『相談』
イーニャとアカネには真実を、シグマたちは誤魔化して帰ってきました我が〈魔界〉へと。
2ヶ月以上かけて移動した距離も、〈転移法〉を使えば一瞬で帰還できる。
リュウヤとカグラは、バッカスに任せておけば問題ないだろう。若い奴の相手なら、俺よりあいつの方が適任だ。
もろもろの報告と相談をグリムにしたかったのだが、現在留守にしていると聞かされた。
「何だと!?」
「つい先日、フィーネと共に貴様のもとへと旅立った」
フレンに聞かされた俺は驚いた。
グリムはともかく、フィーネが魔界を出るとは思っていなかったからだ。そもそもこの父親がそれを許すことも含めてだ。
「転移魔法なら一瞬なのに、どうしてわざわざ旅に出てまで……」
「貴様がそれを言うか? 一瞬で目的地については、面白みがないだろう」
「それもそうだ」
単なる情報だけではなく、実際にこの目で見て判断したいと言って旅に出た俺には十分過ぎる返答だった。
「人間を殺めたのを気にしているのか? お前でも悩むことがあるのだな」
「そうだと言ったら、魔王を再び名乗りでもするか? て言うか、人を悩みもしない馬鹿みたいに言わないでもらえるかな」
「バカだとは思っているが、私が魔王の座に戻る必要はない。私は――貴様を信じている」
「ほぉー、それはありがたいね」
口角を上げて平然と馬鹿にしながらも信頼を寄せていると言うなど、気が休まる隙がないではないか。
「正しくは、貴様を信じる我が娘を信じている」
「前魔王が親馬鹿とは笑えてくる。だが……悪くない」
もはや俺の手は汚れてしまった。
自分の手を見下ろしながら思う。
その事実は決して変えられない。
「と言うか、どうして俺が人を殺したってわかったんだ?」
俺はまだ言ってないはず。
「瞳だ」
「目?」
あまりにも短い返答に、首を傾げて聞き返した。
「魔界を出る前の貴様の瞳には迷いがあった。だが今は違う。迷いはなくなった代わりに、悩みが込められている」
「さすがは前魔王陛下。何でもお見通しな訳だ」
「褒めてないだろ」
「いやいや、素直に褒めてるよ」
互いに笑った。
「まぁ、とにかくだ。俺は必ず世界征服を成し遂げる。そこは心配しないでくれよ」
「魔族は人間より長生きだからな、何十年かかっても構わんぞ」
ニヤリと口角を上げて俺を見下ろしてきた。
フレンめ、俺がその人間だと知っているくせに、なかなかの皮肉だぜ。
「何十年もかけてたまるか、俺が干からびるだろうが」
「冗談はさておき、旅の進捗はどうなっているんだ?」
真面目な表情になって訊いてきた。
「グリムから報告されてるだろうが、一応話しておくよ」
こっそりと旅する俺たちをグリムが追跡していたことくらい気付いたぞ。……つい最近。
それから〈魔界〉を旅立ってからの出来事を順をおって話した。時間に余裕はあったからな。
「――と、こんなところだ」
「貴様のことだ。考えがあるのだろうが、なぜ勇者を指導しているのか」
そうだよな。
当然〈魔王〉の宿敵になり得る〈勇者〉を同行させているのに違和感を覚えるよな。
俺だって未だにどうしてと思わないでもない。
「そりゃあ、このまま強くなれば面倒な相手になるかもしれない。だが、心構えもできていないまだまだ子どもを相手にしたって無意味だろ」
「強者になった〈勇者〉を倒してこそ、真の魔王になれると?」
「当たらずも遠からず。俺は、争うだけが魔王の役割だと思っていないんだよ」
それこそリュウヤではないが、さきの〈法儀国カイゼルボード〉との戦争で思い知った。
戦争がどれだけ残酷で非情なものなのかを。
叶うなら2度とあんな場所には立ちたくはない。
しかし、俺が〈魔王〉と言う存在である以上、避けては通れない道程だ。
「もちろん、話し合いで〈魔族〉と〈人間族〉の両者が募らせてきた積年の恨みや怒りを解決しようとは考えていない。かといって、頭ごなしに相手を否定し、断罪するなど、それこそ愚の骨頂だろうよ」
負の連鎖を、俺は必ず断ち切る。
どれだけ難しく、無謀だとしても俺はやってやる。
「前に言ったかもしれないが、俺の世界征服は、支配ではなく“共存”を望んでいるからな。ん、そうなると征服にはならないのか?」
自分で言っていてわからなくなった。
「よい。貴様の思いは伝わった。楽しみにしているぞ、レグルス」
「ああ。誰も見たことがない景色を見せてやるよ、フレン」
俺はフレンが突き出した拳に自分の拳を軽くぶつけた。
何となく懐かしい感覚が脳裏を過った気がするも、すぐに振り払った。
「そうだ、忘れるところだった」
ふと、思い出したことがあった。
〈魔界〉に戻ってきたもうふたつの目的についてだ。
「〈七ノ忠臣〉の面々は、ちゃんと部下を鍛えてるのか?」
一瞬だけキョトンとした顔をしてから、コホンと咳払いするフレン。
「皆、貴様の命令を忠実にこなしている。しばらく争いがなかったが故、なまくらになっていた奴らを、ようやく戦えるレベルにしたところだ」
「なるほど」
〈魔族〉が争いを好む種族だとしても、長い間無用な争いを禁じていたせいで腕が鈍っていた訳だ。
感覚を取り戻すまでに時間がかかったのだろう。
恐らくここからの伸び代は、目を見張るものになると予想している。
しかし油断ができないのも事実。
人間の中にもギルシアみたいな強者がいるのを知ったからな。
寝首をかかれないように注意しておかなければならない。
「となると、バルムも今頃は稽古中か」
「貴様が遠慮するとは……魔獣に頭をやられたか?」
苦笑しながら言いやがった。
「フレンの中での俺の評価はわかったよ。なら、遠慮せずに乗り込むとしよう」
「奴も喜ぶだろう。子どもたちにも顔を見せてやれよ」
「メインディッシュは最後って決まってるだろ」
フレンのその言葉を背中に受けて、片手を上げて俺は部屋をあとにした。
必要な記憶は戻らないのに、何故か〈四天影心流〉の技は思い出していた。だが曖昧な記憶などより、実際にこの手で確かめたい。
「――いつでも構いませんよ」
故に俺はこうして、バルムと対峙しているのだ。
言葉とは裏腹に全く隙のない構えのバルムを相手にすると、俺も自然と心が引き締まる。




