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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第一章 召喚されし魔王
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『取引』

 俺が召集したフレンと〈八天王〉たちの前でベルグスを負かす少し前。


 移動を始めたスパイを気絶させて捕まえて部屋に戻したまでは良い……この先は?


 逃げられないよう椅子に座らせ、手は簡単に縄で縛っておいた。縄はスパイの部屋に置いてあったのを使わせてもらった。


 こうやって改めて見てみると10代後半くらいの幼さ残る女子だ。まだまだ子どもな奴を敵国に潜入させるとは、人間側はよほど追い詰められているのか?


 他にも色仕掛けとかも視野に入れてるかもな。どちらにしても気に食わん。


 でだ……気絶させる時に力を入れすぎたのか、全然目覚める気配がない。これでは情報が得られないじゃないか。


 水を顔にかければとも考えたが、残念ながら俺は水属性の適性はほぼ0だ。操るのは造作もないとして、生み出すのは……うぅむ。


 拷問の知識はもちろん抜かりなくグリムに教わった。だが教鞭と実践は違う。情報が少ない現状で人間との変な軋轢は生みたくない。今更な気もするが……俺がやるのはまずい気がするのだ。


「おいお前、もう起きているんじゃないか?」


 肩がビクッとした。もう少し、こう、誤魔化そうと言う気はないのか?


「言葉が通じないわけでもあるまい。それとも命令がなければ魔族とは話せないか?」


 俺を睨み付けるくらいの気概はあるようだ。


「俺はお前を殺すつもりはない」

「嘘だっ、お前たち魔族が人間を殺さないわけがない。油断を誘おうとしたって無駄だぞ!」


 女性らしい声で強く言い放って歯を噛み締める仕草をする。が、不都合があったのかすぐに困惑の表情を浮かべた。


「あ、あれ……?」

「言っただろ、殺すつもりはない(・・・・・・・・)と。毒なんかで死なせんよ」


 奥歯に仕込んであった毒、手首に隠してあったナイフは既に回収済みだ。グリム先生の凄さを思い知らされた俺である。


 敵に情報を渡さないために捕まれば即自殺するよう命じられていたのだ。人間らしい用意周到さだ。唯一のミスはこいつを潜入メンバーに選んだことだな。


 まぁ、そのミスのおかげで俺はこうして情報が得られる機会を掴めたのだから、批判の代わりに感謝すべきだろうな。


「追い打ちをかけるようで気が引けるが、先に伝えるべきだろう。お前の他の仲間は全員――死んだ」

「――っ!」


 息を呑んだ音が俺にも聞こえた。本気で衝撃を受けたのだ。大切な仲間を失ったと考えれば当然の反応だな。


 俺だって……やめだ。今は情報を聞き出すことに集中すべきだ。


 首を振って雑念を頭から追い出す。


「すまんな。俺が行った時には――」

「ふざけるな! お前が、お前が殺したんだろう!! 謝罪なんていらないっ、仲間を……アタシの仲間を返せ!!」


 前のめりになり、罵声にも似た叫びが俺にぶつけられる。縄がなかったら噛みつく勢いで飛びかかってきていたんじゃないか?


 はぁ。これでは会話もままならない。


 立ち上がって歩み寄ると、なおも俺を睨んだまま嘲笑しながら言葉を続けた。

 俺を笑っているんじゃない、無力な自分を嘲笑っているのだ。こんな表情をする奴を見るのは、初めてではない気がする。


「ついにアタシも殺すか。お前たちはいつもそうだ。情けの欠片もないげど――」


 パシンッ。


「うるせぇよ。お前にとっては敵地なんだ、もう少し落ち着いたらどうだ?」


 あーあ、女に手を上げる最低野郎になっちまった。紳士の道から大きく外れてしまった。スパイが大声を上げて泣いちまったぞ。


 俺は泣きたいだけ泣かせてやることにした。泣き止むまで座り直して黙ってじっと待った。


 仲間殺しの可能性がある犯人を教えたらもっと驚くんだろうなぁ。と天井を見上げながらふと思った。


「……落ち着いたか?」

「ぐすっ……ふんっ」


 泣き止んでも相変わらずの態度。さっきよりかは落ち着いているから良しとしよう。


「俺はレグルス・デーモンロード。現ま――」

「デーモンロード!? お前が魔王なのか!」


 こいつは俺の言葉をことごとく遮ってくれるな。わざとかわざとなのか!


