男のコだもんね
可愛い姉には旅をさせろ
コト・ワザーノ・アネスキー
「ユーヤも勇者様と旅をなさるのですね」
城の中庭でフィーネさんが素敵と言わんばかりに声をあげた。
姉ちゃんの旅についていくと決めて二日。俺は軽い筋トレとウォーキングをして旅に備えている。
恐らく明日には出立だ。
「姉ちゃんはダメって言ってるんですけどね」
「どうしてですか?」
「俺、戦えないから」
姉ちゃんに、ついてきたら死ぬかもしれないと何度も脅された。実際、俺自身もついて行ったところで何かできるとは思ってない。
「それでも勇者様の心の支えとなることはできるでしょう?」
フィーネさんは自嘲気味に笑う俺に優しく微笑んだ。
「姉ちゃんがフィーネさんみたいな人だったらなぁ」
俺が思わず本音をもらすと、フィーネさんは驚いた顔をして「姉ちゃん」と小さく呟いた。
「フィーネさん?」
「ユーヤ」
フィーネさんが突然俺の手を取り、ぐっと距離を詰める。不意の接触に思わず顔が熱くなった。
「ど、どうしたんですか?」
「わ、わたくしのこともお姉ちゃんと呼んでもいいのですよ?」
「は、はい?」
確かにフィーネさんみたいな人がお姉ちゃんなら嬉しいが、いきなり姉と呼べと言われても正直困る。
「わたくしでは魅力がありませんか?」
握られた手がフィーネさんの胸に押し付けられる。指先に姉ちゃんとは比べ物にならない質量を感じ戦慄した。こんな凶器に勝てる人類はいるのだろうか。
「コホン」
わざとらしい咳払いの声に振り返るとアイマールさんが笑顔を浮かべて立っていた。俺を見つめる目はもちろん笑っていない。
「そ、そろそろ部屋に戻らなくちゃ」
俺は凶器に触れていた手を離し、慌てて立ち上がる。
「もう行ってしまうのですか? もっとお話をしたいのに」
「フィーネ、ユーヤ殿は厳しい鍛錬に励まれお疲れなのだ。それは次の機会に」
既視感のあるやりとりのあと「今度は異世界の話を聞かせてください」とフィーネさんが手を振ったので、俺はそれに曖昧に応え、逃げるようにその場を後にした。
「あ、お帰りー」
部屋に戻ると、姉ちゃんがベッドでゴロゴロしていた。
「それ俺のベッドなんだけど」
「知ってる。ちょっと借りてるよ」
この部屋には二人で寝泊まりしているので、姉ちゃんのベッドもすぐ隣にあるのだが、どういう訳か姉ちゃんは俺のベッドでゴロゴロしている。
「寝るなら自分のベッドを使えよ」
「そんなことしたら夜になる前にシーツがくちゃくちゃになるじゃん」
つまり俺のベッドならシーツがくちゃくちゃになってもいいと。
頭の中に姉と呼んでいいと言う、フィーネさんの顔が浮かんだ。フィーネさんがお姉ちゃんになってくれるなら、人のベッドでゴロゴロする姉はいらないな。
「姉ちゃん、そういえば食堂でケーキの試食をやってたよ」
「え、ほんと?」
「勇者様の意見も聞きたいって言ってたから、今ならまだ残ってるかも」
「私、ちょっと行ってくる!」
姉ちゃんが部屋から出て行ったのを確認し、俺は部屋の鍵をかけた。
締め出しの刑成功だ。ちなみに俺は食堂がどこにあるかすら知らない。
「悠矢、食堂の場所ってどこだっけ?」
さて、ここからどうしようかと思っていると、姉ちゃんがすぐに戻ってきた。
ってか食堂の場所も知らないのに飛び出したのかよ。
「悠矢ー? あれ。鍵かかってる」
扉を叩く音が聞こえるが無視だ。くちゃくちゃになっているシーツを整えながら、姉ちゃんが諦めるのを待つ。
「悠矢どうしたのー? お姉様のお帰りだよー、開けなさーい」
お姉様か。フィーネさんのような美人なら、お姉様と呼んでもいいな。
「おーい、悠矢ー、何か一人でしたいことでも……ああ、そっか」
扉を叩いていた姉ちゃんが、ようやく俺の怒りに気付いたのか、扉を叩くのをやめる。
「そうだよね、悠矢も男のコだもんね。姉ちゃん気付かなくてごめん」
