『上位個体』
突如として現れた白い大きな二足歩行の狼――〈ジェイナウルフ〉を前に固まるリュウヤ。
「どうする、リュウヤ」
恐らく初めて見るであろう巨駆に戸惑いを隠せない。
〈魔獣バルログナ〉の後だからか、俺は感動も驚愕も感じなかった。
「ヴオオオオ!!!」
「ウオォォォォン!」
〈ジェイナウルフ〉の咆哮に共鳴して〈ヴァイウルフ〉も声を上げる。
「……なるほど」
状況を分析して俺は唸った。
本来は10や20匹程度の群れのはずが〈ジェイナウルフ〉が長として〈ヴァイウルフ〉を率いることで、個体の数が桁違いに増えていた。
これは……100を優に越えている。
後方からは増援の魔力も感じる。
何者かの思惑の可能性が出てきた。
現在のリュウヤとカグラの実力では、数で押し切られる未来は予想するまでもない。
「――だがな、お前たちは忘れている」
俺とシグマは、リュウヤとカグラが窮地に陥らない限り加勢しない。
そして、この戦闘においてシグマは訝しげな顔をちらつかせているが、少なくとも俺は加勢する気などないのだ。
「――」
ふたりではない、彼らと共に戦うもう一人の少女の足下に魔法陣が描かれる。
〈魔獣バルログナ〉の襲撃の時に、俺が一度だけ発動した魔法。
直接教えた訳でも、誰かに指南をされたはずもない。何故ならあの魔法は俺が既存の魔法を改造した、いわばオリジナルの魔法だからだ。
天賦の才、あるいは知らぬ間の努力の結晶。
答えがどちらにせよ、俺が戦闘に参加しない一番の理由。
それは――
「――マジかよ」
「――ハッ。リュウヤ、油断しないでっ! 〈ジェイナウルフ〉はまだ生きてる」
アカネの存在である。
無数に群れを成していた〈ヴァイウルフ〉どもが、光の十字架に変わる様を目の当たりにし、勇者のふたりは驚きを隠せない。
何とかカグラが我に返り、声をかけることでリュウヤも自分を取り戻した。
アカネによる〈十字葬天〉によって散らばっていた〈ヴァイウルフ〉は一網打尽。残すは群れの長だった〈ジェイナウルフ〉を残すのみ。
「……んんっ……」
群れを倒した功労者はその場に膝をつく。
まったく無茶をしやがる。ただでさえ〈十字葬天〉の反動が大きい上に、自分が〈吸血種〉の血を継いでいるのを忘れたわけではあるまいな……。
自ら十字架に囲まれる環境を作るなど……まぁ、これでリュウヤとカグラが〈ジェイナウルフ〉に集中できるようになった。
ここまでの無茶は想定外だったがな。
「よっしゃーっ、気合い入れていくぞ!!」
「うるさい、ニンゲン、だ。まず、オマエ、コロス!」
鋭い爪の先端をリュウヤに向けながら宣言する。
途切れ途切れだった。
やはり知能があると言っても、人間の子ども程度だな。
「ヴオオオオ!!!」
「ハアァァァア!!!」
一匹と一人の咆哮が耳に届いた頃には、両者の戦いは始まっていた。
リュウヤの倍の身長から繰り出される攻撃は、一撃でもくらえば致命傷になりかねない。
そこはリュウヤも理解しているようで、鋭い爪の連撃を剣で見事に捌いている。
「フッ、ハァッ!」
「リュウヤ!」
「おうよ!」
カグラの掛け声にリュウヤが即座に反応して、サッと後ろへと飛び退く。
「〈ファイアーストーム〉」
距離を取った獲物を追いかける二足歩行の狼は、足下から大地を掻き分けて天空へと立ち上る炎の柱に包まれた。
「フハハハハッ。オレサマ、こんなホノオ、キカナイ!」
言葉通り剛腕の一振りで炎を掻き消した。
節々の体毛が焼け焦げている。ダメージは受けているのに、見栄を張って無傷だと胸を張る。
しかし、そこで狼は彼らの真の目的を、猛禽じみた瞳に映した。
「そんなことは百も承知だぜっ。受けやがれ――〈光覇流刃剣〉!」
輝く光を纏った剣が振り下ろされる瞬間だったのだ。
「――ニンゲン、に、まけ、タ……?」
最期の言葉を残して、群れの長である〈ジェイナウルフ〉は光の剣に両断された。
「お前たちの敗因は、相手を甘く見たことに他ならない。油断すれば、強者とて弱者に敗北する世の中で、お前は一番やってはならないことをしたのだよ」
真っ二つに両断されても、未だに意識があるしぶとい〈ジェイナウルフ〉に苦言を呈した。
「こいつらの中には時折、驚異的な生命力と再生能力を持った個体が現れると言う」
「ええっ、まだ生きてんの!?」
「さすがに勇者の光の魔力には、再生能力は効かないらしいがな」
予想していた驚きの声を上げながらリュウヤが近寄ってきた。
ちゃんと警戒しているようで、隙は……まぁ、なくなった方だ。
「教えておいただろうが。倒しても死んだか確認するまで気を抜くなと」
「あははは、そうだった。バッサリいったから、てっきり終わったかと……いてっ」
軽く笑って済まそうとする少年の頭を軽く小突く。
「で、どうしてノルンが出てきたのさ」
頭を擦りながら見守っていた俺が突然現れた理由を訊いてきた。
「こいつが〈竜人姫〉からの刺客だからだ」
「へー、なるほど、シカクねぇ――刺客!?」
お前は街や都で芸をする旅芸人か、と尋ねたくなるようなリュウヤの反応は放っておこう。
「どうしてこの狼さんが〈竜人姫〉からの刺客なんですか?」
リュウヤを筆頭にぞろぞろと旅のお供が寄ってきた。
「わかった。説明するから馬車に戻ろう。っと、その前に、癒せ――〈セラフィー〉」
ふたつに分かれた〈ジェイナウルフ〉を一つに戻すべく回復魔法をかけてやる。
「お前は帰って主に事の顛末を報告するが良い」
「オマエ、イイヤツ。オレサマ、オマエ、カンシャする」
「礼ならお前の主に伝える際にこう付け加えろ。――俺のものに手を出す時は、死する覚悟を持て……とな」
「オレ、モノ、テダス……ワカッタ。シッカリ、ツタエル」
いやいや、言えてないぞ。
不安しか感じない二足歩行の狼の背中を、ため息まじりに見送った。
プライドの塊である〈ジェイナウルフ〉がこうも素直に従うとは、どんな調教を施したのやら。
「ノルーン、お腹へったー」
思案するのも束の間、気の抜けたリュウヤの声が浮かんでいた考えを吹き飛ばす。
「ご飯は説明が終わってからだ! 気を抜き過ぎだ馬鹿者!」
今度は盛大に拳骨をお見舞いした。
「いってえー!」
少年の苦痛の叫びがこだまするのだった。




