと思います」


なるほど、正直友達を作った事のない私からすればそういうものかと納得するしかない事ですが、それでもレイナの説明には説得力がある。


「ではレイナ、あなたに頼みがあります」


「ハッ、なんなりと」


「部下を使い、なるべくバレないようにガルファット・ファーリンを観察しなさい。

そして、何か情報があればまとめて私に報告しなさい。

情報は何でも構いません。

何の授業を受けているか、食事は何を食べているか、誰といることが多いか、授業の無い時はどこで何をしているか。

とにかく、集められるだけ集めてきなさい」


「承りました。

・・・エマ様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


そう言って、レイナは顔を上げて私の顔を見た。


その顔は、明らかに疑問を持っているんだろうということが見てわかった。


「何ですか?」


「たしか、ガルファット・ファーリンとの話し合いは決裂で終わったと聞きました。

なぜ今更、ガルファット・ファーリンの情報収集を?」


「・・・そうですね」


私は少し笑いながら、空を見た。


「たまには、家柄も何も関係なく友達を作りたいと思っただけです」








「へっくしゅん!」


寮の部屋で休んでいると、急にくしゃみが出た。


「ガル、大丈夫?」


その日の授業の復習をしていたシガラが、こちらを見て尋ねてくる。


「あぁ、特に体調が悪い訳じゃない。

誰かに噂でもされてるのかな」


「ガルの噂なんて、学校のどこでされててもおかしくないもんね」


シガラが笑いながら俺に言ってくる。


「良い噂なら良いんだけどな、変な噂は勘弁してほしい」


「変な噂といえば、初日のあの生徒会長さんとの話しの噂がすごいことになってたよ」


「すごい事って?」


「何かガルが生徒会長さんを脅して無理矢理話し合いを終わらせたって噂になってる」


そんなバカな。


「いやいや平和解決したよ!

どっちかって言えば終始プレッシャーヤバかったのは俺のほうだよ!」


「僕もおかしいと思ってはいたけど、やっぱりそうだったんだ」


「しかも、脅されていたの俺のほうだしな。

・・・はぁ、俺の評判がどんどん悪くなっていく」


「仕方ないよ、そういう噂は広まるのがものすごい早いから」


シガラは苦笑いしながらそう言うが、俺からすればとても迷惑な話である。


「だってよ、いきなり初対面の人に仲良いんでしょ?叔母さん紹介してよ、とか言われても普通紹介しないだろ。

せめて、もう少し仲良くなってからだろ」


「でも、相手はもとからオリビアさんを紹介してもらうのが目的だったんでしょ?」


「だとは思うけどさ。

だけど、それでもまずは友達になるとかそういうところから始めてくれれば俺ももう少し融通効かせれたと思うぞ。

初対面でしかも頭の良い人だったから、余計に恐い印象だったし」


「じゃあ、もし今後相手が友達になりたいって言ってきたらガルは友達になる?」


「うーん、どうだろうな。

政治的な事絡みは嫌だけど、そういうの関係なく友達なら別に良いかもな。

まぁ、相手の事詳しく知らないし何とも言えないけど」


「王族の第二王女様だよね?

価値観とか、僕らと違うんじゃない?」


「あー、そこか」


俺の知り合いで一番偉い貴族って言ったらオリビアだけど、あの人は考えや価値観は俺たちよりだからな。


参考にはならないか。


「まぁ、まだ友達にすらなってないのに気にするのもおかしな話だけどね」


「それもそうだな。

・・・そうだシガラ、ロミアにも言うつもりだけど先に言っとく」


「ん?どうしたの?」


「もしかしたらこの先、俺のせいでシガラやロミアの変な噂とか被害がいくかもしれない。

もしそうなった時は、すまない。

嫌だったら、俺と縁切ってくれてかまわない」


俺が言うと、シガラは首を傾げた後机に向かって勉強を始めた。


「なんだ、そんなことか。

気にしてないよ、ガルがボニータ家の血筋だって分かった時から何となく予想ついてたし」


「なんか、申し訳ない」


「ガルが謝る事じゃないよ。

それに、僕はガルのおかげで入学試験に合格できたんだよ。

むしろ、ガルが困っていたら僕で力になれるならいつでも助けるよ」


「・・・そうか、ありがとう」


シガラの言葉は、俺の胸に深く残った。


だからだろうか、自然と笑みがこぼれる。


「それと、さっきの言葉ロミアちゃんには言わないほうが良いと思うよ。

多分、すごい怒ると思うから」


「いや、でもあいつのほうが付き合い長いしな・・・」


「だからだよ。

僕なんかより、ロミアちゃんはもっと長くガルの良いところも悪いところも見てきて一緒にいるんだから。

あんな事言ったら、逆に失礼だよ」


「そういうもの、か」


そういえば、ロミアは何があっても俺と離れたいとは一度も言ったことがなかったな。


・・・何で、なんだろうな。

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