 良いさ、俺は寛大だからな許してやろう。さっき頬を叩いたのと痛み分けとしようではないか。


「落ち着けと何度言わせる気だ」


 今度は俺が睨み付けた。


 慌てて目を逸らされた。


「うっ……ふ、ふん。お前ら魔族が悪いんだ」

「そこまでとなると、最早清々しく感じるよ。で、俺は名乗ったんだ、そっちも名乗ってほしいんだが?」

「魔族に、ましてや魔王相手に礼儀なんて果たす義理はないわ」


 ごもっともだ。もしかしてこいつ馬鹿だけど常識人。――驚愕の事実。


「じゃあドジなスパイって呼ぼう」

「イヤよ、そんな変な呼び方」

「じゃあドジ」

「ば、バカにしないでよ!」


 ああ言えばこう言いやがって。お前が名前を教えれば済む話だろうが。


「じゃあドパ……いや、今のはなかったことにしよう。普通にスパイで良いや」

「変な呼び方されるより、いっそのことその方が助かるわ」


 生意気な態度は弱気に見えないようにするカモフラージュのつもりなんだろうが、盛大に泣いたあとにその振る舞いは無意味だと思うぞ。


 当人は何の疑いもないようだ。逆によくこれで今まで生き残ってこれたな。


「魔王の目的ってなんなのよ」

「いや、それは俺の台詞だ。奪うんじゃねえよと言いたいが、お前らの考えはだいたい予測できてる」

「え?」

「難しくないぞ、むしろ簡単だ」


 人はこの顔を間抜け面と言うんだな。こいつからたくさんのことを学べる。――もしや逸材なのか。


「なぁ、お前たちはなぜ魔族を憎むんだ?」

「何を当たり前なことを。あなたたち魔族は数多くの罪もない人間を殺してきた。それで憎まない方がおかしいじゃない」

「だから魔族を殺す、か」

「それは……そう、よ。魔族は敵だからアタシたちが生きるためには殺すしかないのよ」


 即答せず、ねぇ……。存外本当に単なる馬鹿でないのかもしれない。


「俺の先生は優秀だが、魔族である以上どうしても偏ってしまう。人間側の意見も聞いておかねばと思ったが……なるほどな」

「何が、なるほどな、よ」

「復讐の連鎖。争うことしか脳のない脳筋どもが。お前たち人間と魔族に最たる違いはない」

「そんなの嘘よ。人間と魔族は違う。魔族はみんな残虐で非道な行いしかしないもの」


 典型的な刷り込みをされている。これは、すぐに改めるのは難しいな。なら別の道を提示するだけしておこう。


「何が違うんだ? お前たちに喜怒哀楽があるように、魔族にも喜怒哀楽がある。魔族が人間を殺すように、人間も魔族を殺す。さて――何が違う(・・・・)?」


 反論しようと口を開くも、わなわなとさせて結局何も言わなかった。この様子だと言えなかった、だな。


 真面目ドジ馬鹿スパイだなこいつは。


「……痛っ」


 縄が擦れて皮膚が傷ついて赤くなっていた。


「セラフィー」


 紐を解いて回復魔法をかけてやる。薄い黄色の淡い光が傷を癒し、傷は嘘のように消え去った。


「どう……して?」


 困惑とか縄から解放された感情とか色々混ざった表情で、自分の手首を傷の治りを確かめてから尋ねてきた。


「ん? 痛かったんだろ? あ、もしかしてそっちの趣味を持っている奴だったか、それは悪いことをした」

「違うわよ」


 顔を真っ赤にして否定された。フィーネとは対照的だ。


 これなら本題に入っても良いだろう。


「俺はお前と取引がしたい」

「イヤよ」


 そっぽを向いて否定の即答。


「まぁ、内容を聞け。俺は人間界を旅しようと思う。それに同行してほしいんだ」

「……?」


