No.9 非論理的な軌道
ようやく世界は動き始めたようです。
昼下がり。それなりに広い基地の一角。整備された大地に炸裂音が響く。
「5発全部ど真ん中。——こう、もう少し隙ってもんはないのか。」
溜息を吐きながらフールがフィラルに告げる。双眼鏡を使う必要性がないほど大きな穴が的の中心に開いている。
「100mで静止して撃って外してたらここまで生き残ってない。制圧射撃メインのお前とは立ち回り方も違うだろう。」
反論なのかわからないほど淡々とフィラルは返す。
「あんな頭のおかしい動き方して弱点に精密射撃とか普通、バカのやろうとすることだからな。」
フールが交代で訓練を始める。
昼食後はほぼ毎日射撃訓練である。アサルトライフルなど基本的な武装での訓練の後に各々の得物での訓練が始まる。
「あぁもう!中んねぇ!」
それ故こんな叫び声が上がることがよくある。
「えぇと、今んとこ0/30か。もう弾薬の無駄遣いの域に達してるんじゃない?」
たったの一つも中ってないイグヌをキトが笑う。
「お前だって半分も中ってないだろ!」
「どう考えたって大きな差でしょ。」
周囲からも大きな笑い声が上がる。
「くっそ、銃なんて使わないのに‥。」
周囲からの視線にイグヌがこぼす。
「『槍』しか使えないんじゃ話にならないから訓練してるんでしょ。」
キトは淡々とイグヌにツッコミを入れる。
イグヌとキトの得物は『槍』である。と言っても『槍』は俗称であり、正式名称は『対機械戦闘用特殊高周波ブレード』である。しかし、面倒くさいという理由で隊員からは槍と呼ばれる。死亡率が非常に高い武器であるが、その威力は実弾銃を大幅に超える。レーザー兵器より前の世代の兵器であるが、その攻撃力は折り紙つきで実際、近距離型の主武装は剣型の高周波ブレードである。柄の部分に電源が仕込まれており、そこから供給される電力によって刀身を恐ろしい速度で振動させる。振動する特殊プラスチックの刀身は最高の硬度を持つ戦車型の装甲すら紙のように切り裂く。
「みなさん、訓練中にすみません。哨戒部隊が敵を発見しました。現在は補給を受けているようで、それが終わり次第こちらに攻めてくると思われます。」
突如無線に入ったラキの声に喧騒は一瞬で消え去る。
「敵軍の構成はどうなっていますか?」
隊員はすでに無線に集中している。恐ろしいほどの切り替えの早さは精鋭ゆえか。
「近距離型を基本としたものです。具体的な数まではわかりませんが、おそらく斥候型5体前後、近距離型10体前後、万能型5体前後といったところでしょう。」
最もオーソドックスな構成。生産能力の問題かロボットの攻勢はそこまで理不尽に強力ではない。
「現在哨戒中の第771部隊が対応に当たります。そのため、第769部隊は狙撃での援護をお願いします。」
しかし、その言葉に1人だけ雰囲気が変わる。その姿にかすかに笑い声が漏れるが、フールの視線に空気はまた引き締まる。
「了解しました。基地の屋上にて狙撃で迎撃します。」
通常の迎撃任務は久々である。異常な事態が続いてしまった故に、全員、一種の腕試し感覚のように会話し始める。
「いや、みなさんどうしてそんなに楽しそうなんですか!?」
全員ではなかったようだ。
「お前は遠距離型の警戒だ。発見次第誰かに伝えろ。」
しかし、フィラルが実力にあった指示を出す。
「隊長、不公平ですって。そんなの仕事ないも同然じゃないですか。」
キトが不満の声を上げるが、黙殺される。
「まぁいいじゃない。たまには景色を眺めるくらいしても。」
ハーベの声で一旦話題は終わり、部隊は作戦室に歩いていく。
(あれ‥あれってなんだ?)
屋上でスコープを覗き込むイグヌ。その視界はすでにこちらの勝利が決まった様子の戦場ではなく、遠距離型が隠れていそうな岩場でもなく。
通常、ロボットはできの悪い人型をしている。斥候型なら子供の大きさで片手に剣の融合した割と人に近い姿。近距離型も小型で剣が手についているが両手ともについており、ところどころにレーザー発射用の穴が空いている。
しかし、今見ているそれは人型と言えなくもなかった他の小型とは違った。頭は後頭部の部分が肥大し、顔には極端に大きな口。まさにエイリアンといった姿は気味が悪い。
(対象外だし‥練習で撃って見てもいいかな。)
初弾を装填し、撃発。不規則にブレ大きく動き回る銃弾は到底当たるとは思えない。
(あーやっちゃったか。)
しかし、恐るべき反応速度で動いたそれは不規則にぶれる銃弾を読みきれなかったのか胴体を撃ち抜かれあっけなく沈黙した。
(え‥、中った?)
あまりに下手すぎて弾道を読みきれなかったのだろうか。
「全ロボット撃破完了。作戦終了。」
無線にフィラルの冷静な声が入る。
「隊長、謎のロボットを発見、撃破しました。戦場から北東方向です。」
咄嗟に報告を入れると、周辺から茶化す声が上がる。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって本当なのか。」
「あれだろ、下手すぎて予測できなかったんだろ。」
しかし、冷静にそのロボットを確認したフィラルの顔にはほんの少しの驚愕が混じっていた。
「参謀、今すぐ第771部隊を戦場の北東へ向かわせてください。——指揮官個体を発見しました。撃破済みです。」
今、世界の歯車が動き始めた。
前半の射撃訓練の部分ですが、基本的には私の弓道の経験で書いています。火器と弓道とは大きく違うと思いますのでそちらに詳しい方はご指摘いただけると幸いです。




