『未熟』
「――始め!」
アルトが勢い良く腕を振り下ろし、手合わせの始まりを告げた。
だが、俺もバルムも最初の位置から微動だにしない。
戦いにおいて技術がある一定の段階を越えると、相手の動きを先読みして事前に対策を練る。
それと同じように頭の中で先に攻撃を仕掛け、それへの対処を予測をする。
簡単に言うと、仮想戦闘を頭の中で行うのだ。
バルムが動かないのは、俺と同じように仮想戦闘中か、はたまた単に待ち構えているだけなのか。
「わからん」
俺にわかることと言えば、単純な剣の腕前ではバルムが圧倒的な高みにいる。
試しに5度ほど頭の中で仕掛けてみたが、全て防がれた上に返り討ちにあった。
汗が顔の側面を上から下へ通過した。
「いやはや、腕を上げましたな」
「お褒めいただき光栄だ」
優しい微笑みとは裏腹に、何処から仕掛けても良いと言われているような気がした。
「陛下」
「何だ」
「焦らずとも、私はいつまでも待ちます」
「……ふっ」
悔しいが〈漆黒の剣聖〉相手では、俺もまだ形無しと言うわけだ。
「すぅー、ふぅー」
精神を落ち着かせるために深呼吸をする。
使えるかどうかわからない技は、こんなにも恐怖を抱くとは初めて知ったよ。
「感謝するバルム。おかげで目が覚めた」
「光栄です」
まったく俺としたことが〈四天影心流〉に固執し過ぎた。
それ以外にも使える技や魔法はあるというのに。
せっかくバルムが相手をしてくれているんだ。自らの失態にため息が漏れる。
穴があったら入りたい。
「行くぞ、バルム」
「何処からでも――」
「〈斬空〉」
刀を鞘から引き抜き、そのまま斬撃をクロスさせてバルム目掛けて放った。
バルムはこの程度で剣を抜くはずもなく、用意に躱わして見せた。
それは予測済だ。
俺は斬撃を放ちながら距離を詰める。
「――ふっ」
「甘い」
「ありかよ……」
横薙ぎ一閃の斬撃は、踵落としで粉砕された。しかも両手は背中側で組んだまま。
斬撃は魔力が込められている半ば実体化しているから、理論上では踵落としも可能だが、実際にやるとなれば難易度は相当なものだ。
斬撃の横幅はともかく、縦幅は刀とほぼ同等。
そんな短い幅の斬撃の側面に踵を当てるなど並外れた感覚、集中力、身体能力がなければ不可能だろう。
高等技術を難なくやって見せる。
俺の相手は、まさしく魔族最強の騎士なのだ。
「――っ!?」
よし、もう少しで刀の間合いに入る――そう思った矢先。
俺は顔に拳を受けて吹き飛ばされた。
刀を文字通り消すようにしまい、手足を駆使して着地を果たす。
「ぐ……」
視界がぼやける。
思った以上にダメージが大きいようだ。
たった一撃受けただけなのにこの有り様とは笑えてくる。
「はは……」
乾いた笑いがこぼれる。
手合わせだからこそバルムは追撃してこないが、もしこれが本当の殺し合いなら俺は今頃死んでいるのだろうか。
回復魔法で傷を癒しながら、刀を呼び出した。
「〈短転移〉」
一歩踏み出すと俺は間合いを無視してバルムの眼前に転移。そのまま柄に手を添えて名を口にする。
世界の時間が減速していくのがわかる。
「四天影心流、第四し――」
まるで糸が切れるように、俺の意識はそこで途絶えた。
◆◆◆
懐かしい自室の天井を、こういう形で見るとは思っていなかった。
「お目覚めですか?」
マグリスが寝起きの俺の顔を覗く。
「ああ……若干頭が痛い程度だ」
「疲れが溜まっていたのでしょう。たまにはゆっくり休むことも必要ですよ」
これでもしっかり休んでいるつもりだったのだが、どうやらまだ足りないらしい。
実際の原因は〈四天影心流〉を使おうとしたことだろうな。
「なあ、マグリス」
「なんでしょうか?」
「〈魔族〉と〈人間族〉は仲良くできると思うか?」
人生の先達者の意見は聞いておくべきだろうと判断したのだ。
他の連中では、まともな意見を聞ける気がしないからな。
その点、〈鬼のメイド長〉のマグリスは信用できる。
「少なくとも、陛下には休んでいただきます」
笑顔の裏にある感情を読み取り、俺の身体は震えた。
コンコン。
「入って構わない」
ノックをしたのが誰かは察しがついている。
「やはりバルムだったか」
結局マグリスへの問いかけの返答は聞けず仕舞いである。
「起きられたようですな。身体の具合はいかがでしょうか?」
自分との手合わせの最中にいきなり倒れられたのだ。更にその相手が〈魔王〉なら尚の事心配だろう。
「すまない。見ての通り問題ない。生半可な修練では使わせてくれないようだ」
やれやれと両手を広げる俺を見て、バルムは安心したように苦笑した。
「無理はなさらぬよう。――ですが、欲を言えば〈四天影心流〉をこの目で見とうございます」
今度は期待の眼差しを向けてきた。
なるほど、バルムは剣に生きる人物だったな。
そう思うのは当然だろう。
「必ず使いこなしてバルムに勝ってやるから、それまで楽しみに待っていてくれ」
一瞬きょとんとしてから、ついに声を出して笑った。
「それでこそ陛下です。ええ、いくらでも待ちますとも。待つのはなれておりますからな」
「程々に急ぐとするよ」
互いに笑顔を見せて一段落ついた。