 おい、無言で首を傾げるな。


 物凄く簡潔でわかりやすかっただろうが。


「実際に人間界の様子をこの目で見て、これからを判断したいんだよ。俺の予定ではまだ先だったんだけど、こんな事件が起きてしまった以上、魔族たちも黙ってはいるまい」

「アタシたちが悪いって言いたいの?」

「否定はしまい。だが肯定もできん」


 人間と魔族のどちらが悪いかなど最早関係ないんだ。争うことが当たり前になっている状態からの脱却が必要。それにはやはり情報が不可欠。だから旅をする。


 我ながら名案だ。


「あ、ちなみにお前にはこの後〈八天王〉たちの前に今回の黒幕として連れていくから心の準備をしておけ」

「八天王って、魔王に次ぐ魔族のトップじゃない。そんなの殺されに行くのと同じ、絶対にイヤよ!!」


 おお、今日一番の拒みだ。


「心配するな。俺の命に代えてもお前は殺させない」

「――ッッッッ!」


 安心させるつもりで言ったんだが、なぜ耳まで真っ赤にして視線を逸らす。


 ほんと、フィーネとはまた違って扱いがわからん。


「取引の返事は?」

「その前に、なんでアタシが同行するのよ」


 口を尖らせる真面目ドジ馬鹿スパイ。考えたらわかるだろうに、さすがの思考回路。


「人間界のことは人間の方が詳しいだろ。道案内だ」


 もう一つ、人間界での人間たちへの牽制、つまり人質だ。こちらは教えるつもりはない、本人で気付いてもらうとしよう。


 更には俺が共に行動することで魔族たちへの牽制にも繋がる。勝手にこいつを殺されては困るのでな。


「安心しろ、俺とお前のふたりだけだ。面倒だから他は連れていかん」


 じとーっとした視線を向けられる。


 自分を抱きしめるように腕を組んで、


「好きにはさせないわよ」

「……」


 あー、なるほど。俺に食べられるとかか。……いや、顔が赤い。これはあれだ、俺が獣のように雄の本能を剥き出しにすると考えているな?


 年頃の男女がふたりきりとなると当然それが真っ先に浮かぶのが思春期か。


 たしかに俺とて全く興味がないかと問われれば否定するが、こいつに手を出すわけにもいくまい。今後の計画に支障をきたす可能性大だ。


「心配はいらない。俺は魔王だが人間だ。だからお前を食べたりはしない」

「ほんとに?」


 なんだ、その上目遣いは、狙ってやがるのかこいつは。


 ため息を一つ。


「ああ、ほんとだ。約束する」


 小指を差し出した。


「?」


 お目目をパチクリさせて再び首を傾げる。


「お前も小指を出せ。昔約束をする時はこうするって教えられた……気がする」


 そーっと差し出された小指に自分の小指を絡め、


「俺はお前を食べないし、殺さない。約束しよう――」


 そう言って小指を離した。


「さあ行くぞ。先言っておくが、俺は〈八天王〉の一人と命を懸けて戦うことになるだろう。途中で目を覚ましても、絶対に慌てるなよ」

「え、それって――」


 真面目ドジ馬鹿スパイが最後まで言い切る前に〈ドルミラ〉で眠らせた。なし崩しに近いと言っても、道案内人を雑に扱えないからな。


「よっと」


 眠るスパイを肩に担いで俺は〈八天王〉の待つ玉座の間へと足を進めるのだった。


 思考や記憶を読み取る魔法は使えるから、そっちの方が早かったんだろうけど……これはこれで悪くない。


 野蛮人ではないし獣ではないが、どうやら俺も“男”のようだ。

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