第70話 別れと胸を張る
その日の夜、俺は眠れずにいた。
いつもの時間にベッドに入ったのだが、眠気よりも他の感情が込み上げて来ていたからだ。
「はぁ・・・」
俺は溜め息を吐いて、ベッドから降りて窓際の椅子に腰かけた。
今日も、夜の町を月明かりが照らしてくれている。
明日はいよいよ魔法学校の入学式だ。
俺としては結構楽しみにしていたし、色々な事を学べるのは嬉しいことだ。
だが、個人的には寂しいという気持ちもある。
俺は、奥のベッドでロミアと一緒に寝ている人物を見た。
クレアとは明日の朝お別れすることになる。
もちろん、もう一生会えなくなるという事ではない。
クレア自身も時々俺の実家に遊びに行くと言っていたし、旅先で会うことだってあるかもしれない。
俺とロミア、クレアの三人で手紙のやり取りをしようという約束もしてある。
アルマも、自分で出すことはないが俺やロミアの手紙に少し自分の事を書いといてくれと言っていた。
だけど、何だろうな。
クレアが俺の家庭教師として来てから数年間、ほとんど一緒の生活を送ってきた。
そんな人が遠くへ行ってしまう。
分かっていた事ではあるが、かといって全てが全て割りきれるという訳ではない。
クレアに教えてもらった事は決して少ない、助けてもらった事も何度だってある。
・・・ダメだよな。
そうだ、こんな間際になってあーだこーだ言っても仕方ない。
男なら別れる時は堂々と見送ってあげるものだ。
そして次会うときは、もう少しマシになってなきゃな。
俺はそう思い、自分の気持ちを紛らわした。
「寝るか」
気持ちに一応の踏ん切りはついた。
入学初日から寝る訳にもいかないし、そろそろ寝ておこう。
そう思い、俺はアルマの寝ているベッドに入った。
「スゥー・・スゥー」
アルマの寝息が小さく聞こえる。
そういえば、アルマの就職先が決まった。
少し前にシガラとロミアがこの宿の人手が不足していると言っていたので、俺がアルマを雇うことをおすすめした。
アルマ自身は「下流階級出の俺がやっていい仕事なのか?」と言っていたが、ギラールに頼んでみたら快く了承してくれた。
ギラール曰く、「雇っている人間で価値が決まるような経営はしていない」と言っていた。
経営者の鏡だな。
ということで、前みたいに頻繁にという訳にはいかないだろうけど、魔法学校入学後もアルマとは比較的簡単に会えるだろう。
それにしても、アルマは就職か。
7歳で就職とか考えてみたら凄いよな。
前の世界だったら何も考えずに遊んでいる歳だぞ。
いくら成人年齢が低いとはいえ、なんだかシビアだな。
まぁ、アルマならしっかりしているしやっていけるだろう。
アルマとクレアの事を考えているうちに、俺は眠りについた。
「・・・んーうぅ」
朝起きると、身支度をしているクレアが視界に入った。
「あっ、ガルファット君おはよう」
クレアは俺に気がつくと、笑顔で挨拶をしてきた。
俺も体を起こし、クレアに挨拶を返す。
「おはようございます。
今日は起きるのが早いですね」
「うん、今日でこの宿を出るから忘れ物が無いかとかチェックしてたんだ」
クレアの言葉を聞いて、俺の中で今日でクレアと別れるという実感がものすごく湧いてきた。
「忘れ物して戻るの恥ずかしいですもんね」
俺も笑顔でクレアに返した。
ただ、なんとなく顔に違和感を感じたのでもしかしたらうまく笑えていないかもしれない。
「おいアルマ、朝だぞ。
お前今日から仕事だろ」
俺はそう言って、隣で寝ているアルマの体を揺すった。
「んっ、んー」
アルマはゆっくりと起き上がり、眠そうな顔で頭を掻く。
「仕事・・・あぁ、仕事か」
「お前、もしかして仕事だって事忘れてたのか?」
俺が尋ねると、アルマは首を横に振った。
「いや、忘れてはない。
ただ、今まで何かをするために起きるっていうのをしてこなかったから、違和感を感じただけだ」
そういうことか。
まぁ、今日が初日だし仕方ないか。
その後ロミアも起こし、俺たちは身支度をして部屋を出た。
「おや、皆さんおはようございます」
一階に行くと、受付の所にはいつも通りギラールがいた。
「おはようございます、お部屋ありがとうございました」
そう言ってクレアが部屋の鍵をギラールに渡した。
そうか、もうここに帰ってくる事はないのか。
「それでは、アルマ君と言ったね。
今日からよろしく頼むよ」
ギラールはアルマに向かって笑顔で言った。
「あ、あぁ、よろしくお、お願いします」
アルマがぎこちなくギラールに返す。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。
従業員の皆には伝えてあるから、あの扉から奥に行きなさい」
そう言って扉を指差すギラールにアルマは頷いて返した。
「は、はい。
それじゃあ皆、またな」
「あぁ、そっちも頑張れよ」
「時間が合ったらまた会おうね」
俺とロミアが言うと、アルマが少し笑顔で頷く。
「クレアも、次会えるのはいつか分からないけど元気でな」
「アルマちゃんも元気でね。
またここに寄る機会があったら顔を見せるよ」
そう言って、アルマとクレアが拳を合わせる。
俺とロミアもそれを見て二人と拳を合わせる。
「じゃあ、行ってくる」
そう言って、アルマは奥の扉の中へと入っていった。
俺はギラールの顔を見た。
「ギラールさん、俺が言うとアルマの奴は怒るかもしれませんが、アルマの事よろしくお願いします」
俺はそう言って、深く頭を下げた。
「大丈夫ですよ、大事なお友だちをぞんざいに扱ったりしませんよ」
そう笑顔で返すギラールに俺もまた笑顔で頷いた。
「ギラールさん、短い間でしたがお世話になりました」
隣でロミアも頭を下げる。
「正直ロミア君のような優秀な子が辞めるのは少しもったいない気もするが、勉強頑張ってきなさい」
「はい!」
そうか、ギラールからすれば昔から働いていたシガラと優秀なロミアの二人が抜けたのか。
店としては確かに少々痛手か。
「それじゃあ、行こうか」
そう言うクレアの後をついていき、俺たちは宿を出た。
「僕たちも、ここでお別れだね」
宿の前の道で、クレアが俺とロミアに言ってきた。
「そうですね、少し寂しい気もしますが・・・」
そう言う俺の頭にクレアはポンッと手を乗せた。
「これから魔法学校の入学式なんだからそんな暗い顔してちゃダメだよ。
大事な日なんだから、胸を張らなきゃ」
クレアは笑顔で俺にそう言ってきた。
「・・・はい!