おい、待て。うちの姉は突然何を言い出すつもりだ。
「姉ちゃん少し散歩してくるね。あ、でも洗濯終わったパンツは使わないでよ? 洗濯前のはベッドの横のカゴの中にあるから」
思わずカゴに目が行く。それは鮮やかな赤色だった。もちろん、姉ちゃんが着ていた制服のリボンの色のことだ。
「違っ! 姉ちゃんのパンツなんて使わねぇし、そもそもそうじゃないから!!」
結局、俺は大声をあげて飛び起き、扉を開けることになった。
「あまり騒がないでくれ」
姉ちゃんと二人並んでアイマールさんに怒られた。俺が大声をだしたことで、またアイマールさんがすっ飛んで来たのだ。
「悠矢ってばすぐ大声だすもんねー」
「それは姉ちゃんがっーー」
「コホン」
アイマールさんにジロリと睨まれ首を竦める。
「明日には出立できる。ユーヤ殿のその元気さは旅のために温存して欲しい」
「ごめんなさい」
元は姉ちゃんが悪いのにどうしてこうなった。
「悠矢。本当についてくるの?」
「そのつもりだけど」
「殺し合いになるよ?」
抑揚のない姉ちゃんの言葉にゾッとした。
殺し合いの経験なんてもちろんない。そんな現場に居合わせても、何も出来ず逃げ惑う自分の姿が安易に想像できる。
「それでも、姉ちゃんだけ行かせる訳にはいかないさ」
勇者の記憶がどうとか知らないけど、姉ちゃんだって殺し合いの経験なんてないはずだ。いざという時に一緒に逃げるくらいは出来る。
その後も姉ちゃんは「絶対に守れる自信はないよ?」と言って俺に思い留まるよう説得したが、俺が応じることはなかった。
「最初の目的地はティエラの街だ」
姉ちゃんの説得が不発に終わったのを見計らって、アイマールさんが目的地の説明を始めた。
「ティエラは翼人族が多く住む街で、周辺の村にも魔族が多く住む。まずはティエラの街で勇者様のご威光を示したい」
「つまりティエラの街の魔族を倒しに行くんですか?」
俺の言葉にアイマールさんはぎょっとした顔をした。何かマズいことを言ったのだろうか。
「悠矢、魔族だからって敵じゃないよ。三百年前は争うことになったけど、ほとんどの種族とは和解できたはずだし」
そう言って姉ちゃんが魔族の歴史を話し始めた。
まず、魔族は人族以外の種族、エルフ族、獣人族、人魚族などをまとめて魔族と言うらしい。驚いたのがアイマールさんとフィーネさんもエルフ族の末裔で魔族だということ。二人とも耳は尖っていないので、見た目は人族とほぼ変わらないが、銀の髪だけはエルフ族特有だそうだ。
そんな彼らが魔族と呼ばれる理由は魔王の影響だ。
ことの発端はエルフ族と人族が森を巡って争ったこと。そこに魔王を名乗る魔法使いと、黄金に輝く竜が加わって、いつしか魔王と人族の争いになった。
圧倒的な力を持つ魔王と黄金の竜の存在は、人族に不満を持つ巨人族や獣人族などの蜂起を呼び、大陸全土で人族と魔王の味方をする種族、魔族の争いとなった。
これが三百年前まで続いた『魔竜争乱』と呼ばれる争いだ。
この争いは紅、蒼、翠の三人の勇者によって収束をみるのだが、今も人と魔族の間には溝がある。
「黄金竜の姿を見たという者がすでに何人かいる。魔竜争乱のようなことにならぬよう、先に手を打っておきたい」
そう言ってアイマールさんは話をまとめた。うん、姉ちゃんの説明じゃ、理解するのに一晩くらいかかりそうだったから、途中でアイマールさんに代わってもらった。
「要するに大きな争いになる前に、魔王と黄金竜を倒して決着をつけたいということですね」
「そうだ。そのためにも空を飛べる翼人族を味方に付け、黄金竜の早期発見を目指したい」
なるほど。そりゃ魔族を倒すなんて言ったら驚くわけだ。
「魔族を倒すなんて見当違いでしたね。すみません」
「いや、わかってもらえたなら問題ない。ティエラの街までかかる日数だがーー」
アイマールさんに旅の予定を説明してもらい、翌日朝早く俺たちは旅立った。




