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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第四章 勇者邂逅
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『未熟』

「――始め!」


 アルトが勢い良く腕を振り下ろし、手合わせの始まりを告げた。


 だが、俺もバルムも最初の位置から微動だにしない。


 戦いにおいて技術がある一定の段階を越えると、相手の動きを先読みして事前に対策を練る。


 それと同じように頭の中で先に攻撃を仕掛け、それへの対処を予測をする。


 簡単に言うと、仮想戦闘を頭の中で行うのだ。


 バルムが動かないのは、俺と同じように仮想戦闘中か、はたまた単に待ち構えているだけなのか。


「わからん」


 俺にわかることと言えば、単純な剣の腕前ではバルムが圧倒的な高みにいる。


 試しに5度ほど頭の中で仕掛けてみたが、全て防がれた上に返り討ちにあった。


 汗が顔の側面を上から下へ通過した。


「いやはや、腕を上げましたな」

「お褒めいただき光栄だ」


 優しい微笑みとは裏腹に、何処から仕掛けても良いと言われているような気がした。


「陛下」

「何だ」

「焦らずとも、私はいつまでも待ちます」

「……ふっ」


 悔しいが〈漆黒の剣聖〉相手では、俺もまだ形無しと言うわけだ。


「すぅー、ふぅー」


 精神を落ち着かせるために深呼吸をする。


 使えるかどうかわからない技は、こんなにも恐怖を抱くとは初めて知ったよ。


「感謝するバルム。おかげで目が覚めた」

「光栄です」


 まったく俺としたことが〈四天影心流〉に固執し過ぎた。


 それ以外にも使える技や魔法はあるというのに。

 せっかくバルムが相手をしてくれているんだ。自らの失態にため息が漏れる。


 穴があったら入りたい。


「行くぞ、バルム」

「何処からでも――」

「〈斬空〉」


 刀を鞘から引き抜き、そのまま斬撃をクロスさせてバルム目掛けて放った。


 バルムはこの程度で剣を抜くはずもなく、用意に躱わして見せた。


 それは予測済だ。


 俺は斬撃を放ちながら距離を詰める。


「――ふっ」

「甘い」

「ありかよ……」


 横薙ぎ一閃の斬撃は、踵落としで粉砕された。しかも両手は背中側で組んだまま。


 斬撃は魔力が込められている半ば実体化しているから、理論上では踵落としも可能だが、実際にやるとなれば難易度は相当なものだ。


 斬撃の横幅はともかく、縦幅は刀とほぼ同等。

 そんな短い幅の斬撃の側面に踵を当てるなど並外れた感覚、集中力、身体能力がなければ不可能だろう。


 高等技術を難なくやって見せる。

 俺の相手は、まさしく魔族最強の騎士なのだ。


「――っ!?」


 よし、もう少しで刀の間合いに入る――そう思った矢先。


 俺は顔に拳を受けて吹き飛ばされた。


 刀を文字通り消すようにしまい、手足を駆使して着地を果たす。


「ぐ……」


 視界がぼやける。


 思った以上にダメージが大きいようだ。

 たった一撃受けただけなのにこの有り様とは笑えてくる。


「はは……」


 乾いた笑いがこぼれる。


 手合わせだからこそバルムは追撃してこないが、もしこれが本当の殺し合いなら俺は今頃死んでいるのだろうか。


 回復魔法で傷を癒しながら、刀を呼び出した。


「〈短転移(テイレル)〉」


 一歩踏み出すと俺は間合いを無視してバルムの眼前に転移。そのまま柄に手を添えて名を口にする。


 世界の時間が減速していくのがわかる。


「四天影心流、第四し――」


 まるで糸が切れるように、俺の意識はそこで途絶えた。




 ◆◆◆




 懐かしい自室の天井を、こういう形で見るとは思っていなかった。


「お目覚めですか?」


 マグリスが寝起きの俺の顔を覗く。


「ああ……若干頭が痛い程度だ」

「疲れが溜まっていたのでしょう。たまにはゆっくり休むことも必要ですよ」


 これでもしっかり休んでいるつもりだったのだが、どうやらまだ足りないらしい。


 実際の原因は〈四天影心流〉を使おうとしたことだろうな。


「なあ、マグリス」

「なんでしょうか?」

「〈魔族〉と〈人間族〉は仲良くできると思うか?」


 人生の先達者の意見は聞いておくべきだろうと判断したのだ。


 他の連中では、まともな意見を聞ける気がしないからな。

 その点、〈鬼のメイド長〉のマグリスは信用できる。


「少なくとも、陛下には休んでいただきます」


 笑顔の裏にある感情を読み取り、俺の身体は震えた。


 コンコン。


「入って構わない」


 ノックをしたのが誰かは察しがついている。


「やはりバルムだったか」


 結局マグリスへの問いかけの返答は聞けず仕舞いである。


「起きられたようですな。身体の具合はいかがでしょうか?」


 自分との手合わせの最中にいきなり倒れられたのだ。更にその相手が〈魔王〉なら尚の事心配だろう。


「すまない。見ての通り問題ない。生半可な修練では使わせてくれないようだ」


 やれやれと両手を広げる俺を見て、バルムは安心したように苦笑した。


「無理はなさらぬよう。――ですが、欲を言えば〈四天影心流〉をこの目で見とうございます」


 今度は期待の眼差しを向けてきた。


 なるほど、バルムは剣に生きる人物だったな。

 そう思うのは当然だろう。


「必ず使いこなしてバルムに勝ってやるから、それまで楽しみに待っていてくれ」


 一瞬きょとんとしてから、ついに声を出して笑った。


「それでこそ陛下です。ええ、いくらでも待ちますとも。待つのはなれておりますからな」

「程々に急ぐとするよ」


 互いに笑顔を見せて一段落ついた。

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