クレア、旅の道中は気を付けてくださいね」
「うん、ガルファット君とロミアちゃんもね。
魔法学校も色々あると思うけど、二人ならきっと大丈夫だから頑張ってね」
「クレア・・・」
ロミアはクレアの名前を呼ぶと、走ってクレアに抱きついた。
クレアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んでロミアの頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ、もうこれで会えなくなる訳じゃないんだから。
ちゃんと手紙も書くし、今度会ったときはまた料理を教えて?」
「うん・・・」
そうか、考えてみればロミアにとってクレアは俺の次に出来た友達だ。
フィーネも含まれるかと思ったが、料理を教わったり色々教えてもらう事が多かったからフィーネはまた別の枠なんだろう。
ロミアからすれば、姉みたいな存在のクレアと別れる事になるのだ。
悲しくないはずなんてない。
「ほら、いつまでもこうしてたら入学式に遅刻しちゃうよ」
クレアがそう言って、ロミアを優しく宥める。
ロミアもその言葉を聞いて、ゆっくりとクレアから離れた。
「それじゃあ、二人ともまた今度」
「はい、お元気で」
「うん・・・」
クレアはそう言って俺たちに背を向けて歩き出した。
時々こちらを振り返り手を振る。
俺はそれを笑顔で、ロミアは大きく手を振り替えしてクレアの姿が見えなくなるまで見送った。
「それじゃあ、俺達も行こうか」
「うん・・・」
俺とロミアは、クレアが歩いていった道とは反対の道を歩き出した。
「そういえば、ガルと二人でこうやって歩くの久しぶりだね」
ロミアがふと思い出したように言った。
「確かに、言われてみれば久しぶりか」
「なんだか嬉しいけど、少し寂しいね・・・」
「そうだな・・・」
ここ最近はクレアとアルマを入れて、四人で歩いていたからな。
ロミアの言う寂しさみたいなのは俺も少し感じる。
ロミアが隣で、俯いてしょんぼりしている。
俺はそんなロミアの手を握った。
「ガル?」
「クレアが言ってただろ、大事な日なんだから胸張れって。
そんな顔してたら、クレアに笑われるぞ?」
俺が言うと、ロミアは俺の手を離して袖で顔を拭うと笑顔で俺の手を握り返した。
「うん!そうだね!」
俺とロミアは、笑顔で魔法学校へ向かった。
校門の前まで行くと、そばでシガラが待っていた。
「シガラ、おはよう!」
ロミアがシガラに気がついて声をかける。
すると、シガラは俺たちに気がついてこちらに近づいてきてた。
「二人ともおはよう、朝から仲が良いね」
シガラがそう言うのでシガラの目線の先を見ると、俺とロミアの手が繋がれたままだった。
「まぁ、入学初日だからな。
ただ、学校内では極力しないようにするけど」
俺はそう言ってロミアの手を離した。
「でも、人に見られてない時ならいいんだよね?」
「別にそれなら良いけど、俺達寮は別れる事になるし普段は周りに誰かしらいる状況になるぞ」
俺がそう言うと、ロミアはどういうことか理解したのか頬を膨らませた。
「・・・擬態使うからいいもん」
「人の手を握るためだけに使うなよ」
ていうか、透明人間と手を繋いで歩くってなんか怖いし端から見たら俺変な奴じゃん。
「それにお前が姿消して俺と手を繋いでも、俺が周りの人から変な目で見られるだろうしな」
「じゃあ、ガルも擬態使えばいいんじゃない?」
「別にやってもいいけど、大変なのはロミアだぞ?」
自分の姿は見えない、俺の姿も見えない状態で一緒に手を繋ぐとかできる気がしない。
「それもそっか・・・」
「そういうことだ。
さてと、そろそろ行くか」
「そうだね、荷物も置きにいかなきゃいけないし」
俺の言葉にシガラが賛同する。
こうして俺たちは校門を潜った。
この先俺達を待ち受けるのは色々あるだろう。
不安だってあるし、期待もある。
だけど、俺は師匠の言葉は守ろうと思う。
「シガラ、ロミア」
「ん?」
「どうしたんだい?」
「胸張って行こうぜ」
『うん!』




